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68 ハインリヒの魔法

「それよりもスーのことをどうする? カケンスにギルドがないのは本当に厄介だな。ギルドがあれば伝書を飛ばして向こうの情報もすぐ手に入るのだが」

「私も直接ダマスカス領内ヘは干渉できません」

「それって――」

「早まるな。手がないとは言っていない」


 落胆を隠せない俺の頭をマットが再び手荒に撫でた。

 ミレーネは先程より表情を引き締めて頷いて見せる。


「――あまり気はすすみませんが、ペールギュントの旧家臣を頼るしかなさそうですね」

「ダマスカス男爵――いや今は伯爵か。とりあえずあいつの下へ付くことを嫌った旧臣達の多くは、帝国のスーの姉の元か、自治が認められたカケンスへ入ったのだったか?」

「そうですわ。その方たちの中には私の知っている人もおります」

「……その人達は、スーを救い出すのを本当に助けてくれるのか?」


 スーは旧臣達を路頭に迷わせた領主の娘。決していい感情を抱かれているとは思えない。

 俺はスーがずっと気にしていたことを、聞かざるを得なかった。

 ミレーネがマットに視線を向ける。マットが肩をすくめてミレーネを見返してから口を開いた。


「プリの心配しているとおりだ。接触対象はスーの姉を頼った旧臣に近い者達になる。数もそう多くはないだろう。その辺りはミレーネに情報をまた集めてもらうことになるが、イチヨのことを調べた時にあらかた判明している」

「イチヨって例の果物だよな。何の関係が?」

「少し込み入った話になるが、どうやら今回の件も無関係ではなさそうだな」

 

 マットは前置きをして俺達と別れてからのことを話し始めた。

 イチヨは、ダグレス帝国からフォートレスヘ持ち込まれ、腹痛騒ぎを起こした。もともとは帝国の#ある__・__#山岳地帯にのみ植生する灌木に生る。スーの姉が嫁いだホーク子爵が、その山岳地を領有している。

 イチヨがフォートレスヘ持ち込まれたのも、スーの姉を頼った旧臣からダマスカスで貧窮した旧臣に流れていたためらしい。


 だが、旧臣達を冒険者ギルドで厳しく調べた限りは、マットが危惧したような帝国の侵攻を助けるような目的はなかった。路頭に迷って苦しい生活を少しでも助けられればと、持ち込まれたとのことだった。

 マットは懐疑的だったが、審問に立ち会った限りでは旧臣達の説明は一貫しており、嘘を言っているようには見えなかったらしい。


「だったら俺やマットを襲ってスーを誘拐しようとしたのは、本当に山岳部族だったのか?」

「正直に言えば、今となってはわからない。今回の件も、そいつが裏で糸を引いている可能性もある」

 

 新しい情報が発掘されれば、過去の事実が変わるのも無理はない。

 かなりの面倒事に違いないにもかかわらず、俺は少しだけ安堵を感じていた。

 この話を聞く限りでは、スーの命をすぐには奪わない可能性を示唆している。誘拐は絶対に許せないが、今は生きていてくれていることをただ望んでいる。

 ほんのわずかだけど希望の光が見えた気がした。


「旧家臣達とは、いつになったら連絡が取れるんだ?」

「カケンスへ行ってみなければ何とも言えない。ギルドがないのは本当に痛いな」

「私はすぐにフォートレスヘ戻ってホーク子爵のことを調べます。何かわかったらお伝えしたいのですが――」

「ギルドがないからな。どうしたものかと考えたところでどうにもなるまい」

「いや、ポン吉と合流ができれば何とかなる」

「さっきのフォレストウルフが?」

「移動速度が常軌を逸している。正確にはわからないけど、フォートレスとここくらいの移動なら一日も必要ないはずだ」

「まさか!?」

「以前に自由魔法都市からここヘ来たのも一日ほどだった」


 マットは驚きを隠せない様子だった。一方、ミレーネは思案深げに再びあの言葉を発した。


「その狼は、ハインリヒの魔法が使えるのかもしれませんね」

「――ハインリヒの魔法ってさっきも言ったよな。何だそれは?」


 少し迷ったけど俺は聞くことにした。

 ポン吉のことをおかしな風に考える雰囲気もない。変に情報を隠したところでいいことなど何もない。

 当然のこととして、ミレーネは不思議そうな顔をする。マットはただ成り行きを見守る表情だった。


「言っても信じてもらえないかもしれないけど、俺はそれを知らないんだ」

「スザンヌさんのお話は本当でしたのね」

「スーの?」

「ええ。プリシラさんが幼い頃の記憶を失くされていることは、なるべく触れないようにと頼まれておりました。しかし場合が場合でしたので、試すようなことをして申し訳ありませんでした」


 ゆっくり頭を下げるミレーネヘ俺が説明を求める。ミレーネは庭園へ出るよう俺達を誘った。

 歩き出したミレーネに俺とマットが続くと、かつて大樫だった俺が立っていたであろう切株の前で彼女は止まった。

 とても丁寧に手入れがされている庭園の一角に残された巨大な切株。すぐ前に石造りの古めかしい噴水もあった。水が少し溜まった内側が異常に輝いているのは陽光の反射だけではないだろう。

 青々とした木々や色とりどりの花が咲いている中で、時が止まったかのような違和感を覚えた。

 ミレーネは俺だった切株へ腰を下し、俺にも隣を勧めた。

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