第19.5話 逆に返り討ち!【日常回その5】
「やっほー!」
「着いたー!」
電車に揺られて数時間、やっと目的地の浜辺に着いた。
シン・姫・智花・リョウ・楓の5人での夏休み旅行。
楓は特に、楽しみにしていた。
ここは前に、ネットのサイトで調べていた時。
偶々見つけた、穴場の海岸。
砂浜も有り、湘南海岸に近いのだが。
それ程人が居ないと言う事で、今回の旅行先に決定したのだ。
何か、訳有りの様だが……。
早速敷物を敷いて、ビーチパラソルを設置しようとするリョウ。
すると5人の下に、とある影が現れた。
「あなた方、ここで何をしていますの?」
声の方を見やると。
黒服の男達に囲まれて、文音が立っていた。
「ここは今日、私の貸切ですのよ。」
『何ですってーっ!』と智花が怒る。
『そんな事、許されると思ってんの!』と楓も怒る。
対して文音は、5人にこう言い放った。
「許されるのですよ、ここは。お金が有れば、ね。」
そう言う事か、道理で穴場になっている訳だ。
シンは思った。
ここは、或る程度の金額を払いさえすれば。
プライベートビーチの様に、貸し切り状態で使用出来る。
その予約が無い時は、一般の者でも自由に使える。
だから穴場になっていた、それだけの事だった。
『まあまあ』とシンは、怒り狂う女子達を宥める。
そして、文音に言う。
「知らずにお邪魔したのは謝罪します。でも折角なので、一緒に使わせてくれませんか?大勢の方が楽しいでしょう?」
文音が、この話に乗っかって来るとは思えなかったが。
シンは可能性に賭けた、すると。
「あなた、蓬慎一郎さんね?彼に免じて、ここの使用を許可しましょう。でもそれには、条件が有ります。」
「条件?」
おうむ返しにそう答えるシン。
彼に対し、ニヤリとしながら文音は告げる。
「そう、あなたには。私と一日、一緒に過ごして貰います。」
な、何だってーっ!
5人全員が驚いた。
それと共に、女子は『そう来たか!』と考えた。
全ては、文音の策略だった。
文音は、あらゆる手を尽くして。
シンの夏休みのスケジュールを調べさせ。
今日、この海岸に来る事を突き止めた。
そして先回りして海岸を借り受け、シンと2人で過ごせる様に仕向けたのだ。
「そんな条件、飲める訳無いでしょう!」
流石にに姫も怒ったが、シンは落ち着いた感じで。
「良いでしょう。その申し出、受けましょう。」
「お兄ちゃん、そこまでしなくたって……。」
楓がシンに縋り付く。
それでもシンは、楓の頭を撫でながら言う。
「みんな、今日を楽しみにしてただろう?特にお前は。俺の分も楽しんでくれよ。」
お兄ちゃんが居ないと、意味無いんだよぅ。
楓は、心の中で泣いていた。
「リョウ。済まんが、後は頼んだ。」
「俺は別に良いけどよ……。」
智花と姫の方をチラッと見るリョウ。
2人の気合の入れ方で、大凡見当が付いていたので。
今日は、2人のサポート役に回るつもりだったのだ。
『ぐぬぬ……』と言った表情の女子達を置いて、シンは文音の方へと向かう。
「それで三次さん、俺は何をすれば……。」
「〔文音〕で結構ですわ。その代わり、私も。あなたを、〔シン〕とお呼びしますから。」
少し離れた場所でキーッとした顔の智花。
オロオロする姫。
膨れっ面の楓。
リョウは、3人を落ち着かせるのに懸命だった。
そんな事を知ってか知らずか、文音はシンに言う。
「そうですね。まずは砂浜のあちらの方で、水遊びでもしましょうか。」
ここで、私の虜にして差し上げますわ!
かなり野心家の、文音だった。
海の中に入って水を掛け合う、シンと文音。
文音は結構きわどい水着で、何とかシンを誘惑しようとしていた。
その光景を、遠くからチラチラと見る女子達。
2人が気になってしょうが無かった。
「あいつが何か変な事をしようとしたら、みんなで一斉に突入するわよ!」
智花が、姫と楓に告げる。
『はい!』『うん!』と、返事をする2人。
ヒートアップする3人を見て、リョウだけは冷静だった。
「シンなら、大丈夫なんだけどなあ。」
リョウには、シンが。
文音の毒牙にかからない自信があった。
海から上がると。
黒服達に用意させた椅子に座り、テーブルに置かれたレモンソーダを飲む文音。
『一緒に飲みませんこと?』と、文音はシンを誘うが。
『いえ、炭酸は苦手なので』と、丁重に断るシン。
あれこれと提案して、何とかシンを釣ろうとする文音。
しかし、シンは揺らがない。
あくまでも冷静に、文音からの申し出を受けずにいる。
「いえ、結構です。それにしても……。」
そしてシンはポツリと。
「あなた、何か必死ですね。」
ギクッ!
