第21話 《現在のみ》は味気無い【ジャンル:パズル】
珍しく。
リビングに在るテーブルの上が、とっ散らかっていた。
シンの母親が、息抜きで買って来たパズル。
その作り掛けが放置されていたのだ。
描かれているのは、ヨーロッパの大きな城。
出来は大体、3分の2程だろうか。
ピース数はそんなに多く無いが。
写真がプリントされているせいか、1ピースの絵柄が似たり寄ったりで。
そこそこの難易度に仕上がっていた。
「入ってみたら、どんな世界になってると思います?」
パズルを上から眺めながら、姫がシンに尋ねる。
悪戯っ子の様な表情をして。
「さあ。空間に穴でも開いてるんじゃないの?」
「気になりません?」
「『ならない』と言ったら、嘘になるけど。」
「じゃあ、決まりですね。」
パズルの中へ入る事を。
半ば強引に、姫に決められてしまうシン。
「結局、お前が一番。興味を持ってるんじゃないか。」
呆れ顔のシンを『早く!』とせっつく、姫なのだった。
中へ入って、辺りを見回したシンは。
その光景に驚いた。
シンの予想通り、パズルの絵柄のアングルから見ると。
ピースが嵌め込まれていない所は、ぽっかり穴が開いていて。
奥行きが真っ黒だったのだ。
更に驚いたのは。
完成していないからなのか、空間がピースの形に分割されていた事。
〔ピースの形に、空間が切り刻まれている〕と言った方が、想像し易いだろうか。
その様を見ながら、『ふむふむ』と頷いて。
姫はシンに言う。
「空間が割れていますね。」
「何でだろう……。パズルは、〔完全に隣同士がくっ付いている訳では無い〕からか?」
「もう少し、近付いてみましょう。」
そう言って、空間の裂け目の方へ歩いて行く2人。
すると、溝がドンドン大きくなって行き。
握り拳位の幅になっていた。
奥行きがどれ位有るか確かめようと、シンは。
落ちている石を、溝へポイッと投げ込む。
石は、音も無くスウッと。
暗黒空間へ吸い込まれて行った。
背筋がゾッとするシン、思わずこんな言葉を漏らす。
「ピースが抜け落ちてる部分も、こんな感じで〔切りが無い〕んだろうな。」
「入ったら、脱出不可能そうですね。」
『ここから離れた方が良い』、そう考えて。
シンと姫は、距離を取ろうとする。
そこで姫が、うっかり躓いた。
その時。
首から下げていた、ペンダントの様な物が。
裂け目に引っ掛かってしまった。
それは、姫が昔。
【あの方】と呼んでいた者に貰った、唯一の品だった。
「それを外せ!吸い込まれるぞ!」
シンが叫ぶ。
しかし姫は、それを拒む。
「ダメです!これは!大事な大事な、思い出の品なんです!」
「でも、そんな事!言ってる場合じゃ無いだろ!」
「出来ません……捨てるなんて……。」
悲しそうに、尚も躊躇う姫。
彼女にシンは、今までに無い勢いで怒鳴り付ける。
「過去に縋って、未来を無くすつもりか!いい加減にしろ!」
その言葉を聞いて、姫はハッと目が覚める。
そうだ、〔あの方〕はもう居ない。
それに今は、シンの方が大事。
あの方は《過去》で、シンは《未来》。
『未来に自分の身を預けよう』、姫はそう決めた。
決断すると同時に姫は、ペンダントを外す。
シンが思いっ切り、姫の身体を引っ張っていたので。
首から外れた途端に、2人は後ろへもんどり打った。
「きゃっ!」
「うわっ!」
2人の体が折り重なる。
シンにガシッと受け止められ、姫の心臓の鼓動が激しくなる。
悟られるのが怖くて、姫はシンからサッと離れた。
ドキドキしていたのは、シンも同じだったので。
姫のリアクションに、シンもまた助けられた。
女神とは言え、〔少女〕である。
抱き寄せて、緊張しない訳が無かった。
2人は暫く、顔を真っ赤にして。
お互い背を向け、座ったままだった。
漸く落ち着いたのか、シンは姫に声を掛ける。
「大丈夫か?」
「……はい。」
姫はボソッと返事をする。
今更ながらに謝るシン。
「ごめんな、大事な物を捨てさせてしまって……。」
「良いんです。これでやっと、ケジメが付きました。」
「そういや……。」
ここでシンが、冷静に辺りを見回す。
そして、呟く。
「雲とか、動いていないな。」
「ピースが欠けている分だけ、空間として成立していないのでしょう。時が止まった状態ですね。」
「つまりここは《現在》だけ、と言う事か。」
「そうですね。」
「でもそれって、詰まんないよな。」
「え?」
シンの言葉に、姫は不思議そうな顔をする。
彼の意見は、こうだった。
「だって、【出会いも別れも無い】んだぜ。そんな人生、味気無いだろ?」
「それもそうですね。」
何故か姫は、シンの言葉に納得していた。
こんな空間で、〔人生とは何たる物か〕を考えるなんて……。
そう思っている姫に、明るくシンが言う。
「さあ、出よう。もう大丈夫だよな?」
「今日のシン、格好良かったですよ。」
姫は少しポッとしながら、そんな事を言う。
しかしシンは、ちょっと嫌がっている様だ。
「照れる様な事言うなよ。」
「だって本当ですもの。」
『ふふっ』と姫は笑う。
安心したのか、姫は。
何と無く疑問に思った事を、シンに尋ねる。
「ところで、この世界は。《現在》が存在するのでしょうか?」
「また変な事を聞くなぁ。」
「パズルが、現在を切り取った物と同等なら。この世界に、現在は在るのかなあって。」
「難しい事は、俺には良く分からんよ。ただ……。」
シンは、ふと思った事を。
そのまま姫に伝える。
「《未来》が、自分を通り過ぎた瞬間《過去》になるから。【自分自身が《現在》】なのかもな。」
「詩人っぽい事を言うんですね。」
姫は、『ふむふむ』と感心する。
「もう良いよ、頭を使うのは苦手だ。」
疲れた様に、そう言って。
シンは、自分の部屋へと戻って行く。
姫は。
テーブルの上に尚も置かれている、作り掛けのパズルを見て。
別れの挨拶の様に、ボソッと呟いた。
『さようなら。私は、《未来》と共に過ごして行きます。』




