第6話 偶(たま)には俺も熱くなるさ!【ジャンル:ゲーム】
「本当に来ちゃったよ……。」
シンは父親と、とあるゲーム会社の前に居た。
仕事の都合上、父親の交友関係はかなり広く。
しかも父親は、仕事相手と仲良くなるのが上手い。
お陰で会社では、結構重宝されているのだ。
なので、こう言う事も偶に有る。
「新作ゲームが完成したので、テストプレイしてみませんか?」
ゲームプロデューサーから、そんな誘いを受けた父親が。
『じゃあ、お前も一緒に来るか?』と、シンにも声を掛けたのだ。
「……で、どうしてお前もここに居るんだ?」
シンの隣には、ちゃっかり付いて来ている姫が。
怪しむ目で見ながら、シンが姫に言う。
「お前、ゲームにはあんまり興味無いだろう?」
「まあ良いじゃないか。〔日本の社会見学だ〕と思って、大目に見てやりなよ。」
父親がシンを、そう説得する。
連れて来てくれた恩もあるし、シンも強くは言えなかった。
「どんな風に作られているか、見学するのが楽しみです。」
嬉しそうな姫。
しかし申し訳無さそうに、父親は言う。
「極秘プロジェクトも有るからね。現場の見学は、多分無理だよ。」
「えー、そんなあ。」
姫はがっかり。
そこへすかさず、シンが。
「じゃあ帰るか?」
「嫌です!ここまで来た以上、付いて行きます!シンのいけずぅ。」
プクウッと、頬を膨らませる姫。
2人に目をやりながら、父親が言う。
「じゃれ合うのも、そこまでだよ。そろそろ時間だ。入るぞ、2人共。」
父親に促されて、なあなあのまま。
2人は、ビルの中へ入って行った。
3人は受付を済ませ、或る部屋へと通された。
そこには、プロジェクターとゲーム機が置いてあった。
プロジェクターを指差しながら、姫はシンの父親に尋ねる。
「あれは何ですか?」
「あれであの幕に、ゲーム画面を投影するんだよ。大画面だから迫力あるぞ。」
「へえ、それは凄いですねぇ。」
スラスラと話す、父親の説明に聞き入り。
素直に感心する姫。
そこへ、ラフな格好のおじさんが入って来た。
年は、シンの父親よりやや上だろうか。
「お待たせしました。」
「丁度今、来た所です。」
挨拶を交わす、父親。
『そちらの2人は?』と、おじさんが少し首をかしげる。
父親が2人を、おじさんに紹介する。
「息子の慎一郎と、親戚の姫乃さんです。ほら、挨拶して。」
「本日はお招き頂き、ありがとうございます。」
「宜しくお願いします。」
2人は丁寧にお辞儀する。
「プロデューサーの〔佐藤〕です。今日は楽しんで行って下さい。」
「それで、今回のゲームは?」
父親が早速、ゲームに付いて尋ねる。
佐藤氏は、ゲーム画面を幕に映す。
「これです。」
「ほーう、レーシングゲームですか。」
唸る父親。
佐藤氏が概要を説明する。
「実在する車種を使ったレースシリーズの、最新作です。結構リアルでしょう?」
「前作も相当綺麗でしたけれど、今回はそれを上回ってますね。」
「ありがとうございます。リアルさが売りなので。操作性も向上してますよ。早速プレイしてみますか?」
「だってさ。慎一郎、お前から遣ってみろよ。」
父親がシンに話を振る。
そこで喜び勇んで、『やるやる!』と騒ぐ訳にも行かない。
一旦シンは、父親に譲る。
「父さんが先で良いよ。操作方法を確認したいし。それに、初見はキツそうだしな。」
「流石ゲーマーだな。姫乃さんは……。」
「私は、横で見ているだけで満足です。お気遣い無く。」
姫はにこやかな表情で、丁寧に断る。
不向きだとの自覚が有るのだろう。
結局最初のプレイヤーは、シンの父親に決定した。
「それでは始めましょうか。まずは私が、やってみせますね。」
佐藤氏がそう告げて、コントローラーを握り。
ゲームをスタートさせた。
プレイする事、1時間程。
シンと父親は、ゲームを十分に堪能した。
シン達がコントローラーを、前に在るテーブルへ置くと。
佐藤氏が席を立つ。
「少し休憩しましょうか。何か用意させましょう。」
「では、ちょっとトイレに。」
父親も席を立つ。
部屋の中は、シンと姫の2人だけになった。
シンは嫌な予感がする。
目をキラキラさせながら、姫がシンに訴える。
「間近でレースを見ませんか?」
ほーら始まった、姫の好奇心。
言い出したら止まらない、シンには分かっていた。
「幸い、他に誰も居ませんし。チャンスですよ。」
「ホント、2次元世界が好きだなあ。」
呆れるシン。
構わず姫は、シンに催促する。
「ブツブツ言ってないで、ほら早く!」
「急かすなって、分かったから!」
姫の促すままに、仕方無く。
ゲーム画面へ飛び込む、シンなのだった。
丁度スタンド席に、2人は現れた。
ピットが見える最前席だ。
姫は周りを見渡しながら、驚いた様子で言う。
「凄い人ですねえ。」
「そう言う設定だからな。」
一言で、雰囲気を台無しにするシン。
姫はシンの言葉に、少し不満そう。
「もー、もっと楽しみましょうよー……あっ!あれは何でしょう?」
姫が、ピットの方を指差す。
何か揉めている様だ。
そして何故か、全員シンの方を見ると。
その内の1人が、シンの方へ駆け寄って来た。
『そんな所で何してるんだ!レースはもう始まるんだぞ!』
え?
