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第24話 苦労には、ご褒美を【ジャンル:絵葉書】

「凄く綺麗ですね。」


 そう言いながら、姫が手に取っているのは。

 シンの母親宛ての、残暑見舞いの絵葉書はがき

 南アルプスの山々が写っていた。

 何処かの山頂からの眺めらしい。

 どうやら姫は、これに興味を持った様だ。


「鳥になって飛んでいた時は、こんな山奥には行きませんでしたから。」


「『ここに行きたい』なんて言わないだろうな?」


 シンは念の為に、姫へ尋ねると。


「勿論、行きたいです!」


 やっぱりかぁ。

 シンは嫌そうにそう思うと、姫に対し別の案を提示する。


「鳥になって飛んで行けよ。」


「結構ここから距離が有るじゃないですか。」


『それは面倒臭い』、暗にそう訴える姫。

 シンも、そんな姫に言い返す。


ふもとから山頂までも、結構有るぞ?」


「そこは上手い事、ねぇ。」


 姫がこびを売って来るも、応じるつもりは無いシン。


「大体なぁ。山は、自分の足で登るから良いんだぞ?遠くから見たいなら、今みたいに。絵葉書でも眺めていれば十分だよ。」


「そんな事言われても……。」


「女神なんだろ?『そこまでの体力は無い』なんて言わせないぞ?自分の足で登るなら、麓まで連れてってやるよ。」


「ううっ……。」


 姫は、悩んだ末。

 シンの言葉に、渋々了承する。


「登ります!登れば良いんでしょ、もう!」




「わあ、良い景色ですねー。」


 姫は、登山道を見渡しながら。

 その絶景に感動している。

 初めから登る気の無かったシンは。


「何で俺まで……。」


 姫を連れて来た後、麓で待っているつもりだったのだが。

 強引に付き合わされた。


幼気いたいけな少女だけを登らせるなんて、あんまりじゃないですか。」


「どの口で〔幼気な〕なんて言う。本気を出せば、辺り一帯吹っ飛ばせる癖に。」


 シンも、登山経験はほとんど無かったが。

 幸いにも、2次元世界と言う事で。

 或る程度、体力強化が成されていた。

 《山登りに行く》と念じながら、入ったお陰で。

 登山道具一式も、漏れ無く付いて来た。

 そう言えば、目標地点を聞いていなかったな。

 ポツッと思ったシンは、姫に。

 改めて、今回の登山に付いて尋ねる。


「何処を目指して登る気だ?」


「それはやっぱり、一番高い場所でしょう。その方が、眺めが良いと思うので。」


 姫はご機嫌な感じで、そう答える。

 シンは、登山道具の中に在った地図を広げ。

『だとすると……』と探し出す。

 姫の言う条件に合う場所を見つけたが、そこは。


「……ここか、〔北岳〕。おいおい、結構高いぞ。3,000mは越えるじゃないか。」


『高いんですか?』と、キョトンとした顔になる姫。

 何も知らずに、あんな事を言い出したのか。

 シンは急に、心配になる。


「高いも何も。富士山に次いで、日本第2位だぞ?大丈夫なのか?」


「まあ、現実の山では有りませんし。何とかなるでしょう。」


 姫は完全に開き直っている。

『登る分には、現実と差が無いんだけど……』と。

 先行きの不安さに、シンは頭を抱えるのだった。




 選んだ絵葉書に印刷されていた写真は、夏山シーズン真っ盛りの物だった様で。

 結構登山者が居て、すれ違う人も多かった。

 その度に挨拶をして、2人は。

 北岳山頂を目指す。

 シンの様なド素人が、易々と登れる山では無いのだが。

 そこは特別な力が働いて、上手い具合に足が運べる様になっていた。


「現実でここへ登ろうとしたら、確実に倒れるだろうな……。」


 シンはポツリと漏らす。

 彼とは対照的に、姫は余裕を持って登っていた。

 周りの景色も、それなりに楽しんでいるみたいだった。


「元気が有るのは良いけど、忘れるなよ?帰りも、自分の足で下りるんだぞ?」


「はーい。」


 姫は気にしていない風に見える。

 辿っている山肌には。

 ゴツゴツした岩の間をって、高山植物が生えている。

 グレーと緑のコントラストが、姫にはとても綺麗に感じた。




