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24 ダンジョンデビュー

 村の名前は特にない。ダマスカス伯爵領の南の外れなので、単純に南境の村とか呼ばれるらしい。

 俺はどうせ滞在するなら楽しもうと思った。


「どっかダンジョンってないの?」

「ありますよ。二日ほど東へ行った小高い山のふもとに」

「どんな魔物が出るんだ?」

「それが、フレアバード様がおられると魔物の発生が抑えられて、おられなくなると突然発生するものですから、ギルドも探索を止めたようです」

「フレアバードが居る時に来て空振りだったから、その後は来てないと?」

「二、三回は調査がありましたが、ことごとく失敗でした」


 ギルドが調べた情報があればありがたかったが、村にとってはいいことなので文句を言うのはお門違いだろう。

 

「少し前までフレアがいなかったのだから、今なら魔物が居るかもしれないんだな?」

「と思いますが、この辺りでよく見られるオークやコボルド、フォレストウルフ程度でしょう。我々はあまり近寄りませんので、実際はどうなっているかわかりません」

「だったら折角だし行ってみようかな。いずれダンジョンデビューをしなければだし、お手軽なところで慣れるのもいいか」

「ダンジョンデビュー?」

「ああ、こっちの話」

「スーもいくのですっ」


俺と村長の話を聞きつけたスーが目を輝かせて寄って来た。


「勿論頼むつもりだったよ。マットもな」

「断る。俺はこの村でくつろいで疲れた体を癒したい。いいや、永住してもいいくらいだ」

「これまで大変だったから気持ちはわかるけど、マットの師匠のところには行ってくれるんだろうな」

「フレアバードを養うためにってのが目的だったけど、この村で定住が決まったなら必要あるまい。フレアバードが常に居るなんて、本当にいい村だ」


 知らない間にやる気なし村人に成り下がった男は、フレアの巣がある大樫に村人達に混じって日参している。ムンムンおねーさんのフレアが見えているのではと疑いそうになるが、単にありがたがってのことだ。

 嫌がる者を無理に誘う必要もない。ともかくダンジョンヘ入れれば、スーとの約束は果たせるので、俺はさっさと出発することにした。


「俺とスーで少しだけ行ってくるよ」

「そうしてくれ」

「えー、先生は来ないのですか?」

「悪いな」

「わかったのです。じゃあプリちゃんと二人っきりです」

「お、おお」


 嬉しそうに俺の腕へ抱きついたスーに、今更ながらドキッとさせられた。

 村から出て街道を外れて森へ入る。緑が豊かな広葉樹の木立を進むこと二、三時間程度で小高い山の前に立った。

 緑の木々の間に、高さが五メートルくらいありそうな穴がポッカリ開いている。入口前まで行くと風が穴の奥から吹いてくるので、どこかに出口の穴があるかもしれない。


「灯りは俺が持つから、スーは周囲を見張って、危険がせまったら教えてくれ」

「はいです」


 暗闇から急に敵が出て来ることを想像すると、首筋に寒さを感じる。見た目はお化け屋敷とか鍾乳洞っぽいのだが、これはアトラクションではない。

 スカウトのスーは、気配を察知することも暗視も優れているから安心して任せられる。

 敵が弓矢とかを持っていれば俺が狙われることになる。気休め程度に灯りをメイスの先にぶら下げて体から離し、俺達は一本道をどんどん下った。


 だけど話に聞いていた魔物の影が全然ない。

 殺戮フェチではないが、意気込んできてこれでは肩すかしすぎる。気が張って損した気分だ。

 入る前は山を登って来て、今はひたすら下ったと言うことは、帰りは別の出口が無ければ再び登らなければならない。

 暗くなる前に村まで帰るならばそろそろ戻るかと俺が考えていると、スーが嬉しそうに俺の服の袖を引っ張った。


「プリちゃん、前からオークさんが三人、駆けっこをしてこっちへ向かっているのです」

「何っ⁉」


 俺には全然見えない。言われて耳を澄ますと、確かにあわただしい音が近づいて来る。

 二、いや三匹くらいか。

 マットを連れて来なかったのは失敗だったかもしれない。

 俺は実際のところ初めての戦いで、数でも劣勢。かなり厳しい気がする。

 及び腰の俺の考えを察したらしいスーが、俺より一歩前へ出た。


 本当は後ろで守ってやりたいが、エラそうなことは言えない。

 俺は剣士でも戦士でもない、プリーストだ。攻撃力や俊敏性ではスーの方が間違いなく上回っている。

 しかし、初めての戦いにもかかわらず、緊張で喉の奥が渇くこともメイスを握る手が震えることもなかった。

 プリの体は何度も経験をしているから、俺の情けない怯えなど入る余地がないのかもしれない。

 俺は迎え撃つべくメイスを真正面に構えていたが、オークは俺達に目もくれず横をすり抜けて、入口への道をひた走って逃げて行った。


「何だ?」

「あ、間違えました、鬼ごっこでした!」

「スー、お前なー」


 と、俺の言葉は最後まで続かなかった。

 目の前に、真っ黒でとてつもなく巨大な犬が現れたからだ。

 村ではフォレストウルフがいると言っていたから、狼なのかもしれない。どっちにしてもオークが逃げた理由など明らかだ

 普通に考えたら、ありえない大きさの狼が牙をむいてこちらを威嚇している。

 身の丈は単純に三メートルほど、しっぽまでは五メートルくらい。

 俺が見知ったもので言えば、ダンプカーなみだ。

 フレアがいない間にとんでもないのが住み着いていたな、などと落ち着いてる場合じゃない。

いつもお読み下さいまして本当にありがとうございます。

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