シンは呆気に取られる。
まさかとは思うが……。
シンの予想は当たっていた、本人は外れて欲しかったが。
『お前も、プロのレーサーなら!自覚をちゃんと持って貰わないと困るんだよ!早くこっちへ来い!』
うわーっ!
なし崩しに、レーサーにされたシン。
恐らく、このゲームのプレイヤーとして登録されたのだろう。
冷静に、そして平気な顔で。
姫が言う。
「ゲーム画面上に映るのは車だけで、乗っている人は映りませんから。大丈夫ですよ。」
「待てよ!実際の車なんて、俺は運転した事無いぞ!無理無理!」
そんなシンの言葉を、サラリと受け流し。
姫は後ろから、何かを徐に取り出す。
「はい、これ。」
それは、さっきまでプレイしていたゲーム機の〔コントローラー〕だった。
この世界へ入る時、ちゃっかり持ち込んだらしい。
ニコッとシンに微笑みかけて、姫が言う。
「どう使うか、分かりますよね?」
図ったな!
シンは心の中で、そう叫んだ。
姫は、こうなる事が分かっていて。
敢えて『入ろう』と言ったのだ。
『ぐずぐずするな!さっさとしろ!』
ピットの方から、怒鳴り声が飛んで来る。
渋々そちらへ向かうシン、その後ろから。
「頑張って下さいねー。」
呑気な姫のやんわりとした激励が、シンに掛けられる。
くそう!
苦々しく思いながら、シンは姫に送り出されるのだった。
ピットに着くと、シンは。
無理やり、スーツやらヘルメットやらを被せられた。
『分かってるんだろうな?これに勝ったら、シーズン優勝だぞ?』
そんな設定なのかよ、重いなあ。
困惑しながらシンは、状況を探ろうとする。
運転の経験は、実際の車では無いけど。
これなら……。
シンは、操縦席に乗り込むと。
コントローラーから延びるケーブルの先を、ハンドルにブスッと突き刺す。
「これでどうだ!」
シンの予想通り、これで。
コントローラーによる車の操縦が、可能になった。
「或る程度プレイしたから、コースは大体掴めてるけど。優勝が懸かってるのか……。」
シンは、震えそうな手を。
もう片方の手で、強引に押さえ付ける。
「どうせなら、勝ってやる。ゲーマーの意地を見せてやろうじゃないか!」
意外や意外、心理的に追い込まれて逆に。
シンのゲーマー魂が、メラメラと燃え始めていた。
スタートラインに付く、全車。
ランプが点る。
プッ、プッ、プッ、ピーン。
レースが始まる、勢い良く飛び出す各車。
シンも、スタートはばっちりだった。
「最初のコーナーは……ここだっ!」
コントローラーの十字キーで、ハンドルを切る。
基本の〔アウトインアウト+ドリフト〕。
シートベルトをしているとは言え、経験した事の無い遠心力で。
シンは、車の外へ放り出されそうになる。
それでも。
「流石にゲームとは、勝手が違うな。でも、負けん!」
ヘアピンカーブにも、難無く対応するシン。
先頭へと抜け出た。
「このまま先頭をキープして……うわっ!」
後続がわざと、シンの車にぶつけて来た。
このゲームは、そう言ったラフプレイも有りなのだ。
「早速来たか!それは想定済みだ!」
したり顔のシン。
後ろの様子を、切り替えボタンで確認しながら。
抜かせない様に、後続車のライン上を走って行く。
何とかトップで1周目を終えた。
「頑張ってー!」
姫の応援の言葉も聞こえない位に、シンは集中していた。
このゲームは、3周勝負。
1周目で、感じは掴んだ。
でもまだ安心ならない、何せここでは。
〔遠心力〕と〔激突による衝撃〕と言う、不確定要素が存在するのだ。