 頂上に近付くにつれて、登山道も段々険しくなる。

 時々休憩を挟んでは。

 一歩一歩踏みしめながら、2人は登って行く。

 もう、2時間以上歩いただろうか。

 この時点で、シンの頭の中からは。

 時間の感覚が無くなっていた。

 嫌々登っているシンにとっては、苦痛でしか無い。

 周りの景色を楽しんでいる余裕など、とてもとても……。

『早く山頂に着いて、とっとと下りたい』、シンの心にはそれしか無かった。

 そうこうしている内に、やっと山頂が見えて来る。

 ふう、もう一頑張りだ。

 シンは気合を入れ直した。




「着きましたー!」


 姫はバンザイをする。

 体力を強化しているとは言え、シンの身体には結構こたえた。

 山頂からの景色に、姫は満足気。


「流石、景色が良いですねー。」


「そりゃあ。ここより高いのは、富士山だけだからな。」


 冷めた様な事を言うシン、それが精一杯の強がりだったのだろう。

 一方の姫は、大喜び。


「でも。シンの言った通り、自分の足で登って来て良かったです。感動です!」


「それは何よりだ。さて、どうする?記念写真でも撮るか?」


 姫は大喜びで、それに応じる。

 シンは、そう思っていたのだが。

 意外や意外、あっさりと姫は否定する。


「それは出来ません。〔2次元の世界〕を〔2次元の写真〕に収めると、ややこしくなるので。」


 言われてみたら、そうだった。

 今までも、中の世界で。

 写真を撮る事は無かった。

 パンフレットで、イタリアへ行った時も。

 姫は写真を撮りたがらなかった。

 矛盾を起こすから、敢えて控えていたのか……。

 シンはそれに、今更ながら気が付いたのだった。


「だったら、心のカメラのシャッターを押せ。そうすれば、心に。この景色が焼き付くだろ?」


「シンって、時々。ロマンチックな事を言いますよね。」


『ふふっ』と、姫が笑う。


「うるさいなあ。良いだろ、別に……。」


 シンは露骨に、照れ隠しをするのだった。




 しばらく山頂に居た後、2人は山を下り始めた。

 途中で何人かが、不自然に止まっている。

『何だろう?』と思った2人は、不用意に近付こうとする。

 その時、登山者の1人が。

『シーッ!』と口に指を立てて、2人を制止する。

 そして。


『静かにおいで。逃げちゃうから。』


 或る方向を指差す登山者。

 そちらの方を、2人が良く見ると。

 丸っこい鳥と、そのヒナらしき物が何羽か。

 連れ立って、じっとしている。

 登山者が2人に、小声で解説する。


『君達、運が良いね。〔ライチョウ〕だよ。』


 それは。

 完全に岩肌へ溶け込んだ、〔ライチョウのメス〕と。

 生後1か月程の〔ヒナ達〕だった。

 姫はそっと、シンにささやく。


『シンが頑張ったご褒美ですね。』


『頑張ったのは、お前だろ。俺は、付いて来ただけだ。』


 そう言いつつ、シンも。

 滅多に見られない物が見られて、得した気分だった。

『まあこれで、プラスマイナス0だ』、そう割り切って。

 また黙々と山を下りる、シンなのだった。




 麓に着いた後。

 その世界から、2人は戻って来た。


「山登りも、たまには良い物ですね。」


 姫は十二分に、登山を楽んだ様だ。

 逆にうんざりしたシンは、高らかに宣言する。


「次登る時は、俺は不参加な。」


「えーっ!何かまた、見られるかも知れませんよ?」


 ジト目でそう言って来る姫、そう簡単には乗っからないシン。

 真面目な顔でシンは、姫にこう言い返す。


「俺は何方どちらかと言うと、インドア派なんだ。」


「運動神経は、悪い方じゃ無いのに?」


「アウトドアは、周りに色々と気を遣うからな。俺は、気楽な方が良いのさ。」


「……根暗になりますよ?」


「ならねーよっ!」


 そんな会話を楽しみつつ、姫がテーブルに置いた絵葉書には。

 こっそりと、あのライチョウの親子が写り込んでいた。

 あれは。

 その世界に入る前から用意されていた、《登山のご褒美》だったのかも知れない。

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