3 失くしたものは?
斧で切られても痛みを感じなかったのはとても助かる。もし痛覚があったなんて考えただけで、尻の穴がすぼまりそうだ。もちろん今の俺にはないけど。
何せ木なんだから、薪にでもされてどこかで燃やされる可能性も大いにある。そうなると今度は灰になって生きるのか?
真っ白な灰になっちまったよ――てどこかのボクサーみたく昇天させてくれよ……とっくに昇天済みだったな。
しかしどれだけ時が経ったか知らないけど、まだ俺の自我を消してくれてないのか、あの神様は。 職務怠慢も甚だしいぞ、訴えてやる! 誰に言えばいいのだろう?
そんなこんなで俺は身動きできないまま(当然だ)、荷馬車にくくりつけられて大きな赤茶けたレンガ造りの建物へと運ばれた。
「この大木どうするよ?」
「ハインリヒさんが内通の疑いで――」
「おいっ!」
「お、お引越しになられたから屋敷を取り壊すって言われて切ったけど、優に三百年ものだろう?」
「この樫の木は、辺りの地脈を吸収してこんなに大きくなったらしいぞ」
「でなければこれほどにもならないだろうな。こいつで杖でも作れば相当な魔力が宿るってもっぱらの噂だ」
「そいつは高値がつくんじゃないか?」
「例の鳥も棲みついていたって聞いたこともあるからな」
「何たってダマスカス男爵家臣筆頭魔導士の家だからどれもこれも真実味があるよな。どうせなら魔道具の材料にでも使えばいいのに」
「今はダマスカス伯爵様だ、まったく盟友のペールギュント男爵を討ってな」
「おい! やめておけ、聞かれたらお前も危ないのだぞ!」
「わかってるさ、しかし娘っ子がいるのに不憫なことだ」
「だからと言ったところで俺達にはどうしようもない、遠いお偉いさんのことだ」
俺を切り倒した男達の世間話が聞こえてきた。三百年とは信じられないが、本当に俺はずっと木でいたらしい。
少し前に見た夢か現実か区別がつかないが、気持ち良くまどろんでいるのを何度も女の子に起こされては、また寝るを繰り返して幸せを感じていたような時があったような気もする。
「しかし本当に厄介な木だな。何かの材料って言っても、堅い大樫だから加工するのも面倒だし、燃やそうにも、地脈なんて言われるとおかしなことにならないか心配で手も出せないな」
「いっそのこと川にでも流すか?」
「おお、それはいいな! 誰かが拾って使うかもしれん」
「決まりだ! そうしよう!」
――木になっても俺ってそんなに扱いづらいのか?
顔はないけど引きつった笑みを浮かべた気になってみた。
一気に盛り上がった男達は、すぐさま俺の体というか幹のあちこちに太い荒縄を掛け始める。
木なのになぜ視覚や触覚があるように感じているのかは不思議だが、男達の声も聞こえるのだから、今さら疑問に思うのもやめよう。
周囲に置かれた道具にはチェーンソーなんて見当たらないし、人力では細断も大変だし無理もない、などと納得している場合ではない。
そもそも俺を切ったんだよ!
ついでに川へ流すだよ!!
もっと優しく扱ってくれよ。
誰も聞こえていないだろうけど。
そして俺は予定通り川へと放り込まれ、どこぞの三角州にひっかかったところを引っ張り上げられ、いろいろと切り刻まれて、材木になったり家具にもなった。
どんどん自分の体(?)が小さくなっていくのはどんな感じかと思ったけど、痛みもなければ喪失感もない。最後の最期にl㎝角くらいの立方体になったら俺の自我はどうなるのだろうか、などと不思議な感慨を抱いていると、ちょうど自我を感じる辺りが傷物扱いになった。
木の幹の低いところに何かが彫られているせいで、その一帯の樹皮や年輪までいびつな形になって更に堅くなり、木材としての使い道さえ見当たらなかったのだ。結局、特に堅い特性を持つ俺の自我らしき部分は、気がつけば鉄の盾のベースにされてしまった。
みんなよく勘違いをしているが、大半の鉄の盾は、木の盾の周りに金属のプレートを張っつけられたものだ。考えてみて欲しい、100%金属なんて確かに頑丈だけど、持って歩ける人間がどれほどいると思う?
その点、木は軽いし金属で補強すれば十分硬くなる――て、何で俺は盾について熱弁を振っているのだろうか。
ちなみに今の持ち主は、金髪巨乳のエルフだ!――って言えれば嬉しいよな。
そしたら、盾、たて、立てぇ‼
盾だけど何処も立たない。うん、残念。
なーんて、きっと槍の柄になっても同じようなことを言ったんだろうな。
槍、やり、ヤリてぇ‼
……俺ってこんな性格じゃなかったはずだけど、あの神様がじいちゃん分の自我を消す時に、俺からも何か削り取ったんじゃないか?
視覚以外の五感も多分ないと思うけど、状況を面白がってる気持ちは沸々と湧いてくるんだよな。木に不要な常識やら理性の欠落とか確実に起こっていると思う。
そうか‼ 俺も神様のおかげで三十路前にして……いや、三百年を経てやっとアレとおさらばをしたのか!
だから『大人』の階段を一気に上らされて止まらずに『大木』になっていたんだな。字で書いても一本真ん中に太いのが生え貫いているのがその証拠だ!
だったらやっぱり槍になりたかったぜ。
――頼むから、おさらばしたのは人間自体なんて冷静な突っ込みは止めてくれよ、んなことわかってるから。
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