文音の作り笑顔が、少し歪む。
「そ、そんな事無いですわよ?」
「いえ、あなたは。明らかに無理をしている。そうでしょう?」
「だから、そんな事……!」
「分かるんですよ、残念ながらね。」
シンはきっぱりと、そう言い切った。
そして、こう付け加える。
「こう言っては何ですけど。【その体型】では、俺は落とせませんよ?」
そう、残念な事に。
文音の胸は〔ぺったんこ〕だったのだ。
シンは、その価値を否定はしないが。
有り過ぎてもダメ、無さ過ぎてもダメ。
〔丁度良い大きさが好み〕派だった。
だから文音の水着姿を見ても、何とも思わなかったのだ。
「な、なんて失礼な!」
文音が怒鳴ると。
それに反応して、黒服達が寄って来る。
しかしシンが、まだ何か言いたそうだったので。
文音は黒服達を制止する。
シンは話を続ける。
「それに。俺に対して嫌々接して来る人に、心を許す訳が無いでしょう?それが一番の理由です。」
リョウは知っていた。
シンは意外と、人の性格を見抜く力が有る。
その上で。
シンに接して来る人の意を酌んで、その人の望む様に振る舞っている。
だから、傍から見て。
シンは、人当たりが良く見えるのだ。
それ程シンが、気遣いの出来る優しい性格だと言う事を。
それは、裏を返せば。
敵意を持っていたり何か裏で考えていたりする人の気持ちも、容易に見抜ける事を意味する。
文音からは、そんな感情が読み取れた。
それを突っ撥ねる事は簡単だが、この場では得策じゃあ無い。
なので敢えて文音の申し出を受け、その真意を探っていたのだ。
だが文音の心の内は、もう読めた。
文音はシンに、好意など寄せていない。
『おもちゃが欲しい』と駄々をこねる、ただの子供に見えた。
もう文音に付き合う価値など、シンには無かった。
「もう十分でしょう。俺は戻らせて頂きます。」
シンはスクッと立ち上がる。
「ま、まだよ!まだここに居なさい!」
慌てて引き留めようとする文音、しかし。
以下の言葉を発するシンの目を見て、背筋がゾッとした。
「あなたは、中身が残念過ぎる。それを直さない限り、あなたは何もかも失うでしょう。近い内に。」
シンの文音に送る視線は、完全に見下した感じだった。
何たる屈辱、これ程の物は今まで味わった事が無かった。
でも文音は動けない、それまでにシンの目付きは鬼気迫っていた。
立ち去る間際、シンはポツリと。
「注意してくれる人が、これまで誰も傍に居なかったんですね。あなたは〔寂しい人〕だ。」
そして、振り返る素振りを全く見せず。
シンは、リョウ達の元へ戻って行った。
寂しい?
私はこれまで、欲しいモノは何でも手に入れて来た。
そんな風に考えた事も無い。
なのに何で私、泣いているの?
文音は自問自答を繰り返す。
涙をポロポロ零し、目を真っ赤にさせながら。
「ごめん、迷惑掛けたな。」
シンが皆に頭を下げる。
姫はホッとしながら、シンに。
「私は信じてましたから。」
「嘘おっしゃい、焦ってた癖に。」
姫に智花が突っ掛かる。
ワイワイと賑やかさが戻る中、楓が寂しそうに言う。
「でも遊ぶ時間、無くなっちゃったね……。」
残念がったのは、シンと智花・姫が戯れる時間の無さだった。
リョウはそれを、十分承知していた。
そこで彼は、提案する。
「じゃあ今度、これの埋め合わせに。何処か行こうぜ。」
「そうね。次はみんな、仲良く過ごしたいね。」
智花も同意する。
『みんな、ごめん』と、シンはただ謝るばかり。
『自分がみんなを巻き込んでしまった』と考えていた。
しかし女子達は、その逆の事を思っていた。
リョウから見れば、それはそれでお相子。
だから、別の機会に遊ぶ提案をしたのだ。
それでチャラにしよう、と。
「さっさと片付けて帰ろうぜ。」
リョウがそう促すと、みんなは帰り支度を始める。
そして直ぐに、海岸には静寂が訪れた。
文音は。
シンの指摘した《寂しい人》の意味が、気になって仕方が無かった。
今まで、自分の気持ちを気に掛けてくれた人は少ない。
容姿や生まればかり見て、自分に寄って来る者共が殆どだったので。
シンみたいな存在は貴重だった。
こんな人が傍に居てくれたら、どんなに楽か。
しかしそのシンに、『好意を持っていない』と指摘されてしまった。
これからは、容易には近付けなくなるだろう。
では、どうすれば……。
文音は考えた末に、或る結論へと辿り着いた。
『シンの事が必要だ』と、アピールすれば良い。
シンに傍にいて欲しい、と。
それは、『シンの事が好きだ』と認めるのと同義だった。
恋に落ちるって、こう言う事なのかしら?
ふと思った文音は。
その考えに恥ずかしくなり、ベッドの上でのたうち回る。
そうやって、強力な恋のライバルへと成りつつある文音に。
気付く筈も無い、姫と智花だった。




