第1.5話 何よ、あの娘!【日常回その1】
いつの頃からか思っていた。
私はこの人の隣に、ずっと居るんだなって。
何処か行くにも、いつも一緒だった。
家族ぐるみの付き合いだった。
なのに……なのにっ!
ゴールデンウィーク明けの高校。
そこに、憮然とした顔の少女が居た。
シンの幼馴染でありクラスメートの、【日野智花 《ひの・ともか》】。
朝から嫌な予感はしていた。
「ちょっと時間が掛かるから、先に行ってて。」
いつもは一緒に登校するシンが、急にそんな事を言い出したから。
その日の朝のホームルーム。
先生が外人の少女を連れて、教室へ入って来た。
とても綺麗な、長い銀髪。
少女はお辞儀をした後、自己紹介をする。
「初めまして、【ウルヴェルスク・姫乃】と申します。スウェーデン人と日本人のハーフです。〔姫乃〕とお呼び下さい。」
転校生に有りがちな、お決まりの台詞。
それも、ここまで。
少女が続けたその言葉で、智花はびっくり仰天する。
「とある事情で、今週から。遠縁に当たる蓬慎一郎さんのお家で、共に暮らす事になりました。どうぞ宜しくお願いします。」
え?
智花は目を丸くする。
彼女のリアクションは、至極当然である。
この展開は、一体どう言う事なのか?
連休明け前日の夜、姫は。
シンの家族に、〔遠い親戚を、暫く預かる事になった〕と暗示を掛け。
ついでにちょこちょこっと細工をして、シンと同じクラス・隣の席へ転入出来る様にしたのだ。
因みに。
姫が名乗ったこの名前には、ちゃんと意味が有るのだが。
今はまだ伏せておこう。
とにかく。
ゲームの世界から帰って来た姫は、一旦天界へ戻り。
地上で暮らす為の準備をして、シンの家へと戻って来た。
姫がシンの前に現れたのは、連休半ば。
シンの他の家族、〔両親〕と〔2つ下の妹〕へ。
矛盾の無い暗示を掛けるには、絶妙なタイミングが必要だった。
それに加え。
『天界での姫の都合も有るだろう』と言う、シンなりの配慮も有った。
そちらは心配無いらしい。
寧ろ気になるのは、妹である【楓】の視線だった。
楓は兄思いで、気が利く子だったが故に。
銀髪少女の急な来訪に、諸手を挙げて歓迎する訳には行かなかった。
『何か怪しいのよね……』と、姫の事を勘繰っていた。
彼女のお兄ちゃんを見る目には、何か特別な感情が込められてる。
そう感じていたから。
私がお兄ちゃんを守らないと。
楓は心の中で、そう誓っていた。
智花もまた、楓と同じ思いをしていた。
そんな話、今まで聞いた事無いし。
大体、シンの隣の席だなんて出来過ぎてる。
怪しいぃぃぃ!
席に着こうとする途中、智花とすれ違った姫も。
智花の嫉妬に似た思いを、薄っすらと感じ取ったらしく。
敢えて、素知らぬ顔で居た。
この娘、私のライバルになりそう……。
姫は姫で、そう思いながら。
「さて、授業を始めるぞー。教科書を開いてー。」
転校生の登場に、ざわざわしていた教室が。
先生のそんな発言で、次第に大人しくなった。
そして、昼休み。
早速姫は、沢山の人に囲まれ。
あれやこれやと、質問攻めにされていた。
転校生自体、珍しいのに。
こんな中途半端な時期、しかもハーフである。
当然の事だろう。
それとは別に、シンも質問攻めに遭っていた。
「何だよ。あんな娘、知り合いに居るならさぁ。前もって言ってくれよぉ。」
或る少年が、シンに詰め寄る。
こいつは、若本亮二 《わかもと・りょうじ》。
クラス決めの時に、2人は前後の席と成り。
何故か意気投合して、互いを〔シン〕〔リョウ〕と呼ぶ仲になった。
かなりイケメンなのに、サブカルチャーに詳しく。
そっち方向ばかりに力が入り過ぎている、ちょっと残念な奴でもある。
陰では、ファンクラブみたいな物まで出来つつ有るのに。
何と勿体無い。
そのリョウが、言葉に力を込めて言う。
「あの娘、何かのアニメに出て来そうな顔だよな。例えば……女神役とか。」
その言葉にギクッとしたシンの顔を、智花は見逃さなかった。
智花がシンに問い質す。
「どう言う事?シンにとって、女神様だとでも?」
「え?そ、そんな事は無いよ。無い無い、うん。」
視線を外し気味に、煮え切らない態度を取るシン。
『うんうん』と頷きながら、シンをフォローする様にリョウが。
「いやいや。あの美貌じゃ、しょうが無いだろ。」
どうやら、リョウの言葉が。
智花の癇に障ったらしい。
「あぁん、もう良いもう良い!楓ちゃんに直接聞くから!」
そう言って智花は、プイとそっぽを向く。
あ、遣っちまったか?
慌ててリョウは、智花に対しおべんちゃらを使う。
「智花ちゃんも、十分可愛いよー。」
だが、時既に遅し。
智花はプンスカ怒っている。
でも直ぐに、リョウは心を切り替える。
シンの肩をポンポンと叩きながら、リョウはニヤリ。
「お嬢さんを泣かすなよ、ボーイ。」
「お前もだろ。」
「さあねぇ。」
すっ呆けるリョウ。
『ではでは、俺もあの輪の中に入って来ますか』と言いながら、リョウは。
『おーい』と、人集りを押し退けて。
姫を囲む人垣の中へと入って行った。
「『おーい』って呼ぶ距離じゃ無いだろ、ったく。」
だから嫌だったんだよ、全く面倒臭くなったもんだ。
これからの学校生活に不安を残す事となった、シンなのだった。