第3話 どんな時でも日常系【ジャンル:アニメ】
「面白いから見てみろよー。」
時々シンは、リョウに追い駆けられる。
執拗に、自分の好きなモノ(大抵2次元)を貸そうとして。
シンを同志にしようと言うのだ。
所謂、〔布教〕と言う奴だ。
今回は日常物のDVD、それも。
女の子だけ出て来る、今流行りの作品。
「ちょっとだけでも良いからさ、な。損はさせないって。」
この前も、その台詞を聞いたぞ。
シンは、そう突っ込みたくなったが。
何だかんだで今回は、リョウに押し切られた。
事も有ろうに、姫が興味を持ってしまったのだ。
「姫ちゃんも、お目が高いねえ。ハマる事、間違い無しさ。」
リョウのお世辞も、今日は3割増し。
ご機嫌のまま、リョウは帰って行った。
「女の子達の日常を、ただ見てるだけなんて。本当に面白いのかしら?」
帰る途中で、姫が呟く。
智花が、それに同意する。
「さあ。あいつ、良く分かんないとこが有るんだよねー。」
姫が転入してきてから暫く経ち。
姫と智花も、或る程度仲良くなっていた。
心の奥底までは分からないが。
それに伴って。
シン・姫・智花の3人で帰る事が多くなった。
投げやりな感じで、智花が言う。
「取り敢えず見てみたら?それであいつも納得するでしょ。」
「まあな。あいつも、変な所で勘が良いからな。見てないかは直ぐバレる。」
シンも半分同意する。
『そうですねー』と、姫は能天気。
気が付いたら、シンの家に着いていた。
「じゃ、またね。」
ちらっとシンの方を見て、智花は別れた。
それにシンが、気付く訳も無く。
さて、今日の夕食は何だろなぁ。
呑気に、そんな事を考えていた。
見終わりましたけど、何か既視感が……そうだ!
〔私がこの世界で散歩してる光景〕に似てるんですわ!
姫は気が付いた。
「そうか。時々天界から降りて来て、世界の様子を見て回ってたんだっけ。」
シンは、初めて会った時の姫の言葉を思い出していた。
姫は妙に納得している。
「それで親近感が湧いてたんですね。いつも、皆さんの暮らし振りを。こうやって、遠くから見守ってましたから。」
でも……。
そこまで言って、姫は急に考え込む。
「この、映っていない時の主人公達の生活も。こんな、ゆったりした物なんでしょうか?」
「どうしてそう思う?」
また変な事を言い出したぞ?
シンは考えながら、姫に尋ねる。
神様らしい事を、姫は告げる。
「人は、何かしら。〔真剣に取り組んでいる時〕と〔まったり過ごしている時〕が、必ず有ります。」
「まあな。」
「でもこの作品の内容は、ずっとまったりしています。変では無いですか?」
「幾ら何でもだらけ過ぎ、と言いたいのか?」
「はい。これ程メリハリの無い生活を送っているとは、到底思えません。そこでですね……。」
嫌な予感がするシン。
姫の目は、爛々と輝いている。
これは、例の展開か?
