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19 三人旅

「私達のマスターはマットと同じ見解です。しかし、シルビ公爵の使いの方は今一つ危機感が足りないようで、賊の話を信じているようです。フォレスト伯爵へも報告をしたところ、シルビ公爵側の反応に渋い表情だったとのことです」

「実際に痛い目に遭ったフォレストと、そうではないシルビの意識の違いか。既に俺の師匠の丸薬があることも、危機感を薄めることになっているのだろうな」


 マットは苦笑いを浮かべながらも、ギルドが同じ認識でいてくれることは助かると付け足した。

 ディーノが報告は終わりとばかりに席を立とうとした時、誰もが婉曲に話題としていない点を俺は敢えて尋ねた。完全に渦中へ巻き込まれた感があるからだ。


「――帝国と公国の戦いになるのか?」


 大きな声を出したつもりはなかったが、スーが肩を少し震わせた。俺は立ち上がり、スーが座っている寝台の隣へ腰を降ろした。


「今後の双方の出方次第だ。しかしシルビには、あまり戦う意思はないようだな」

「だったら、さっさとこんな国は離れるとしよう。どこかいい場所があったら、教えてくれないか?」


 俺はスーの手を取ると、努めて明るく尋ねた。

 勝手に囮になんかされて気分が悪い上に、危険が迫っているなら逃げるにしかずだ。スーも反対ではないようでいくつか候補を挙げてくれたが、地理に疎い俺がわかるはずがない。


 そのためスーの案内でシルビ公爵領を出て、少し前まで過ごしていたフォレスト伯爵領を南へと抜けて、ダマスカス伯爵領に辿り着いた。シルビア、フォートレスをさっさと出たのは、言うまでもなく気分が悪かったからだ。


 また帝国か誰かは知らないが、俺達を狙った者がいたのは紛れもない事実だ。スーの回復は、マットの師匠が作った別の丸薬を持っていて、たまたま効いたということにしてギルドから情報を流した。

 師匠の丸薬の実績と、スーと俺がマットとは少し前から行動を共にしていたのも少し調べればわかる話なので、今後闇雲に狙われることはなくなるだろうとのことだった。


 こうして懐は重く、気分は軽い俺達は、ダマスカス伯爵領の大きな街道をひたすら南へ下っている。

 俺達というのは、俺とスー、そして何故かマットもだ。


「どうしてお前がついて来ているんだ?」

「気にするな。行く方向が同じなだけだ」

 

 歩く速度も泊まる宿も同じなので、大嘘なのは言わずもがなだ。

 推測だが、揉め事に巻き込んだことを申し訳なく思って、俺達が安全だと判断できるまで付いて来るつもりだろう。

 まだ短い付き合いだが、律儀なのは十分知っているし、俺なんかより遥かに腕が立つ。

 ギルドが色々と裏工作をしてくれてはいるが、狙われる時は狙われるだろうし、マットが近くに居るのは正直心強い。俺とスーは、見た目は女の子の二人連れなので、一人でも大人の男がいる点でも何かと役に立つのは間違いない。


 マットも無理矢理の同行していることを弁えて、黙って俺達の後を歩いている。

 しかし、人のことを構いたがるスーがマットに何かと話し掛けるので、気がつけば三人横一列で歩くようになるのに、そう時間は掛からなかった。


 道中は、俺の適当な記憶では話題も乏しく、スーとマットの会話が主になる。この辺りでも、マットはその年齢にふさわしく如才なさを発揮していた。

 若い男なら、スーや俺の身元を根ほり葉ほり聞こうとするのだろうが、一度もそれは無かった。きっと知りたいとは思っているだろうが、それがもとで俺達に同行を拒否されても困ると考えているのだろう。

 

 どうしてそこまでして俺達について来たいのか、マットが何を考えているのかは、今の俺にはわからない。本音を言えば、マットどころかスーの考えていることもよくわからない。考えなしの本音でぶつかっているだけかもしれないが。

 

「マットさんが一緒に来てくれて助かるのです」

「そう思ってくれればこっちもありがたい」

「プリちゃんは世間知らずでスーに頼りっぱなしなので、しっかりしなければと思うのです。マットさんもフォローをお願いしますのです」

「……ああ、任せろ」


 この中でただ一人イチヨを食べて、大騒ぎの渦中に身を置いた人間が、どの面下げて頼りがいがあるのかと、マットが俺へ苦笑いを向ける。

 しかしスーにまったく悪気がないのは、俺もマットもよくわかっているので、俺は軽く肩をすくめた。


 シルビ伯爵領を過ぎてダマスカス伯爵領へ入ると、スーの案内速度がかなり早くなった。勝手知ったる道なのか、マットも目を丸くするような獣道や杣道を選び、二十日ほどでダマスカス伯爵領の境に差し掛かった。

 

 更に街道を南に下れば、その先は治める者のいない荒れ地が続き、森林や山脈が広がっている。進路を東よりに取れば、かなり距離はあるが東方小王国連合と言う小さな部族が、国をそれぞれ名乗っている地につながっている。西へ行けばダグレス帝国の辺境へも行ける。


「ここからどうする気だ?」


 マットが晴れた高い青空を見上げながら俺達へ尋ねた。

 単に公国や帝国の陰謀に腹が立って、ただひたすら遠くへ行くことだけを考えていたが、今さら目的地を決めるなんて行き当たりばったりにもほどがある。

 この自由奔放さを嫌だと感じることもないし、逆に己が生きていると実感できるのだから、本当に不思議としか言いようがない。などと感慨深く思っていても道は決まらない。

 ここから先は無計画に進むのを止めて、一度腰を落ち着けてから相談をしようと、俺達は周囲を見回した。

お読み下さいまして本当にありがとうございます。

お楽しみいただければ幸いです。

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