36 戦利品
「そろそろいいか?」
「――はいです」
ゆっくりと体をスーから離すと小さく鼻をすすった。
俺の背中の血で赤黒く汚れたスーが笑顔を浮かべる。さすがに俺は笑えない。
山賊が八人もいたことで、持ち物には水がたっぷりあった。俺たちは遠慮なく使って血を洗い流す。さらに山賊の持ち合わせていた傷薬でスーに治療をしてもらった。
イチヨ騒ぎでスーが苦しんでいた時も考えたが、俺はプリーストのくせに治癒の魔法も唱えられない。あるのは異常なまでに頑丈な体だけとは、少し溜め息が出そうになった。
その後、さらに大胆に荷物や死体を物色する。俺が自分の手を汚した初めての戦いと勝利は、人間でも最低最悪のクズ相手なので、良心の呵責など一切働かない。
山賊達は人数に比して結構な大荷物で水も食糧も豊富に手に入れることができた。食糧の中に見慣れたキウイのようなフルーツがあったのには俺もスーも少し眉をひそめる。すぐに傷むから早く食べなければならないのはマットに聞いている。アジトから出発してまだ間もないのだろう。
気を取り直してまだ見ていない山賊の荷物をあさる。俺をさんざん蹴ってくれた男は特に念入りに調べると、服の裏にあるポケットからきれいな銀糸で織られた小袋を見つけた。
中には造りは細いものの綺麗な意匠のある台座を備えた指輪が入っていた。銀よりも白く輝く金属で、擦り切れた服を着ている男には似つかわしくない。絶対に最初から持っていたとは思えない代物だった。試しに指へ通して見ると薬指にピッタリとはまる。台座には宝石はなく、優美な外見に似つかわしくない擦り傷だらけだった。
他にも何か隠していないかと注意深く見ていると、首に金色の鎖を掛けていた。金だとしたら価値がある。遠慮なく頂き、他の山賊も同じように物色すると俺の見た四人全員が同じ物を身に着けていた。
よほどの仲良しでもお揃いとはさすがにありえない。普通に考えると仲間の印だろう。何の変哲もなさそうな金鎖だが、何か仕掛けがあるかもしれない。
俺が手にした戦利品の扱いを悩んでいると、スーが驚きの表情を浮かべながら小振りのきれいなナイフを見せにきた。
「儲けものなのです! 真銀か魔力のこもった金属でつくられたナイフと思います! 鍔元には消されていますが家紋のようなものがあるので、それなりの人が持っていたものだとも思われるのです! 大きな町へ行って鑑定に出せば何かわかるかもしれませんっ」
興奮気味のスーが握るナイフは、歯磨き粉の宣伝ではないが、輝くような白の刀身で鉄のような灰色味などまったくない。一瞬セラミック製ではないかと疑ったほどだが、触れてみたら金属に違いなかった。
俺は似たようなものを手に入れたことに気づき、荷物を色々と突っ込んだ革袋から銀糸の刺繍が施された小袋を探した。ゆっくり取り出した指輪の輝きはスーの手にしたナイフとそっくりだった。
「どちらも女性物で削り跡も似ています。何か見られたくないものが彫られるかされていて、消したと思われるのです」
スーは朝日を眩しく反射させる指輪とナイフを見ながら結論づけた。
折角の戦利品なのに俺は持ち去ることに躊躇いを覚えた。下手をしたら山賊の一味だと思われる証拠になってしまうかもしれない。だけどスーはナイフに見惚れて、持って帰る気が満々だ。
これが平和な世界で臆病に生きてきた人間と、こちらの世界を逞しく育った人間の違いなのだろう。
惜しい気はするが、せめて指輪は置いていくことにしよう。ナイフだけなら偶然拾ったとでも誤魔化せるかもしれない。
山賊達にはアジトがあってかなりの人数がいるようなことを言ってた。つまり今でも同じように獲物を捜している奴らがいて、ここを通る可能性もある。指輪やナイフを持っていたことを知っている可能性が高いので、仲間の死体からでも平気で奪っていく気がする。とりあえず身に着けてさえいなければ、誰かが持ち去ったと考えるだろう。
ついでにスーへ金鎖のことを伝えて、全員分を外してから指輪の小袋へと入れる。指輪やナイフの持ち主以外の男の体の下に穴を掘って埋めた。
ナイフを鑑定してから問題がなさそうなら取りに来るなんて、セコイことを考えているのがまるわかりだ。
しかし聞かされた賊の人数を考えると気が滅入りそうになる。かなりの武装勢力と考えれば大規模な隊商でも襲うことが可能だし、その戦利品がこのナイフや指輪だろう。用が済んだらさっさと逃げ出すに限る。
「この賊は討伐指定を受けていないのだろうか?」
「それはなんともなのです。この付近を治める領主がいれば可能性はありますが、師匠さんのところからそう離れてもいないので、誰の領地でもないと考えるほうが正しいかと思うのです」
モンスター同様に人へ被害を頻発させる賊は、領主から討伐クエストが出されることも珍しくない。討伐指定を受けていれば、ギルドなり領主なりから報奨金がもらえると聞いていたことを思い出したが、今の感じだと無理に倒した証拠を持って行く必要もなさそうだ。
戦いが始まったのは明け方だったが、とっくに陽は森の上に見えている。何だかんだでけっこう時間が経ってしまったので、早くこの森から離れなければ、また賊に出くわしてしまうかもしれない。
俺達は奪われた荷物を取り戻し、多くのお土産を手にすると疲れた体に鞭を打って歩き出した。
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