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61 二人の過去

乾いた風が吹き抜ける中、スーが低い声で話しを始めた。


「前にも言いましたが、スーの父様は戦争で亡くなりました」

「ああ」

「あのお屋敷は父様のものの一つです」

「それって……」

「スーの父様は、ペールギュント男爵なのです」

「は?」

「――ダマスカス男爵、いいえ、今のダマスカス伯爵と争って殺されました」


 開いた口がふさがらないとはこのことかもしれない。世情に疎い俺にも強烈過ぎた。

 かつてのシルビ公国は、シルビ公爵のもとにフォレスト伯爵、ペールギュント男爵、ダマスカス男爵が従属して成り立っていたが、ニ人の男爵が領地で起きた日照りで水争いを始めてしまった。

 その折、ダグレス帝国が国境周辺で兵を動かそうとしたので、シルビ公爵もフォレスト伯爵も仲裁の兵を送れず、ペールギュント男爵側が負けて決着した。


 ペールギュント男爵が独占していた水場を、ダマスカス男爵と共有することで戦後処理は一先ず終えた。

 しかし、あまりに連携の取れた帝国の動きを怪しく考えてすぐに調査を始めた。そして城外へ出ていた時に暗殺されてしまった。

 スカウトとしての自分の手腕に自信があったことが、逆に仇になってしまったらしい。


 ペールギュント男爵家は、スーとスーの姉ロザミアだけで男児がいなかった。

 シルビ公国の決まりでは女子に家督相続権はない。婿養子をすぐに迎えればお家断絶は免れるとされた。

 適齢期のロザミアは、既に帝国子爵と婚姻をしていた。残ったスーは、敗残国とも言える男爵領の幼い跡継ぎ資格さえ持たない女児に過ぎない。

 近寄ろうとするのはろくでもない考えの者達ばかりだった。この状況を憂いたロザミアは、苦渋の決断でお家を断絶として、スーともども嫁ぎ先の帝国子爵領へと移った。

 

 スーもロザミアも、ペールギュント男爵令嬢だからこそ価値のあったと考えた帝国子爵は、ニ人をひどく冷遇した。

 妻であるロザミアは屋敷に残れたが、スーは最終的に屋敷からも追い出されてしまった。

 道に落ちた物を拾って食べ、お腹を壊しては苦しむ。ストリートチルドレンの中でスーは育った。屋敷に残ったロザミアも、風のうわさでひどい目にあっていたと知ったため、スーも姉を恨むことはなかった。

 父親を殺され、住む場所を奪ったダマスカス男爵が憎いことは間違いない。しかしそれと同時に、プリには申し訳なくて、そのことだけがスーは気がかりだった。


「今、この話を始めたのも、スーがズルいからなのです」


 視線を自分の足先から動かさず、自嘲気味なスーの話は続いた。

 本来は、ダマスカス伯爵領にあるプリの家で打ち明けるつもりだったらしい。

 でもこの場所でなら、プリよりもひどい扱いを受けた悲劇の登場人物として話ができる。同情も得られやすいから始めたとも付け加えた。


 プリの父は、伯爵になる前のダマスカス男爵へ仕える筆頭魔道士だった。スーの父であるペールギュント男爵とはシルビ公国の会合で知り合い、同じ年の娘を持つ父親同士で意気投合するようになった。

 ニ人の仲の良い様子を見ていたフォレスト伯爵も、同じ年の娘を持つからと自然に交わるようになった。


 ある年、ダマスカス男爵領とペールギュント男爵領を中心とした一帯でひどい日照りが続き、ダマスカス男爵領では水が枯渇してしまった。

 ペールギュント男爵領は、領地を接する帝国から続く小さな川の水があったので、何とか乗り切れていた。帝国側の小川の水源となる土地は、ロザミアが嫁いだホーク子爵領である。

 ダマスカス男爵は、帝国からの水をペールギュント領で独占するのはおかしいと言い掛かりをつけ、公国内共同利用の名目で、勝手に水の流れを変える工事に着手しようとした。


 プリの父親は、ダマスカス男爵のやり方が納得できず、強硬に反対をして工事の邪魔をした。

 家臣にすぎない魔道士が、ペールギュント男爵やフォレスト伯爵と親密なことを傘に着ての傲慢と受け取ったダマスカス男爵は、プリの父親から屋敷も何もかも没収して領内幽閉を決定する。

 プリの父親は覚悟の反対行動だったらしく、すでにプリと一緒に屋敷など一切をフォレスト伯爵へ譲渡していた。


 プリは、フォレスト伯爵の意を受けた者に育てられることとなった。お互い複雑な環境で育ち、スーとプリが再会をしたのは、プリの第ニの故郷となったフォートレスの冒険者ギルドだった。

 幼少時のプリは、魔道士としての将来を嘱望されるほどだったが、スーと再会した時にはプリーストになっていたらしい。理由はいわずもがなで、鉄の盾を持つためだった。

 すっかり日も暮れ始めた頃に、スーの長かった話は終わった。

 二人の複雑過ぎる関係を初めて知ったが、スーがどうして俺に嫌われることを恐れたのかが今一わからなかった。


「スーはダマスカスが憎いよな」

「もちろんなのです。でも大きくなった今なら少しわかるのです。父様は自分を巻き込んだ陰謀を明るみにする前に、水不足で困った領地のことを考えるべきだったのです」

「そうかもしれないけど、心情的に無理だろう」

「そうなのです。スーもきっと真っ先に調べたと思うのです。だから父様を責めませんが、領主としてはダメなのです」

「大人だな」

「スーの姉さまが言っていました」

「ロザミアさんだったか」

「はいなのです。代々、スーのお家はホーク子爵家へ嫁いでいます。姉さまは、水を分けてもらうための人質でした」

「そう――なるのか」

「我が身を犠牲にして水を領地へ届けているのに争いが起きて、その後は先程お話した通りです。姉さまは、ダマスカス男爵と同じくらいに父様を憎んでいます」


 スーやロザミアが、どのような扱いを受けたかなど具体的には聞かされていない。だがこの世界は、俺のよく知る法と秩序のある世界とはまったく違う。無法な山賊に襲われて身を以て知っている。

 二の句が継げなくなった俺に構わず、スーは続けた。

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