そう思いながらも、シンから敢えて言う。
「入って観察してみよう、と?」
「正解です!」
姫はシンに、にっこり笑う。
こう言う時の姫の表情は、本当に可愛いから困る。
シンは少し、姫から目を背けた。
しかしここで、とある問題が。
「でもこれ、【設定が女子高】だぞ。俺はどうするんだよ?」
「そこは、お気になさらず。どうにでもなる事は、前回で証明済みでしょう?」
「ま、まさかな……。」
姫は、アニメのオープニング曲が流れる所で一時停止ボタンを押す。
そして、声高らかに宣言する。
「いざ!参りましょう!」
「参りたく無いんだけど……。」
この先の事を想像すると、シンは頭が痛くなり。
『はあっ』とつい、大きなため息を付いてしまうのだった。
アニメの世界に入り、2人が出現した先は。
舞台となる女子高の屋上だった。
「ここなら、潜入出来そうですね。」
姫は、いつもとは違う格好に身を包んでいた。
これは明らかに、主人公達が通う女子高の制服。
勿論シンも、制服姿。
しかも性転換して、〔女の子〕になっていた。
『うわぁっ』と思わず漏らした後、シンならぬシン子は。
「だから嫌な予感がしたんだよなあ、トホホ。」
声も甲高くなっていた。
脳内で、自分の言った台詞を考える分には。
男のままなのに。
「くよくよしていても、仕方有りませんよ。さあ。」
姫に促されて、シン子は。
主人公達が居るであろう教室へ向かった。
教室に着くと、女の子5人組が。
主人公オーラ全開で、仲良く話していた。
どうやら今は、昼休みの様だ。
「俺た……私達は〔その他大勢〕になってる筈。自然な感じで行動しましょう。」
「それは分かりましたけど。私と話す時は、無理して女言葉にしなくても良いですよ。」
姫は、『ふふっ』と笑いながら。
シン子へ対し、気を遣う。
「そうしてくれると助かる。自分で言ってて、背中がかゆくなるからなぁ。」
ホッとしたシン子。
すると、姫が。
「あ、授業が始まるみたいですよ。」
慌てて自分の席を確かめ、着席する2人。
主人公達を観察するのに、適度に離れた場所だ。
これなら、怪しまれる事も有るまい。
シン子は、主人公達を眺めながら。
そう思うのだった。
午後の授業中。
先生の説明なんかそっちのけで、2人は主人公達を観察していた。
真剣にノートを取っている子、窓の外をぼんやり眺めている子。
こっくりこっくりしている子も居る。
授業態度は、左程現実と変わらなかった。
しかし、日常系の本番は放課後である。
アニメ中では、いつも1か所に集まって。
何やらお喋りをしていた。
耳に意識を集中すると、主人公達の会話が聞こえて来た。
『もう直ぐテストだねー。みんな大丈夫?』
『私、自信無ーい。』
『私もー。』
『じゃあ、誰かん家で勉強会しよっか。』
『そだねー。』
『そろそろ帰ろっか。』
そんな事を言いながら、主人公達は。
三々五々と、教室を後にしていった。
「あの子達、いつもあんなんだっけ?」
周りの子達にシン子は、さりげなく尋ねる。
するとすんなりと、答えが返って来る。
『そうよ。今更、何言ってんの。』
『仲良いよねー、あの5人。』
『ねー。』
『最初は、あんなんじゃ無かったんだけどねえ。』
「え?そうでしたっけ?」
最後の言葉に、姫が反応した。
周りの子達は、こう続ける。
『最初は、別々のグループに居たんだけど。マラソン大会やら体育祭やらで、それぞれのリーダーにされて。色々駆り出されてる内に、仲良くなったんだっけ?』
『そうそう。性格的には、かなり違うのにねー。案外その方が、お似合いなのかもだけど。』
『去年同じクラスだったでしょ?あなた達、覚えて無いの?』
「いやー、ちょっと記憶力が悪くって。ははは……。」
シン子が何とか誤魔化した。
ここからは、シン子と姫のひそひそ話。
『おい、どうする?後を付けるか?』
『いえ、屋上に行きましょう。目に力を集中すれば、遠くからでも様子が見える筈です。』
『何でも有りだな、この世界では。』
『そうでないと、夜中それぞれ何をしてるのかとか描けないでしょう?〔マルチ視点?〕とか言う物ですよ。』
姫よ、それは所謂【ご都合主義】って奴だぞ。
そう突っ込みたくなった、シン子だったが。
『まあ良いや』と思いつつ。
『バイバーイ!』と挨拶し、クラスの人達と別れると。
急いで姫と、屋上へ向かった。
シン子が屋上のドアノブに手を翳すと、カチャリと音がして鍵が開いた。
屋上に出ると、誰も来ない様に。
開けた時と同じ要領で、鍵を閉めた。
〔万能の力、発揮〕の瞬間である。
高いフェンス越しに、気配を探る2人。
確かに主人公達は、仲良く買い物をした後。
誰かの家へと向かっていた。
シン子は少し考え込む様に、姫へ言う。
「流石に今日は、このままなんじゃないか?」
「そうですね。」
姫もそう思っているらしい。
続けて、姫が言う。
「でも、意外ですね。出会ったその時から、仲が良いのかと思ってました。どうして、その場面を描いていないのでしょうか?」
姫が不思議がるのも、無理は無かった。
アニメの格好の題材になるからだ。
シン子は、自分なりの見解を述べる。
「多分日常系には、そう言うのは不必要なんだよ。美少女達がキャッキャウフフしてるのが需要なんだろう。こう言った話を好む層は、現実のせせこましい場面を見たくないだろうからな。」
普段のリョウを見るに、シン子はそう考えていた。
ここだけは、姫も同意する。
そんな姫が、ポツリと。
「ついでにもう一日、観察してみましょうか。」
「良いけど、どうやるのさ?」
「時間跳躍ですよ、ほら!」
え、そんな事も出来んのかよ!
