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66 マントの意味

 一気に視界が広けた気がした。

 フォレスト伯爵令嬢ミレーネの先生を務めるマットの活動拠点はフォートレスにある。ダマスカスとの境にあるこの町へ来てもらうには、十日以上は必要なはずだった。

 ギルド職員が依頼書を完成させてほどなく、マットは駆けつけてくれた。

 

 相変わらず真っ黒な冒険者スタイルは『黒のマット』の名前どおり。

 少し困ったように笑っているみたいだけど嫌がってそうではないことに胸を撫でおろした。

 俺はすぐに状況説明をしようと席を立った。

 マットは首を振りながら手を挙げて遮り、冒険者ギルドと魔道ギルドの長へその場で面会を求めた。

 Aクラス以上の冒険者に認められた特権の一つなのは俺も最近知った。

 職員へいちいち話をするより、トップダウンでケリをつける最短ルートを取ってくれたのだ。


 俺はマットに先導をされて、冒険者ギルドの三階にあるギルド長の部屋へと通さた。

 マットと一緒に着かされた席が普通の応接席なのは少し意外に感じた。

 以前にシルビアでも似たような審問があったけれど、そこでは粗末な木の椅子だった。

 俺の正面の左手には大柄な中年の男、右手には見るからに神経質そうな初老の男が座っている。

 右手の魔道ギルドの長と思われる男が口火を切った。


「マットならわかると言っている。この者がスキルもなしにスライムをティムできている理由を教えてもらいたい」

「スライムなどかわいいものだ。この少女はフレアバードさえティムをしたのだぞ?」

「フレアバードだと!? まさか!」

「俺がこの目で見た。別にスキルなど使ってもいない。チャームの魔法も持っていない。その辺は魔道ギルドのほうが既に調べているのだろう?」

「――ああ」

「先天的に好かれる人間なんだよ」

「いや、しかしだな……」

「そんな人種もいろってことだ、俺の師匠のようにな」


 マットがやや呆れ気味に答える。

 質問をした冒険者ギルドの長は、信じられないものを見る目を俺に向けて口を閉ざした。

 冒険者ギルドの長が、選手交代とばかりに見た目に相応しい大きな声を出した。


「マットの言葉を信じないわけではないが、もう少しわかりやすい説明はできないか?」

「正直これ以上は無理だ。師匠は有名な冒険者でもなく、教会で治療の術を学んだこともない。にもかかわらず俺達の知り得ない方法で、数々の奇跡を起こされる。俺がAクラスなのもあの方が力を貸して下さるからであって、俺の実力でもなんでもない。根本的に俺達とは違うってことだろう」

「この者もそうだと?」

「師匠が自然に受け入れていたことからして、普通ではないと俺は思っている」

「フローレンス師とも知己を得ているのか――」


 冒険者ギルドの長も黙り込んでしまった。

 マットは、何故か急に笑みを浮かべた顔を俺へ向けた。


「プリ、師匠からもらった物を見せてやれ」

「黒いマントのことか?」

「そうだ」


 意味はわからないけど、マットはこの場で唯一の味方。その言葉に従わない理由はない。

 俺は魔道バッグから四角くきれいに折りたたんだ黒い布切れ取り出す。微かに懐かしい香りがした。最後に使ったのは、スーが辛い表情をさせて想い出を話してくれた時だ。

 思わず握り締めて動きの止まった俺にマットが声を掛けた。


「どうした?」

「――これでいいのか?」

「貸してくれ。両ギルドの長、これをシルビ公爵が師匠から見せられたことがあった。喉から手が出るほど欲しがったけど、師匠は譲るのを断った物だ。今はプリの手にある。師匠の中では、シルビ公爵よりプリのほうが、遥かに重要だと考えている証拠だと思わないか?」

「そんな黒いボロ布を公爵が欲しがったと?」

「ああ。これが俺の服と同じ生地だと言ったら?」

「――黒のマット」


 冒険者ギルドの長が小さくつぶやいた。マットの着ている服と手にした布を交互に見比べる。

 俺が見たこともない不敵な表情をしてマットが笑っている。これがAクラス冒険者の顔なのだろう。


「激しい戦いの中へ鎧や盾もなく突入しても大きなケガを負わない。その理由は、フローレンス師からいただいたその服にあると以前から言っていたな」

「俺の功績は、何もかも師匠のおかげだ」

「そうではないと否定するのは、今必要なことでない。わかった、黒のマットの言葉を信じよう」

「助かる」

「代わりにと言ってはおかしいが、これで俺達のことを許してくれればありがたい」

「くだらん、俺は気にもしてないぞ」


 マットは腰に手を当てて笑っているが、冒険者ギルドのマスターは下手をしたら揉み手をしそうなほど卑屈だった。


「お前はそう言ってくれるが、Bクラスヘ落とす原因を作ったギルドとしては、Aクラスヘ戻ってくれて心から安堵している」

「いいから忘れろ。俺のAクラスは俺の力ではない。Bだと言われても全然かまわない。で、魔道ギルドはプリのスライムを使い魔登録してくれるのか?」

「む、むう」

「別に嫌でも俺は構わない。プリが次に師匠と会ったら、魔道ギルドで困らせられたと伝えることになるやもしれぬな」

「わ、わかった、プリ殿の登録をさせてもらう、これでいいか!?」

「お互い持ちつ持たれつじゃないか。たまには師匠へ恩を返さなければ、俺もそちらも気持ちが悪いだろう?」


 苦笑いを浮かべる冒険者ギルドの長と、まだ納得ができてなさそうな魔道ギルドの長を一瞥したマットが、黒マントを俺に差し出した。その顔は、とても見慣れた優しい表情に戻っている。


「くだらん話は終わったぞ。では正式に依頼を聞かせてもらおうか」

「マット?」

「元ハインリヒ家の屋敷へ唐突にお前が現れたときから気にはなっていた。何が起きた? どうしてお前の側にスーがいない?」

「――マット、頼む、助けてくれ……」

「そのために俺は来ている」


 誰にも頼る術のない俺は、差し出された逞しい腕へすがりつくしかできない。溢れる涙が抑えられなかった。

 マットは俺の頭を優しく撫でながらギルドを出て、元ハインリヒ家の屋敷へ連れて行ってくれた。

 屋敷の門の前では、心配顔のミレーネが家人に囲まれながら俺達を持ってくれていた。

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