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30 白衣の天使

「私は西王国の側にある青のドワーフ国の出身で、チェスはその地でたしなまれている娯楽だ。北方のこちらでは知られていないようだが、お前は知っているのではないのか?」

「知ってはいますが――そうだ、バイタミンは⁉」

「バイタミンも西王国で広く使われている」

「コーヒーも?」

「普通に飲まれている」


 元の世界と同じような国ががこちらにもあるのだろうか?

 実際に転生をしてこちらで生きているのだから、元の世界を唯一無二と考えることは意味をなさない。同じ物が存在する可能性も一概に否定できない。

 だけど、俺とフローレンスさんの見識が一つだけ違うものがさっき出て来たばかりだ。


「赤十字は知らないのですよね?」

「何度も言わせるな。これに正式名称など決まっていない。敵味方関係なく、戦争や事故で人道支援を行う者達の集まりの旗印だと分れば、名前などどうでもいいだろう」


 何か吐き捨てるような口ぶりのフローレンスさんを見て俺も考える。

 治療の手慣れた看護師のような彼女が口にした赤十字の理念は、俺も知っているものだ。

 旗印と言えば、永世中立国スイスの国旗の配色を逆にしたもののはず。

 バイタミンやチェス、薬草、扉の仕掛け、ベアリング構造。とても多才なフローレンス。

 敵味方関係なく人道支援を尊ぶ、看護師のようなすごい才女。


 フローレンス……ナイチンゲール⁉


 この一致は、俺の揺らぎ始めた気持ちを再び強固にした。

 赤十字の名称を俺が知っているのに、持っている本人が知らない。理由はわからないが、彼女のいた時代はまだ常用されていなかったのかもしれない。マークや名称などは、意思統一がされて初めて広く認知されるものだ。

 希望的観測かもしれないが、バイタミンにコーヒー、チェス、そして名前が一致するのはあまりにも不自然と思う。


 転生を前提として総合すると、マットの師匠はナイチンゲールさんで間違いないだろう。

 何千、何万人の命を救う活動を命懸けで行ったのだから善意転生規程も余裕でクリアする。一人のじいちゃんを助けただけで転生している俺が、申し訳なく感じてしまうくらいだ。

 病気やケガに詳しいのも納得が行く。ドワーフ族になっていたり、こんなところで隠棲している理由はよくわからない。でも彼女なりの考えがあるとしたら、あからさまに転生組って口にするのはマズそうに思える。

 こんな時はよくあるあれだ。他人の口を借りよう。


「実は、その赤十字も夢で見たのです」

「夢だと?」

「はい。全然違う人間になっている夢で見ました。時には木やら武具になったりもしました」

「私も同じようなことがある」

「やっぱりナ――師匠もですか」


 思わず食いついて名前を叫びそうになった。冷静になれと言い間かせる。

 うっかりをなくすためにここからは呼び方を師匠にしよう。


「私の場合は従軍して兵を看護する者だったり、政治家だったり、時には描だったりもする。不思議なものだ、似たような経験をする者と、三度会うとは」

「三度?」

「他にも二人ほど知っている、知っていたと言うべきか。私など足元にも及ばないすごい人達だ」


 遠い目をする師匠が、もし本当にナイチンゲールさんとして、足元にも及ばないってどんな人だ? 善人前提なので、お釈迦様とかイエス様とか。そうなると善人なんて飛び越えて聖人だよな。

 あの神様は俺の転生の査定が甘いと言っていたが、そんなレベルじゃない。 

 ますます転生して申し訳なく感じ始めてしまったじゃないか。


「急に元気がなくなったようだが、どうした? やはり痛むのではないか?」

「あ、いえ、体は全然大丈夫です」


 心は痛みますが。


「では先程の話へ戻すか。カッシーとは誰だ?」

「……私の知人です」

「それを背負っていて強くなった?」

「スーは時々言葉足らずなのですみません。樫の木でできた重い鉄の盾を、ずっと背負わされていたのです。それをやらせたのがカッシーと言う人物で、背中も自然と頑丈になったのでしょう」


 同じ転生組なんて口にするのが恥ずかしくて申し訳ない。それ以上に、師匠が素性を隠している理由がわからないので、方針変更をした。

 少女に鉄の盾を背負わせて喜んでいる、変態カッシーが出来上がるけどあきらめよう。

 俺の言葉を改めて確かめるかのように、師匠は服の上から背中をさわりまくる。


「若い女のものらしく表面はやわらかい。しかし妙に硬いところもあるが――今の話は本当かい? お前さんはプリーストだし、さっきの痣も身体強化魔法を埋め込んだって言われたほうが、よほど納得できるけどね」


 思わず絶句してしまった。身体強化魔法なんてあるのか?

 埋め込むって、タトゥーのように書いたら魔法が使えるのか?

 知識不足がさっきから露呈しているな。今さら感がありありだけど、それで行ってみるか。


「さすがマットの師匠さんです。もう隠してもしようがないので、正直にお話します」

「何だい?」

「実は――」


 俺は、背中の痣が呪詛によるものだと説明した。犯人は言うまでもなくカッシーだ。しかし伝えた容姿は例のクルリンパ神様にしておいた。カッシーが望みもしないのにどんどん極悪人になっていくのだから、半分くらいは責任を取ってもらいたい。

 マットの師匠は当然ながら懐疑的で、何度も何度も俺の体を触っては考えるを繰り返した。


「呪詛を受けたってのは知られたくなかったのはわかる。でも嘘は良くない」

「すみませんでした」

「スカウトは、背負ってと言っていたが?」

「スーにしか見えなかったようですが、ずっと背中にへばり着いていました」

「風呂も着替え中もか?」

「はい」

「いつから?」

「少し前に旅で立ち寄った町で、盾を手にした時からみたいです」

「呪いが掛かっていたか。だからお前は若い女のくせに羞恥心がないのか」

「――かもしれません」

「どうやって解呪をした?」

「旅の途中で木の杖を持ったご老人が盾を消滅させると、カッシーも消えました」


 クルリンパと木の杖の時では、あの神様は威厳が違う。とりあず事実なのでここも登場させておいた。

いつもお読み下さいましてありがとうございます。

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