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59 拒否反応

 鞍もないニ人乗りなので運動神経の良いスーが前へ座る。俺はスーの腰へ抱き着く形になる。

 グローブ越しなので体温も柔らかさもわからないが、スーの衣装はところどころ動きやすさ優先で露出をさせている。

 ツルツル滑る毛並から落らないようにしがみつくのがためらわれるが、そんなことを言ってもいられない。

 街道を離れて荒れ地をものともせずにポン吉は進んだ。一日足らずで小高い丘に崩れた建物のようなものが見え出したその時、スーが蒼くなった顔を俺に向けた。


「プ、プリちゃん、スーは急に行きたくなくなったのですっ」

「何言ってるんだ? クエスト末達のペナルティを受けるぞ?」

「そ、それはそうなのですが――ポン吉っ、止まってください!」


 悲鳴じみた声のスーに従ったポン吉は、ダンプカーのような巨体を静かに止めた。太い首を回して俺達を見ている。

 クエストの実績を積むことには前向きすぎるスーが、及び腰になる理由は何だろう。


「急にどうした?」

「それは……」

「俺はクラスアップなんてどうでもいいし全然構わないけど、スーは困るんじゃないのか?」

「はいなのです」


 元気になってもらうためのクエストで、しょんぼりされると戸惑ってしまう。

 俺はスーの金色の頭に手を置いて軽く撫でた。


「ポン吉がいるから時間には余裕がある。どうするかもう一度考えてみようか」


 スーが黙って頷いたので、くつろげそうな場所を探すようにポン吉へ頼んだ。

 街道からも離れて、乾いた大地が広がる真っただ中なので期待はできない。少し首を動かしたポン吉が低くうなった。

 ダンプサイズのポン吉の言葉は残念ながらわからない。無理だと文句でも言ったかと思っていたら、突然背中から太ももに寒気を感じて震えが走った。スラスラがメイスから移動をして、ポン吉の頭へ向かっている時に俺の体に触れたらしい。

 ツルツルの毛並をものともせずに、スラスラがポン吉の両耳の間へ収まる。再び低いうなり声を上げたポン吉が走り出した。

 頭を冷やしたいのだろうか?

 よくわからない行動は気になるが、スーの方がもっと心配だ。俺の前に座って俯いたまま、全然顔を上げない。

 何か声を掛けたいけれど、今はスーに気持ちを整理させる時間を与えるべきだろう、


 無茶なオーダーを受けたポン吉が俺達を連れて行ったのは、平坦な荒れ地の中に忽然とあらわれた岩の根元部分だった。

 鉱山ダンプサイズのポン吉よりも更に大きく、身を隠せるのがありがたい。驚かされたのは、湿った岩陰からかすかに水が湧き出ていた。本当にわずかな量なので飲むことは難しいが、スラスラは飛び跳ねてくっついている。

 師匠からもらった黒マントを適当に敷いて俺達は座った。

 乾いた風の中に湿った匂いがする。どのくらそうしていたのかわからないが、スーが自分の両足先を両手で握りながら話しを始めた。


「あの屋敷跡にスーは行ったことがあります」

「そうなのか」


 近づくのも嫌な思い出があるらしいくらいわかる。今では川へ近寄るのが俺も嫌だから。

 スーさえよければ、俺もペナルティは気にならない。無理はさせたくないので切り出そうとしたら、座っていたポン吉が急に立ち上がった。


「どうした」

「ウオン」


 やっぱりわからない。しかし、大きな顔を向けた先では土煙が上がっている。こちらへ何かが向かって来ている。

 徐々にはっきりし始めた姿は、とてつもなく立派な白馬が金色に輝いているように見えた。


「ベアトリスか?」

「ウオン」


 何となく肯定的な響きから間違いないだろう。

 自由魔法都市で優勝セレモ二ーやらの出席で忙しかったから、ダマスカスで落ち合おうと決めて別れたのにわざわざ追って来たらしい。


「プリさんっ、ポン吉をお借りしますよ!」


 ベアトリスは側へ来て白馬から飛び降りるなり俺の両手を取って握った。

 スーの表情が険しくなったので慌てて振りほどいた。これ以上不機嫌になられると困る。

 スラスラを盾にして火から身を守ろうとか考えたこともあったけど、妙にポン吉と息が合っている様子を見ると気が引ける。当初の予定どおりにエルフの秘薬を貰うべきだろう。


「わかってる。でもここでいなくなると俺達が困る。クエストを終えてからにしてもらえるか?」

「でしたらご一緒させていただきます」

「ポン吉をさっさと連れて行っていいのですっ!」

「スー? 何を言ってる?」

「代りに馬を借りるのですっ」

「そのつもりでダレーガンで一番の白馬をもらって来ましたよ」


 スーの唐突過ぎる言葉に動じることもなく笑って見せるベアトリス。余裕と用意周到さは、年の功なんて口にすると怒らるかもしれない。

 一方のスーの反応は予想外だった。ベアトリスの同行はそんなにも嫌だったらしい。


「本当にいいのか? ポン吉が居なくなると、今すぐ決めなければならないぞ?」

「だ、大丈夫なのですっ、い、行くことにしたのですっ」


 右手と右足を同時に出して白馬へ向かう姿は、無理をしている以外何ものでもない。でもスーが決めたのなら、俺に言えることはない。

 ポン吉はベアトリスとエルフの森へ行くことは決まっていたので、名残り惜しそうに顔を摺り寄せて来たが何も言葉を発しなかった。荷物を白馬へと積み換えて出発する直前、湿った岩場でくつろいでいるらしいスラスラに一度だけ大きな鼻を突きつける。

 スラスラは大慌てでメイスの柄ヘ戻った。

 知らない間に膨れ上がってるし、これまでとは違ってとても機敏な動きだった。

色々とありましたがようやく少し時間が取れて、たまっていた更新を一気に行います。

小説を書ける環境と時間とお読みくださる読者の皆様に感謝しかありません。

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