シン子は驚いているが、姫は話を続ける。
「この様な世界では、急に何日も過ぎたりしてましたよ?見たアニメ、つまりこの世界では。少なくともそうでした。ですから、シン子にも出来る筈です。」
〔シン子〕と自分で言っておいて、『プッ』と吹き出す姫。
それは失礼じゃ無いか?
そう思いながらも、シン子は呟く。
「安直だなあ。」
その言葉と同時に、姫が腕にしがみ付いて来た。
お、おい!
いきなり何すんだ!
動揺するシン子、それに構わず姫は。
「さあ、次の場面を頭に浮かべて下さい!せーのっ!」
その瞬間。
屋上から、2人の姿が消えた。
辿り着いた先は、テスト結果の発表日だった。
屋上から2人が、2階の渡り廊下へ降りて来ると。
テストの結果が張り出される場所の前に、例の5人組が。
『ぐぬぬ』とした顔で、前のめりになって立っていた。
『どうかなどうかなー。』
『やっぱり見ない!教室に帰る!』
『大丈夫だって。あんなに勉強したじゃない。』
『お喋りばかりで、殆ど一夜漬けみたいなもんだけどねー。』
『不安になる様な事、言わないで!』
『でも、或る意味さぁ。〔公開処刑〕だよねー、これ。』
どうやら在校生の人数が少なく、全員の結果が張り出されるらしい。
そこでシン子は、ふと気付く。
「あれ?俺達、テスト受けてないぞ?どうなるんだ?」
シン子が首をかしげる。
姫が、その辺りの事に付いて説明する。
「目立たない様に、中間位の順位になると思いますよ。」
「そりゃそうだ。俺達は何しろ、〔その他大勢〕だからな。目立つ筈無いか。」
シン子は安心する。
そしてとうとう、テスト結果が張り出された。
主人公達は、何とか恥を掻かずに済んだらしい。
トップに近い成績の子も居た。
みんな、すごく喜んでいる。
アニメの画面では見せない表情、これもきっとカットされるんだろうな。
シン子はそう思った。
使われるのは。
『あー良かった』と、教室でホッとして。
のんびりしている場面からだろう。
女子高の屋上から、現実世界に戻って来た2人は。
つくづく思った。
日常系でも、中の世界は。
現実と、大して違いが無い。
でも視聴者が、このアニメに望んでいる事は。
【どんな時でも、のんびりまったり】。
それが日常系なのだ。
それで良いじゃないか。
最後に姫から、一言。
「何か勘ぐった考え方で、この手のジャンルを見てる君達!それじゃあちっとも楽しめないぞっ!シンと私からのお願いですっ!」
因みに。
姫がこのアニメにハマる事は無く、リョウは大層残念がった。
リョウは、心の雄叫びを上げる。
「同志が増えると思ったのに……何故だっ!」
寧ろ何故、そう思った?
呆れるばかりの、シンなのだった。