47 変幻自在
これまで通り過ぎた町は本当に小さかったので出入りする人間も少なかった。
たいていはポン吉を見て見ぬふりをして通りすぎてくれたのにダレーガンは違った。
俺が一人だったら寄ってきそうなおかしな連中はポン吉のおかげて追い払えているけど、少し毛色の違うおかしな連中を惹き付けるようになってしまっている。
そしてまた一人、俺達の目の前にグラサンモヒカンのホアチャーなやられ役っぽいアンちゃんが立っていた。
「なあ、その狼譲ってくれよ」
「お断りします」
「あんたでは手に余るだろう?」
「そう見えます? ポン吉、お手」
「ワオン」
「肉球」
「ワオン」
「うりゃうりゃうりゃ!」
「ワワワワワワオン! ハフハフハフっ」
「こら、やめろ」
「ワオオオン!」
お手だけではあまり芸がないと思ったので、ぶっとい前足の裏を見せさせてくすぐる。
ポン吉もとてもお気に入りだ。これをやると息を荒げながら尻尾をちぎれんばかりに振って顔を摺り寄せてくる。
グラサンモヒカンは『お邪魔しましたー』とおかしな言葉を残してすごすごと去って行った。
これで何人目だ?
金貨の袋をジャラジャラ見せびらかす金持ちとか、名前は明かさなかったがものすごく威厳に満ちたおっさんもいた。
もはや町の入口のちょっとした有名人になっている。
このままだと面倒事の予感しかしない。
この世界は無法がまかり通っているので、ポン吉を無理矢理連れて行こうとする愚か者がいつ現れてこないとも限らない。
どうせ返り討ちにあうのは相手のほうなので俺は全然構わないけど、そういう手合いは得てして身勝手な逆恨みもする。
例えスーが使役登録をしても、ポン吉を連れて歩けば同じようなことはずっと起きるだろう。
いっそのことマットの師匠に預けたほうがいいのではないだろうか。
困ったら来たらいいとは言ってくれていたし、あそこなら土地も余ってて仲間になる動物も山ほどいる。ポン吉も悠々と過ごせるだろう。
「スーに確認してからだけど、俺達の知り合いのところで過ごしてみるか? たまには顔を出すから」
「ウオン、ウオオオーンっ」
まったくわからないけど、激しく頭を振っているのは嫌がっている仕草っぽい。
大きな黒目が潤んでるようにも見える。見かけよらずかわいいやつめ。
しかしそれでは済まされない。
面倒な連中は引きっきり無し。追っ払うのにも気を遣う。
「お前も嫌だろう?」
「ウオオン」
「せめてお前が小さくなれたらなあ」
「ウオン」
「ん?」
「ウオン」
俺の独り言へ反応して首を不思議そうに傾げるポン吉。
まさか、いや、そんなことはないよな。
でも……。
「本当になれるのか?」
「ウオン」
「マ、マジか一一っ! どうして早く言わない⁉」
「ウオオン」
そうだ、しゃべれないから言えるはずないよな。責めたわけじゃないからそんな小さくなるな。実際は全然なってないけど。
デカい方がカッコいいとは言い続けたけど、ちっこくなれとは一度も言ってなかった。
ごめん、ポン吉。
「だったら早速小さくなってもらいたいけど、目立ち過ぎるかな」
半信半疑ながら、何となく意思疎通ができている気がした俺はポン吉へ声を掛ける。
するといきなり牙をむいて、俺の頭へかぶりついた。
周囲で見物していた者達は突然の出来事にパニックへ陥り、悲鳴をあげて我先に逃げ出してしまった。
容赦ない追っ払い方だが、誰も傷つけないし超効果的。目の前に並ぶ鋭い牙へ肝を冷やしながらも、俺の背中ならどこまで耐えられるかなどとのんきに考える。
ポン吉はすぐに口を開けると俺の前に行儀よくお座りをして、みるみる小さくなり始めた。
一応心づもりはしていた。さすがに現実となると言葉を失って、ただ茫然と見るしかできない。
気がつけば足元でコロッコロの黒柴そっくりのワンコが、黒いビー玉のような目で見上げている。
小さい尻尾は激しく振られて見えないくらい。
「ポン吉だよな?」
「ワン(そう)」
「は?」
「ワン(なに)?」
本当に驚いた時は声など出ない。ただ目と口が大きく開くだけ。
かなり間抜け面をした俺の足元に、ポン吉らしきワンコがせわしなくじゃれついている。
「プリちゃんっ⁉」
「え、あ、あ、スー? どうした?」
ポン吉の変化にすっかり気が動転した俺を呼び戻したのは、息を切らして涙目のスーだった。
「どうしたじゃないのですっ。ポン吉がプリちゃんを食べたって町では大騒ぎになって、討伐隊も編成され始めたのですっ!」
「何だとーっ‼」
「ポン吉がいないのですっ! 本当にプリちゃんを食べようとしたのですか⁉」
知らない間にとんでもない騒ぎになっている。どうしようか。
俺の足元では黒柴になったポン吉が、スーの言葉を聞いて今度こそ本当に小さくなって落ち込んでいる。
とりあえず状況説明のために元へ戻すのが早そうだ。
「ポン吉、とにかく急いで大きくなってくれ!」
「ワン(わかった)!」
……大きくなれとは言ったがそこまでとは言ってない。
『とにかく』などと余計な言葉をつけたのが間違いだった。
ダンプはダンプでも、鉱山で使うような超巨大ダンプほどに膨れ上がっている。
「ワンちゃんがおっきなポン吉になったのですっ!」
「ワオワオワオーン!」
鳴き声も体に比して大き<響く。まるでサイレン。
遠くから同じような遠吠えが聞こえたような気もした。
思ったよりスーが驚かないのは、らしいと言えばいいのか、俺の肝っ玉が小さいだけのか。
ポン吉の言葉がまたわからなくなったのはどうしてだろう。
「かわいいのでーすっ!」
「ワオーン‼」
両手の拳を高く掲げながら十メートルはありそうなポン吉を見上げての感想がかわいい……。
俺はきっとスーには一生敵わない。
などと、おかしな敗北感に打ちひしがれている場合ではない。
これだと本当に討伐隊が編成されても文句を言えない。
今さら遅いかもしれないが、もう一度小さく、いや、更に小さくしてしまえ。
「ポン吉! 手の平に乗るくらいになれ!」
「ワオーン!」
「きゃ、きゃわいすぎるのですっ‼」
「アンアン(そうかな)」
「スーのポン吉なのですっ」
「アーン(そうかな)?」
あれだけ大きくなれるなら小さくもなれるだろうと考えたのだが、限界は豆柴サイズだった。
少し予想とは違うけど言葉も不思議とまたわかるようになった。
いつもお読みくださいましてありがとうございます。




