5 三度転生
ずっと生きていたくないと思っていたのに、知らない間に俺は生き残りたいに変わっていたようだ。スーと楽しそうに話をしているプリの姿を自然に追いながら気づいてしまった。
だがそんな身勝手な希望など、決まりに従った行動を取るだけの神様には関係ない。
まさかこのタイミングで自我を消すと言い出すなんて――。
すっかり落ち込んだ俺は、移動のためにプリに背負われたことさえも気づかず、いつものプリの話に上の空で返事をしていたら、知らぬ間に怒らせてしまったようだった。
「もうカッシーなんて知らないのですっ! あっちへ行ってください‼」
びょーん
ぼちゃん
ブクブクブクブク
いつもの神輿担ぎのように俺を頭の上へ持ち上げ、大きく反り返ったプリが投げたー!
実況中継っぽくやってるけど一瞬だ。
あっちへ行けと言われた俺は、街道沿いに流れるすぐ横の川に落っこちた。
プリって思ったより力持ちだな、などと感心している場合じゃない。
さすがにこの終わり方はひどくないか?
「わー、ごめんなさーい‼」
バシャーンっ!
ゆらゆらと川底へ沈もうとする俺の聴覚にプリの泣き叫ぶ声が響き渡った。そしてろくに泳げもしないのに飛び込んだ音も聞こえた。
本当に勘弁してくれ‼
どうして俺は動けないんだ⁉
持ち主が危険な目に遭っているというのに守ることができない盾など存在する意味がないだろう‼ くっそぉ、神様がいるなら答えろよ‼
『呼んだか? これでお前から解放される。では早速やろう』
都合よく現れた神様は、どこかウキウキしながら両手で握った杖をフリフリしている。
俺は必死になってそれを止めさせた
(ちょ、ちょっと待ってくれ! 今だけは困る! 俺の持ち主を助けたいんだ‼)
『お前では無理だ。そのうち仲間が助け――ああ、あの娘はここで終わりだ』
(は?)
『そうなっておる』
(ちょ、ちょっと待て‼ どう言うことだ⁉)
『今飛び込まなくとも、仲の良い娘と追いかけっこをして足を滑らせる予定だった。そしてお前が重いせいで、沈んで死ぬことになっておる』
(何、だと……)
『お前にしてみれば、まだ今の方が良心の呵責も少なかろう?』
(くっ、それはそうだが――でも、何とかしてくれよ‼)
俺のせいになろうがなるまいが、プリが死ぬのは困る。
必死な俺の頼みを耳にした神様の目が、一瞬光ったような気がした。
『――できないこともないが、お前はそれでいいのか?』
(何でもいい‼)
『本当の本当にいいのだな?』
(あいつが助かればいい‼)
『よかろう』
神様が杖を軽く振ると、溺れていたプリが俺の近くに寄ってきて一緒に白い光に包まれた。
(これは?)
『この娘はお前を、お前はこの娘をお互いが命を賭して助けたいと望んでいる。お前が以前にやった偽善ではない純粋な思いだ。であれば両方助けるのは無理だが、私の持つ救済規定でいずれかなら可能なケ―スに該当させることができる』
(だったら人間のプリを頼む!)
『この場合、より命を長らえた可能性の高い方を助けるのが決まりだ』
(何だと⁉ それって――)
『そういうわけでお前達の願いは聞き届けてしまったので、お前の自我は残さざるを得ないこととなった。ほい、転生~』
(……あ)
俺は無我夢中で両腕を動かし水面から勢いよく顔を突き出す。体はとても軽いのに妙な気怠さを感じながら岸まで這い上がると、大きく肩で息をする俺の周りにわらわらと見知った顔が寄って来た。
「大丈夫!? プリちゃん?」
「……ちょっと待て、プリちゃん?」
「おおよ、お前は男みたいな恰好をしているが、せめて中身くらいは女らしくオッパイを大きくして浮力を上げろよ、がはははっ」
誰かの体らしきものの尻を触ろうと伸ばしている手が視界に入ると、突然、頭に聞きなれた声が響いた。
(そこは思い切り叩くのです!)
そして反射的に誰かの手らしきものが動くと、おっさんが痛みにうめく声と同時に、再び頭へ先程の声が聞こえた。
(カッシーさん、元気?)
「お、おおう、おおーっ? ひょっとしてプリか⁉」
(そうなの。この度はごめんなさい)
「お、おお?」
(プリはカッシーさんとずっと仲良しだったのに、最後にぶん投げちゃいました。本当にごめんなさい)
「いやいやいやいや、それは全然構わないが、お前はどうなったんだ? どうしてこの状況を受け入れてるんだ⁉」
(神様に、プリは溺れ死ぬのが避けられないのを教えられて、知っちゃったから仕方ないの。プリはもうすぐいなくなっちゃいます)
わかってたさ。だって俺はもう二度も経験済みだ。
それでも俺はすがるように心で呼び掛ける。
すると思ったとおり答えがあった。
(神様! 俺の自我を消してプリは残すって選択肢は本当にないのか⁉)
『――お前はまだ気づいていないのか』
(何をだ!)
『プリは常にお前と共にあった』
(神様、何を言ってる?)
『お前が生えていたハインリヒ家はプリの生家だ』
(……え?)
『お前が盾にされた原因となった幹の瑕は、幼いプリが彫ったものだ。愛犬の助けと強運に導かれ、切り倒されたお前の足取りを追って、店に並んだお前をその娘は一目で気づいたのだぞ』
いつもどこかひょうきんさを感じさせる神様の声音が、今は異様に重々しくて、俺をからかったりしているわけではないことがひしひしと伝わる。
これまで盾だった俺を握っていた手を新しい俺自身の目で見ていると、木の根元に抱き着いていた少女の姿をふと思い出した。
『プリはいつもお前と共にありたかった。単にプリの無事を望むお前と違い、今回もプリはそう願った。そして転生の天秤は厳格な審査のもと、より大きな幸せがもたらされるプリの方に傾いた』
(は、ははは、確かにこれならプリは助かったことになり、俺とプリが一緒にいることにもなる。だがそれで良かったのかよ‼)
(良いの‼)
きっぱりはっきりした女の子の声が俺の頭に響いた。
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