46 使い魔登録
最初は、俺達を襲ってきた山賊がありえないほど大切に指輪の小袋を持っていた。
その前の持ち主は間違いなく別の人間。スーの見立てでは貴族の女性だろうと推測している。
そしてその女性をシギネフは知っているか何かで、スーが指輪とセットのナイフを持っているのは都合が悪く、指輪も見つけたかった。
不愉快極まりないが、山賊が女を品物のように扱っていたことに関係があるかもしれない。
だとして考えられるのはニつ。シギネフが山賊に女を売った。または逆に女を買った。
買った女性の身元がわかる品であるナイフや指輪を山賊が持っていて、実は脅迫されていたとかも考えられるが、これほどの人数をすぐに動かせるならその線はないかもしれない。
となると売ったほうがありえるか。
売るにしても、自分が本当に売るとか仲介をする以外にも、山賊が襲えるように情報だけを売ることも考えられる。
もう少し持ち主とシギネフとの関係がわかる情報が欲しいところだ。何とかならないかと考え込んだ俺に向けられた二つの黒い目があった。
ひよっとして……。
俺は掘り返した指輪の小袋と指輪を拭くことなく大狼の前へ置いた。
「お前、これの持ち主ってわかるか?」
下衆の山賊が、銀糸の刺繍が施された小袋に入れていたことは意外なところで役に立つかもしれない。
金属の指輪より布地のほうが匂いは付いているだろう。
大狼はスーの隣に大人しく座っていたが、腰を上げると俺の指差し出した小袋には目もくれず、木の幹に縛られた男の頭を躊躇なく噛み砕いた。さっきよりも遥かに固い音をさせて。
男は完全に油断していたらしく悲鳴をあげる暇さえなかった。助かると勝手に思っていたのかもしれないが、こんなやつには勿体ない幸せな死にざまと言える。
シギネフを裏切ったことがわかれば、むごたらしく切り刻まれたかもしれない。前に俺達が山賊にやったように、木の幹へ縛ったまま放置しておけば、生きて恐怖と苦痛を延々と感じながら森の魔物のエサにされたかもしれない。
これには俺もスーもさすがに呆気にとられたが、大狼な何も気にせず男が縄で縛られていたところから上、つまり上半身だけを喰らい尽くすと俺の前へ血だらけの顔を差し出した。
一瞬下がりそうになった俺の腕をスーが引っ張る。
ティムをした関係であれば無条件にここまで信用できるのか、などとおかしな感心をしてしまった。スーがポン吉の血だらけの顔を水で洗い始めたので、俺もあわてて手伝った。
俺とスーがやるべき汚れ仕事を何も言わずに代わりにやってくれたのだ。
少しビビッてごめん。
もともと黒と茶の毛並なのでどこまできれいになったのかわかりにくい。滴る水滴に赤黒いものが混じらなくなると、ポン吉はおもむろに俺が置いた小袋と指輪へ鼻を向けた。
「持ち主がわかるのですか?」
「ワオン」
「何と言ったんだ?」
「わからないのです」
完全に漫才だ。
ポン吉の言葉がわからないのに問いかける時点でボケすぎる。戦いであまりにも頼りになったので失念していた。 スーは超天然だった。そもそもポン吉の鼻を考えなしにあてにしたのは俺だけど。
これからどうするべきか。指輪の持ち主もわかりそうにないし、こんなでかい狼を連れて歩くのは無理がある。
何と言ってもダンプカーに引けを取らないのだから。
そもそも町へ連れては入れるのか心配だったが、スーは胸を張って大丈夫と教えてくれた。
ティムレベルを鑑定して使役主登録の鑑札を着けるとか、いくつか決まりに従えば問題ないらしい。
スーがずっと口にしているティムは、捕まえたモンスターを使役する術の総称。魔法だけじゃなく餌付けも立派なティムらしい。
ゲームや小説のドラゴンやグリフォンを、キンキラな鎧を着た騎士が乗りこなしていたのも同じようなことだろう。ポン吉にも乗れるかもしれない。ティムが本当にで効いていれば。
村での話からすれば森林狼だから、町へ連れて行くよりはここいら辺りにいるほうがポン吉も過ごしやすいのだろうけど、スーはすっかり連れて歩く気だ。使役主登録を早いところ済ませておくほうがいいかもしれない。
だとすれば俺達はこれからどこへ向かえばいいんだろう。
カケンスの町へ戻るとシギネフの手の者に狙われる。やられっぱなしは不快だけど、よく考えれば大量の蛍光石は手に入っている。ナイフこそ取られたが、交渉材料になりそうな指輪もこちらにある。
いずれにしろ生き延びたのだから、ひとまずは俺達の勝ちと言っていいだろう。
しかし今後も狙われ続ける可能性はどうするか。
相手はあの町の顔役なのだし離れるのが賢明な判断だろう。
ポン吉の使役登録はどこかの町でやることにして、当初の予定どおり自由魔法都市ダレーガンへの道を進むことにした。
ティム鑑定のできる鑑定士はそう多くはないようで、途中にいくつか立ち寄った小さな町ではなんともならなかった。おかげてポン吉は中に入れてもらえなかった。
スーはプリプリと抗議を何度もしたが、事情を知らない方からすれば、ただの大きい怖そうな狼にしか見えない。
気落ちしたかのようにしょんぼり小さくなった(それでも当然でかいが)ポン吉に、俺は何度も慰めの言葉をかけた。
「俺はイカツいポン吉がカッコよくて好きだからそのままでも全然構わないけど、町には入る用がある。スーが鑑札を取ってくれるまでは我慢な」
「ワオン!」
そして喜んで舐めてくるポン吉のよだれまみれになる。
昔の俺は自分が全然目立たない凡人だったので、時計とか車とかで目立とうとする人間の気持ちがよくわかった。つまりは典型的小者。今でも気質は変わらないようで、目立つポン吉を連れて歩くのは嫌いじゃない。
結果的に旅はほぼ野宿になったが、前みたいな盗賊の夜襲に気を張ることなく快適に眠れたのはモフモフしたポン吉のおかげだ。野宿になった原因もポン吉だけど
マット師匠のところから二月ほどで自由魔法都市へたどり着き、意気込んだスーは真っ先に走り出した。
ティムのことなど全然分からない俺と町へ入れてもらえないポン吉は、頼りになるスカウトの背中を期待を込めて見送った。
いつもお読みくださいましてありがとうございます。
よろしくお願いいたします。




