8 新たな旅立ち
「これからどうしますか?」
「そう言われても俺に当てがあるわけじゃないしな」
「ではとりあえずいつもの宿へ行きしょう」
盾だった頃の記憶に少しあるので知っているが、プリもスーもこの町ミランには何度も訪れ、滞在することもしばしばあった。
シルビア公国のフォレスト伯爵領南端に近く、少し南へ下ればダマスカス伯爵領へ通じる。霊験あらたかな清水の湧き出る泉があることでも有名で、それを運ぶ隊商の護衛などをしたこともある。
俺達が歩き慣れた通りを宿屋へと向かっていると、道の端から端までうろうろと明らかに探し物をしている、とても身なりの整った女の子と男性がいた。
女の子は俺達二人より少し年上くらいと思われる。華美ではないが上質な生地と思われる衣類を身に着けていて、どこにも汚れがないことから裕福な家の子女だと一目でわかった。
男性のほうは、俺が男だった時よりも上の年齢に見える。つまりはオッサンで、こちらは女の子ほどではないが、クエスト帰りの俺達にくらべれば十分清潔感のある服装をしていた。
良家の子女とその付き人風の二人のもとヘスーが控えめに近寄って声を掛けたところ、手伝ってくれそうな人間の出現に女の子は顔を輝かせて、大切な指輪をこの辺りで落としたことをとても大袈裟な身振り教えてくれた。
俺は心では誰かに拾われてしまったのではと思ったが、スーがそのまま一緒に探し始めてしまったので、仕方なく付き合うことになった。
こう言っては身もふたもないが、スーに見つけられなければ俺や女の子やオッサンがどれだけ目を皿のようにして探しても無駄だろう。
しかし、暗くなり始めて俺では目視が難しくなり始めた頃、少し離れたところで意外にも女の子が大きな声を上げた。
「やっと見つけましたわ!」
薄暗がりの中でさえ、女の子の指先で金色に指輪が光っている。
「あの辺りはさっき探さなかったか?」
「そんな気もしますが、見つかってよかったです」
俺の疑問に、探し物が得意なスカウトであるスーも少し首を傾げたが、見つかったという事実が嬉しいらしく、すぐに満面の笑みを見せた。
すっかり日も暮れてしまったので、俺達は急いで宿へ行くために女の子と男性へ別れを告げよう近づいた。
相手の容貌に興味もなかったので気にも留めていなかったが、目の前までくるとかなり整った顔立ちの女の子だったと初めて気づいた。ふんわりとカールさせた金色の長い髪と青い目。鼻筋は通っているし、今の上品で清楚な衣装よりも華美なものの方が自然と思えるほどだ。男性の方も、付き人と言うよりは護衛と言われたほうが適切と思える精悍な雰囲気を持っている。長めの黒い髪を後ろ手に束ね、腰の長剣は衣装とは違って使い込まれた鞘に収まっていた。
「俺達が居なくても大丈夫だったかもな」
「そのようなことはございませんが、女の子にしては男性のような話され方ですのね」
「癖みたいなもんだ。じゃあ用は済んだみたいなので失礼するな」
癇に障ったとしてもどうせ二度と会うこともない。俺はスーの手を取って立ち去ろうとしたところ、逆に女の子から思い切り手首を掴まれた。
「だから見つけたって言いましたの」
「ん?」
「実は人探しをしておりました」
「えーっと、人探し?」
「それは俺から話そう」
訳が分からずに固まった俺の目の前にオッサンが進み出た。
オッサンは、一緒にいる若い女の子を連れて旅をすることになってしまい、その間の話相手なりを探すため一芝居を打っていたことを、すまなさそうに打ち明けた。
実は冒険者ギルドヘもクエスト依頼を出してはいたのだが、何時まで経っても誰も受けてくれない。何故なら、若い女の子のみ受諾可能との条件が、ハーレム願望のスケベ商人の依頼と完全に思い込まれ、あらぬ噂が立ってしまったらしい。
そこで自力で見つけるしかなくなって今回の芝居を思いついたとのことだ。
偶然にも、俺達はしばらく町を離れていたので、その噂を知らなかったのも幸いしたのである。
女の子を連れて行く先は、この町ミランを治めるフォレスト伯爵の本拠地フォートレスだが、護衛は別にしっかり雇っているらしく、欲しいのは本当に話し相手だけとのことだ。
到着期限が迫っているため即出発にはなるが、馬車での移動と食事付きの破格の待遇で、報酬も護衛並に出るため、太っ腹すぎてハーレム想像の原因の一つにもなっていたらしい。
俺達はクエストから帰ってきたばかりだったが、楽に稼げるチャンスはどこの世界でも貴重である。美味い話に裏はつきものだが、疑っているだけでは何もできないし、ギルドの掲示版に張り出されたクエスト依頼とオッサンの言い分が同じであれば特に問題はなさそうと思える。
「スー、どうかな?」
「乗りかかった船なのですっ」
無い胸をドンと叩いたスカウトに、まあそうだなと笑って、俺はギルドの掲示版を確認してから引き受けることを、少女とオッサンヘ伝えた。
「俺はプリ、こっちはスー、あんたたちは?」
「え? えーっと、私はミ、ミレーでこちらは私の先生です」
「先生? 付き人じゃなくて?」
「はい。この町には幼少時より来ているのですが、先生が滞在される時には何かと教えて下さるのです」
「私のことはもういいですから、マットだ」
ミレーの説明を遮るようにマットが手を出している。
握手のつもりらしいので俺もしっかり握り返すと、マットは涙目になって抗議をしてきた。
「お前っ、女のくせにどれだけ頑丈なんだ⁉ こっちの手が痛いぞ‼」
「普通だぞ? そっちが非力なんじゃないか?」
「ミ、ミレー、この娘ならきっと護衛もできそうです!」
「では護衛兼お話相手と言うことで、プリさんには報酬を倍出すことにして護衛を一人減らしましょう」
存外しっかりしてるお嬢様に俺が楽しそうに笑うと、スーは何だかむくれていた。俺のほうが多くもらえるから不愉快なのだろうか。
「どうした?」
「何でもないのですっ」
そうとは思えないスーがさっさと歩き出したので、その足で冒険者ギルドヘ行って、先のクエスト完了と新たなクエストの受諾を済ませる。受付の職員には仕事熱心なことだと感心されてしまい、思わず苦笑を返した。
休む間もなく出発するのは依頼主のご意向であって、俺の本意ではない。
生きる意欲の薄さまではまだ治っていないようだった。
お読み下さいまして本当にありがとうございます。
わかりにくいですが新章です。