表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/31

第19話 静止する世界の中で【ジャンル:美術品】

「わあ、綺麗ですねぇ。」


 ガラス越しに、金の王冠を見つめる姫。

 今日、2人は。

『気分転換に』と、美術館を訪れてていた。

 何でも、国宝展が開催されているらしく。

 〔普段は見られない逸品が勢揃いする〕と聞いた姫が。

『是非に』とせがんだのだ。

 まあ姫にとっては、下界の財宝博覧会みたいな物だから。

 興味をそそられるのも無理は無かった。

 姫は歩きながら眺めている内に、或る屏風びょうぶの前で立ち止まる。

 鋭い目付きをした、鷹と虎が描かれていた。

 嫌な予感がするシン。

 こう言う時は、大抵姫がごねるのだ。


「中に入って、じかに見てみたいですねえ。」


 ほーら出た、例の無茶振り。

 シンは諭す様に、姫に言う。


「ここは人目が多いから無理だって、な?」


「大丈夫です、こうすれば。」


 姫は目を閉じ、祈りを捧げる様な感じで両手を握って。

 何やら呪文の様な文言を、ブツブツ唱え始める。

 すると周りが、パアッと明るくなり。

 そして直ぐに、景色がグレーへと変わった。


「お、おい!何やったんだ!」


 シンは流石に戸惑う。

 景色の色が変わったばかりか、人の動きも止まったからだ。

『ふう』と一息付いた姫は、あっさりとした感じでシンに言う。


「この建物の中の時間を静止させました。これが、私本来の力ですから。」


「何て無茶するんだ!それに……!」


 シンは、念を押す様に言う。


「屏風はガラス越しだぞ!時を止めた位じゃあ、どうにも成んねーよ!」


「それも、私の力の範囲です。ほら。」


 姫が、屏風の方へ。

 右手のひらを差し出すと。

 目の前の空間が、ぽっかりと空いた。


「短い距離なら、離れた空間同士を繋ぐ事が出来ます。」


出鱈目でたらめだなぁ。」


 シンは呆れ返る。

 彼をかす様に、姫は。


「天界では、これ等が私の管轄ですから。さあ、早く行きましょう。」


 姫は何かを焦っている様だったが、シンは気付かなかった。

『またかよ』位にしか、思っていなかった。




 早速、屏風の中へ入った2人。

 鷹と虎がにらみ合っている。

 しかし全く、動く気配が無い。

 姫は大層残念がる。


「風景の模写の様な物なので、元々動きが無いのでしょう。」


 逆にシンは、安心していた。

 下手に動いたら、こちらへ襲い掛かって来るかも知れない。

 危険が無いに越した事は無かった。

 プーッと頬を膨らませながら、姫は。


「詰まんないですねえ。じゃあ、次。」


「他にも入るのかよ!」


「折角ですから。ドンドン行きますよー。」


 焦るシンを尻目に、調子に乗る姫。

 ……本当に〔調子に乗ってる〕のか?

『少し変だ』と思い始める、シンだった。




 次は何と、〔陶磁器の皿〕。

 白地に青で描かれた絵の中に、2人は飛び込んだ。

 案の定、景色は。

 木も家も人も青色。

 他は真っ白。

 動きは当然無い。

 またもや頬を膨らませ、不満顔の姫。

『どうせ、こんな事だろうと思ったよ』と言った感じのシン。

 シンにお構い無く、先へ先へ行こうとする姫。

 次は〔絵巻物〕。

 戦国時代に書かれた合戦物らしかった。

 入ってみると、動きはやはり止まっていた。

 放たれた矢も、空中でピタッと。

 それにぶら下がろうと思えば出来そうな程、見事に。

 またため息を付き、次へと行こうとする姫。

 ここまで来ると、流石におかしい。

 そう思ったのか、シンは姫の腕を掴んで。

 強引に引き止める。


「幾ら珍しいからって、そんなに焦る事……。」


 そう言いながら、姫の顔を見るシン。

 彼の顔が、スーッと青ざめて行く。

 姫がかなり疲れていて、今にも倒れそうだったのだ。


「済みません、こんな機会は滅多に無いと思って……。」


 そう言うと、姫は。

 床にガクッと崩れ落ちた。

 途端に空間は閉じ、周りの景色にも色が戻って。

 人々も動き始めた。

 どうやら、姫の力が切れたらしい。


「あ……れ?お……かし……い……な……。」


 弱々しくそう発しながら、倒れ込もうとする姫。

 その体をシンが、ガシッと受け止める。


「おい、大丈夫か!おい!」


 シンが何度も呼び掛ける。

 しかし、姫からの反応は無い。

 シンは傍に居る美術館員へ、医務室か何処かへ運んでくれる様願い出る。

 何時いつの間にか、2人の周りには。

 幾重いくえにも、人だかりが出来ていた。




「……ここは……?」


 1時間程経って、姫がようやく目を覚ました。


「気が付いたか?」


 シンが心配そうに、姫の顔を見下ろす。

 あの後、救急車が駆け付けて。

 姫はそのまま、近くの病院に搬送された。

 診断の結果、『貧血と栄養失調で倒れたのだろう』と言う事で。

 ベッドに寝かされ、点滴を打たれていた。

 姫を診た医者は、『命に別条は無いが、これだけ疲労感が出るのも珍しい』と言っていた。

 力を行使した事と、関係が有るんじゃあ……。

 シンはそう思っていた。


「美術館で倒れ込んだんだぞ。気も失って。全く、心配掛けんなよ。何の為の気晴らしだか……。」


 姫にそう強がるシンの目は、少し赤かった。

 それを見て姫は、心の底から申し訳無く思う。

 シンは少し安堵すると、姫へ静かに話し掛ける。


「今なら誰も居ないから、ちゃんと説明してくれ。今後の為にもな。」


「はい、実は……。」


 姫が、自身の力に付いて説明を始める。


「下界で、本来の力を使う時には。大量のエネルギーを消費するのです。」


「それで、〔エネルギー切れを恐れて、慌てて入って回った〕と。」


「その通りです。出来るだけ沢山の世界に入りたかったものですから。」


「無茶にも程が有る。フォローし切れないぞ。」


 呆れた様に、シンが言う。

 姫は説明を続ける。


「余りに美術品が充実していて、舞い上がってしまいました。申し訳有りません……。」


 しょんぼりする姫、対してシンは。


「『使うな』とは言わないけど、今回の事で限界が分かっただろ?な?無理すんなよ。」


 ああ、シンはやっぱり優しいな。

 姫は思った。

 自分の存在を、肯定してくれている。

 だから『もう力は、絶対使うな』と、否定的な事は言わないんだ。

 そう解釈した。


「私は、もう大丈夫です。早く、お家に帰りましょう。」


 そう言って起き上がろうとする姫を、シンは制止する。


「まだしばらく、このままで居よう。」


 シンは何気無く、そう言ったのだが。

 何故そんな事を言う気持ちになったのか、シン本人も分からなかった。




『お世話になりました』と礼を言って、病院を後にする2人。

 〔シンとの距離が、微妙に縮まった〕と感じる姫。

 何故なら、帰り道の最中に腕組みしても。

 シンは、嫌がる素振りを見せなかったから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