第19話 静止する世界の中で【ジャンル:美術品】
「わあ、綺麗ですねぇ。」
ガラス越しに、金の王冠を見つめる姫。
今日、2人は。
『気分転換に』と、美術館を訪れてていた。
何でも、国宝展が開催されているらしく。
〔普段は見られない逸品が勢揃いする〕と聞いた姫が。
『是非に』とせがんだのだ。
まあ姫にとっては、下界の財宝博覧会みたいな物だから。
興味をそそられるのも無理は無かった。
姫は歩きながら眺めている内に、或る屏風の前で立ち止まる。
鋭い目付きをした、鷹と虎が描かれていた。
嫌な予感がするシン。
こう言う時は、大抵姫がごねるのだ。
「中に入って、直に見てみたいですねえ。」
ほーら出た、例の無茶振り。
シンは諭す様に、姫に言う。
「ここは人目が多いから無理だって、な?」
「大丈夫です、こうすれば。」
姫は目を閉じ、祈りを捧げる様な感じで両手を握って。
何やら呪文の様な文言を、ブツブツ唱え始める。
すると周りが、パアッと明るくなり。
そして直ぐに、景色がグレーへと変わった。
「お、おい!何やったんだ!」
シンは流石に戸惑う。
景色の色が変わったばかりか、人の動きも止まったからだ。
『ふう』と一息付いた姫は、あっさりとした感じでシンに言う。
「この建物の中の時間を静止させました。これが、私本来の力ですから。」
「何て無茶するんだ!それに……!」
シンは、念を押す様に言う。
「屏風はガラス越しだぞ!時を止めた位じゃあ、どうにも成んねーよ!」
「それも、私の力の範囲です。ほら。」
姫が、屏風の方へ。
右手のひらを差し出すと。
目の前の空間が、ぽっかりと空いた。
「短い距離なら、離れた空間同士を繋ぐ事が出来ます。」
「出鱈目だなぁ。」
シンは呆れ返る。
彼を急かす様に、姫は。
「天界では、これ等が私の管轄ですから。さあ、早く行きましょう。」
姫は何かを焦っている様だったが、シンは気付かなかった。
『またかよ』位にしか、思っていなかった。
早速、屏風の中へ入った2人。
鷹と虎が睨み合っている。
しかし全く、動く気配が無い。
姫は大層残念がる。
「風景の模写の様な物なので、元々動きが無いのでしょう。」
逆にシンは、安心していた。
下手に動いたら、こちらへ襲い掛かって来るかも知れない。
危険が無いに越した事は無かった。
プーッと頬を膨らませながら、姫は。
「詰まんないですねえ。じゃあ、次。」
「他にも入るのかよ!」
「折角ですから。ドンドン行きますよー。」
焦るシンを尻目に、調子に乗る姫。
……本当に〔調子に乗ってる〕のか?
『少し変だ』と思い始める、シンだった。
次は何と、〔陶磁器の皿〕。
白地に青で描かれた絵の中に、2人は飛び込んだ。
案の定、景色は。
木も家も人も青色。
他は真っ白。
動きは当然無い。
またもや頬を膨らませ、不満顔の姫。
『どうせ、こんな事だろうと思ったよ』と言った感じのシン。
シンにお構い無く、先へ先へ行こうとする姫。
次は〔絵巻物〕。
戦国時代に書かれた合戦物らしかった。
入ってみると、動きはやはり止まっていた。
放たれた矢も、空中でピタッと。
それにぶら下がろうと思えば出来そうな程、見事に。
またため息を付き、次へと行こうとする姫。
ここまで来ると、流石におかしい。
そう思ったのか、シンは姫の腕を掴んで。
強引に引き止める。
「幾ら珍しいからって、そんなに焦る事……。」
そう言いながら、姫の顔を見るシン。
彼の顔が、スーッと青ざめて行く。
姫がかなり疲れていて、今にも倒れそうだったのだ。
「済みません、こんな機会は滅多に無いと思って……。」
そう言うと、姫は。
床にガクッと崩れ落ちた。
途端に空間は閉じ、周りの景色にも色が戻って。
人々も動き始めた。
どうやら、姫の力が切れたらしい。
「あ……れ?お……かし……い……な……。」
弱々しくそう発しながら、倒れ込もうとする姫。
その体をシンが、ガシッと受け止める。
「おい、大丈夫か!おい!」
シンが何度も呼び掛ける。
しかし、姫からの反応は無い。
シンは傍に居る美術館員へ、医務室か何処かへ運んでくれる様願い出る。
何時の間にか、2人の周りには。
幾重にも、人集りが出来ていた。
「……ここは……?」
1時間程経って、姫が漸く目を覚ました。
「気が付いたか?」
シンが心配そうに、姫の顔を見下ろす。
あの後、救急車が駆け付けて。
姫はそのまま、近くの病院に搬送された。
診断の結果、『貧血と栄養失調で倒れたのだろう』と言う事で。
ベッドに寝かされ、点滴を打たれていた。
姫を診た医者は、『命に別条は無いが、これだけ疲労感が出るのも珍しい』と言っていた。
力を行使した事と、関係が有るんじゃあ……。
シンはそう思っていた。
「美術館で倒れ込んだんだぞ。気も失って。全く、心配掛けんなよ。何の為の気晴らしだか……。」
姫にそう強がるシンの目は、少し赤かった。
それを見て姫は、心の底から申し訳無く思う。
シンは少し安堵すると、姫へ静かに話し掛ける。
「今なら誰も居ないから、ちゃんと説明してくれ。今後の為にもな。」
「はい、実は……。」
姫が、自身の力に付いて説明を始める。
「下界で、本来の力を使う時には。大量のエネルギーを消費するのです。」
「それで、〔エネルギー切れを恐れて、慌てて入って回った〕と。」
「その通りです。出来るだけ沢山の世界に入りたかったものですから。」
「無茶にも程が有る。フォローし切れないぞ。」
呆れた様に、シンが言う。
姫は説明を続ける。
「余りに美術品が充実していて、舞い上がってしまいました。申し訳有りません……。」
しょんぼりする姫、対してシンは。
「『使うな』とは言わないけど、今回の事で限界が分かっただろ?な?無理すんなよ。」
ああ、シンはやっぱり優しいな。
姫は思った。
自分の存在を、肯定してくれている。
だから『もう力は、絶対使うな』と、否定的な事は言わないんだ。
そう解釈した。
「私は、もう大丈夫です。早く、お家に帰りましょう。」
そう言って起き上がろうとする姫を、シンは制止する。
「まだ暫く、このままで居よう。」
シンは何気無く、そう言ったのだが。
何故そんな事を言う気持ちになったのか、シン本人も分からなかった。
『お世話になりました』と礼を言って、病院を後にする2人。
〔シンとの距離が、微妙に縮まった〕と感じる姫。
何故なら、帰り道の最中に腕組みしても。
シンは、嫌がる素振りを見せなかったから。




