45 最恐の尋問
森の中は山から吹き下ろす向かい風になっていた。風下の敵は音も匂いも流れてこない。さすがのスーも察知できなかったらしい。
忍び寄った敵の最初の魔法攻撃で、厄介なスペルキャスターがいることを知ったスーは、真っ先に倒すべく木立へ入った。そこには目の前の縛られている男も一緒で男達へ指図をしていた。
二人の背後には回復役のプリーストもいたため、スペルキャスターとあわせて先につぶさなければ、人数でも圧倒的に不利な俺達の勝機がなくなる。
幸い薄暗い木々の中のため、素早さと暗視による地の利はスーに圧倒的にあった。俺のほうは盾の特性を生かして防御に徹し、何とかしのいで欲しいと願いながら先に三人を倒すつもりだったらしい。
しかし俺が先走って危機に陥り、その後は言うまでもない。スーが倒したと考えていた敵の頭目が生きているのは、息の根を止めたことを確認せず俺のもとへ駆け付けたからとのことだった。話しているスーの笑顔が悔しそうに歪んでいる。ポン吉はそんなスーの顔をまた舐め舐めしてくれた。
「たった俺達二人に十一人掛かりの奇襲か。ニ人の魔法使いも用意していたとは念入りなことだ」
「ポン吉が来てくれなかったら多分ダメだったのです」
「……そうだよな」
「ポン吉には感謝してもしきれないのですっ。今度はもっと美味しいお肉をあげるのですっ」
ギリギリで命拾いをした。本当にそう感じている。
お礼なのか大狼のでっかい顔を両腕に挟んだスーが、わしゃわしゃと撫でまわす。ポン吉がどこか迷惑そうにしているのは気のせいだろうか。
「美味しい物は結構だけど、腹をこわさないものにしろよ」
「大丈夫、ポン吉に好き嫌いはないのですっ」
さすがに毒物耐性のあるスーと一緒はマズイだろうと思うけど、山賊も喰ってたよな。
そのくらいでないとダンプカー並みのデカい体にもならないだろうが、どんだけ喰って来たんだろうなんて考えるのはよそう。人間以外の動物もエサにしてるのだろうし、俺達の恩人――じゃない恩狼だ。
命からがら助かったことに安堵と感謝をしながらのほほんと話をしていると、木に縛られた男のうめき声が聞こえた。
スーは急に無表情になると話を中断して男の前へ行き、ゆっくりショートソードを抜いて男の首筋へあてた。
「どうして襲ってきたのですか? あなた達は本当に山賊ですか?」
スーは俺が寝ている間に、男達の首筋を確認して、誰も例の金鎖をつけていないことを不審に感じていたらしい。
男は一言も口を開かないが、目だけはスーを激しく睨みつけている。
俺もすぐに立ち上がりスーと男の前へ向かおうとしたら、ポン吉がデカい顔で遮って俺を無理矢理座らせた。
邪魔をするなと言いかけて大狼の顔を見上げると、黒い目が細められて何か伝えたげにこちらへ向いている。俺は黙ってその場を動かないことにした。
ポン吉はスーの隣へ行くと同じようにスーを押し退け、デカい顎を大きく横向けに広げる。スーが止める間もなくいきなり賊へ噛みついた。
思わず顔を背けた瞬間、声にならない男の悲鳴とバキバキと何かを噛み砕く音が木立に響いた。
あいつに同情はしない。する価値もない。
そう考えながら握った拳を震わせて目を開けようとしたら、再びスーの尋問の声が聞こえてきた。
「どうして襲ってきたのですか?」
「わ、わかった、しゃべる、な、何でもしゃべるから、喰わないでくれーっ‼」
何が起こっているのかわからなかった俺も急いで木のところへ向かう。ポン吉の顎の中に男の顔が完全に隠れてしまっている。激しく噛みついていたのは男の縛られた木の幹だった。
身動きできない状態で、すぐ目の前に仲間を咬み殺した牙が並んでいる光景ってどんなのだろう。考えるまでもなく耐えられない気がする。
男は必死で聞きもしないことをベラベラまくし立てた。
娘の形見は嘘だったこと。シギネフが指輪を必死になって手に入れようとしている理由までは知らない。支払った蛍光石が惜しいとも言っているらしい。
シギネフはカケンスの有力者の一人で、交易の大半を一手に引き受けているらしい。
周辺の山賊とも裏で繋がっているから、冒険者ギルドがなくても隊商護衛は必要ない。山賊を隊商代わりに使う場合もあるらしい。
相当な無法地帯だと平和な国に育った俺は感じたが、スーは驚くこともなく知りたいことを聴き続ける。男の返事がほぼ繰り返しになって、何も聞くことのなくなったスーは両手を握りしめて呟いた。
「シギネフは無理でも山賊のアジトくらいはぶっこわしたいのですっ」
「俺もそう思うけどさすがに俺達だけでは無理だろう」
シギネフは町中の屋敷で多くの護衛に守られているし、声を掛ければこの男達みたいなのがすぐに駆けつける。山賊もかなりの規模の徒党を組んでいる。
ポン吉はものすごく強いし頼りになるとは思うがあくまで狼。敵には飛び道具も魔法もある。たった十人に死にかけた俺達がどうこうできる相手ではない。
そうなると逃げるしかないのだが、スーも俺もむかっ腹は収まらない。
せめて何が弱味で指輪を手に入れようとしているかわかれば一矢を報いれそうなのだが。
俺は、今聞いた話とこれまでの経緯を思い出しながら考えた。
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