49 二者択一
「お断りします」
「でしたらプリさんは町からご退去を」
「は?」
「町へ入れたのはギルドが衛兵隊へ口を利いてのことです」
「き、汚ねーっ」
「幻影魔術が使えるほどの方ならば、ぜひともお願いしたいのですが」
「い、いや、毎回上手くいくわけではないので」
「でしたら闘技会の選手ではなく観客へお酒を売る役でもいいですよ。プリさんもなかなかの美人ですし、結構いい売り上げになるので」
野球観戦でビールの売り子みたいなものか。町からの退去は困るし、戦うよりまだマシかもしれない。しぶしぶ返事をしようとしたら、ノーマンが机の上にえげつない水着を置いた。
「これは売り子のユニフォームです。お酒が一杯で金貨五十枚サービス込みの値段なものですから、楽しんでいただけるように布を少なめにしてあります。たまに触ってくるお客がいるので気をつけてください」
少ないと言うか完全に紐だろうが!
しかもたかが酒一杯が大体五千円なんて高過ぎる。それは触りたくもなるよな、なんて理解のあることを言ってる場合ではない。
「プリちゃんっ、こんなの着ちゃだめですっ! 闘技会に出るのです!」
おかしな水着を見たスーが目を三角にして追って来る。
酔っ払いに触られるなんてお断りだし退去も困る。
となると一択か、腹立たしいが。
「――わかったよ」
「ありがとうございます。今大会は少し女性の参加が少なくて華やかさに欠けることを心配していたのですが、本当に助かりました」
「勝手に仕組まれたんだから仕方ないだろう」
「それでも勝ち続ければ賞金も出ます。帝国などへの士官や、町の評議員の地位を得た人も過去にいます。他の大きな大会に比べればレベルも低いので、軽い腕試しのつもりで大丈夫ですよ」
「さっさと一回戦で負けてやる」
面の皮の厚そうな副局長を俺は睨むと、あっさりと受け流し更に腹立たしいことを教えられた。
「構いませんが、出場代金貨千枚大損ですね」
「千枚? さっきから高くないか?」
俺の感覚で言えば十万円も払って出場する理由がわからない。
ノーマンは賞金や商品のことを改めて説明をした。
大半の出場者の目当ては賞金よりも人目について仕事のあっせんを受けることらしい。
俺の元の世界でも公務員は普通に人気のある職業だった。こちらでも仕官は魅力的なのだろう。賞金もだいたい四回戦を突破すれば、元が取れるくらいは設定しているらしい。
トーナメント結果には賭けも行われている。優勝から八位までを予想が、上位のものより八位の者を当てるほうが配当は高い。競馬などと同じで不人気な方が払いがいいらしい。
そしてその八位辺りに入れそうで無名な人間を送り込めれば、ギルドとしては配当を払うことが少なく親元の儲けも出ると踏んでいるらしい。
そんな上手く行くものかと思わないでもないが、何もやらないよりはマシ程度の考えだとノーマンは笑った。
所々大ざっぱなのは冒険者あがりだからだろうか。
闘技会は三日後、今さら特訓もないし出るだけになる。
実は金貨千枚なんて今の俺達には痛くもかゆくもない。しかし見知らぬ人間に手の内を教えるのも愚かだし、内緒にしてあっさり負けて終わらせる。
参加選手には、ギルドが用意をした宿があてがわれる。俺達は同席していたミリーに連れられて一階カウンターで手続きを終えると女性用の宿へと向かった。
参加人数が少ないと聞いていたが、小さいながらも一棟借り上げの宿舎は二階建てだった。食堂になっている一階には二人の女性しかいない。俺達が入っても一瞥をしただけで、二人は向かい合って談笑を続けた。
「他にも居るのか?」
「女性の参加者はここの方達ですべてです」
「つまりは四人か」
「例年はもう少し腕試しの方が出てくれるのですが、延期になっていたシルビ公国のお祭りが開催されることが決まって、そちらへ流れたのでしょう。こればかりはどうしようもないですから」
「シルビで祭り?」
「ええ。まだしばらく後のことですが、フォレストで騒ぎがあってシルビのほうも一度は中止をしたのを、改めて開催することにしたようです」
ミリーから聞かされた話は、スマホなどの情報伝達手段がない世界でのギルドの有用性を改めて認めざるを得ない。
フォレストの祭りが中止になった騒ぎの渦中にいたので、この話には複雑な気持ちが起きる。
『シルビ公国には当事者意識と危機意識が薄い』と、マットが苦々しく口にしていたとおりなのだろう。
ますますあの国を離れたことは正解に思えたが、闘技会参加は不正解どころか大失態だ。
戦いなので男性のほうが全般的に有利なのは否めないし、女性が少ないのは当然だろう。
向こうの席で談笑している二人は明らかに歴戦の冒険者の雰囲気がうかがえる。男だった時の俺よりも立派な体をしていて、ニ人とも剣士と思われる。俺達に目もくれないのは、相手にもならないと見くびられているのだろう。
案内を終えたミリーが建物から出ようと扉を開けた時、一人の女性があたかも彼女のために開けられたかのような仕草で食堂へと入った。
二人の女冒険者は会話を途切れさせ、油断のない目つきへと変わる。俺もスーも思わず目を見張った。
食堂へ入るなり、ずっと俺達のほうを向いたまま視線を逸らそうとしない女性のの耳は、とても尖っていた。
「プ、プリちゃんっ、エルフの人がいるのですっ」
小さいけど興奮した声のスーが、俺の服の袖を強く引っ張った。
師匠は言っていたが、エルフが住むのは異常に遠くて秘境じみたとこらしい。町中で見ること自体がとても珍しい。
スーの反応も当然だし、俺もすっかり見惚れてしまった。
整い過ぎた目鼻立ちの中でも印象深い切れ長なニ重と緑の瞳。白い肌に銀の流れる髪と併せて、ものすごい美形なのはファンタジーのテンプレを裏切っていない。
そうなると性格は見た目どおりにきつく、試合では俺の対戦相手が規定路線になるのだが、そこはぜひとも勘弁してほしい。
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