後続はそれを理解しているかの様に、ドンドンぶつかって来る。
カーブで強引にインへ入り、シンを車諸共コース外に弾き飛ばそうとする車も有った。
それに対しシンは、柔軟に対応する。
負けられない戦いが、そこには在った。
最終ラップ、最後の直線でシンに並びかけて来る車。
追い落とそうと、執拗に体当たりを繰り返す。
シンは、渾身の力を込めて叫んだ。
「行っけええええぇぇぇぇ!」
シンは、お立ち台の一番高い場所に立って。
シャンパン掛けを行った後、カメラのフラッシュを一斉に浴びていた。
『優勝について何か一言!』
『今回のレースはどうでしたか!』
かなりの人数の記者に囲まれて、シンは困り顔。
その後ろで、そっと見守る姫。
姫の姿を見つけると、シンは強引に人混みを掻き分け。
真っ直ぐ、姫の元へ向かう。
「おめでとうございます!シンなら勝てると思ってました!」
嬉しそうに、祝福の言葉を投げ掛ける姫。
そんな、晴れやかな場に相応しい言葉を無視して。
シンは姫の肩を掴むと、切羽詰まった様に言う。
「さっさと帰るぞ!もうこりごりだ!」
え?
姫がそう発した瞬間、2人は。
その世界から、姿を消した。
「ふう。」
シンは大きく、ため息を付く。
かなり神経をすり減らし、体力も残り少ないシン。
ドカッとソファに腰を下ろした。
「ごめんなさい……。」
疲れ切って天井を見上げたままの、シンの顔を見て。
姫はずっと、頭を下げていた。
「どうしても、シンの雄姿が見たかったんです……。」
「もう良いよ。」
そう呟くのがやっとのシン。
姫はかなり、ショックを受けていた。
私のせいだ。
嫌われたらどうしよう。
シンのお父様にも、顔向け出来ないわ……。
そこへ。
トイレの後、知り合いに出会って。
すっかり話し込んでいた父親が、部屋へと戻って来た。
シンの姿を見るなり、父親は。
「どうしたんだ?何かえらく、疲れてる様だけど……」
「私のせいなんです!私のせいで……!」
涙をポロポロ流す姫。
姫の発言が本当かどうか、父親はシンに問い質す。
「……そうなのか?」
「いや、単に日頃の疲れが出ただけだよ。黙っていてごめん。ゲームをプレイ出来る事が嬉しくて、つい言いそびれてたんだ。」
シンは、姫を庇う発言をした。
呆れる父親。
「しょうが無いな、このゲーム馬鹿は……。」
父親も昔、似た様な事をやらかした経験が有るので。
それ以上、強くは言わなかった。
このタイミングで、茶菓子を持った佐藤氏が入って来る。
「どうしました?」
「済みません、どうやら息子が疲れたみたいです。少し休ませて貰っても良いですか?」
「構いませんよ。」
父親に対し、佐藤氏はそう答えると。
シンに優しく、声を掛ける。
「こんなになるまで、プレイしてくれて。ありがとう、慎一郎君。製作者冥利に尽きるよ。」
「いえ。」
シンは少し頭を下げる。
姫はまだ、涙が止まらなかった。
シンの体力が回復した頃。
3人は佐藤氏にお礼を言って、家路へと就いた。
その間、シンは思っていた。
或る程度、融通が利くとは言っても。
少し鍛えて、基礎体力を上げておいた方が良さそうだな。
今後の為に……。
後片付けをしていたスタッフは、『あれ?』と気が付いた。
「佐藤さーん。コントローラーが1つ、足りないんですけど。」
「……本当だ。おかしいなあ。」
失くしたコントローラーは。
そのレースゲームで、プレイヤーが選択出来る車種の内。
とある車の操縦席に、置き忘れている。
優勝の記念に。