第17.5話 唐突な、ライバル宣言!【日常回その4】
「何、これ……。」
口をあんぐり開けたままの楓。
姫の部屋の前を通り掛かった時、偶々ドアが開いていたので。
ふと覗いてみると。
姫の部屋は、女の子らしさが全く無いと言うか。
必要最低限の物しか置いていなかった。
ベッド・机・椅子・小さなテーブル・箪笥。
その他には、通学用のカバンや教科書位しか見られない。
ベッドに寝そべっていた姫は、ドアから覗き込んでいる楓に気が付き。
『何だろう?』と思って、声を掛ける。
「何か御用ですか?」
すると楓は、姫に向けて。
思わず大声を上げる。
「これは……無いでしょ!」
「えっ?」
「こんなの、女の子の部屋じゃ無い!」
「そう言われましても……。」
姫は。
この世界の女子の生活環境とやらに、全く疎かった。
必要無い物は置いていない、ただそれだけ。
〔部屋を飾る〕と言う概念が、姫には無かったのだ。
シンの部屋に度々出入りしていたので、男の部屋は何と無く分かるのだが。
楓の部屋へお邪魔させて貰う機会が、これまで皆無。
それがどうも、災いしたらしい。
もし、楓の部屋で。
女の子の部屋がどんな感じかを知っていれば……。
半ば脅しの様に、楓は言う。
「もうちょっと、インテリアとか気合を入れた方が良いよ。こんなんじゃ、お兄ちゃんに見放されちゃうよ。」
「え、そんなに酷いですか?」
「それも分からないレベルか……。荒療治が必要みたいね。」
そう言って楓は、誰か電話する。
そして。
「姫乃さん、行くよ。女の子の部屋がどう言う物か、教えてあげる。」
楓は、姫の腕を強引に掴んで。
何処かへと連れ出した。
或る家の前まで来た2人。
『ピンポーン』とベルを鳴らす楓。
『はーい』と声がして、ドアを開けたのは智花。
そう、ここは〔智花の家〕だったのだ。
智花が楓に話し掛ける。
「急に連絡をくれたから、びっくりしちゃった。どうしたの?」
『実は……』と、楓が智花に事の顛末を説明する。
ぬいぐるみとか小物とか、姫の部屋には彩る物が何も無い。
それを聞いて、智花は驚く。
てっきり、物凄く豪華に飾り付けられた洋風の部屋だと思っていたから。
「それで、姫乃さんに現実を見せようと思って。智花ちゃんの部屋、お洒落だから。」
「ありがとう。」
楓に褒められ、智花は素直に喜ぶ。
「そう言う事情なら、どうぞどうぞ。」
「お邪魔しまーす。」
元気に入っていく楓。
その後を、申し訳無さそうに続く姫。
そんな2人を見て、少し不思議な気分になる智花だった。
「こんな物しか無いけど……。」
智花はテーブルの上に、お茶と茶菓子を置く。
姫は、楓が言った事に納得した。
写真などが綺麗にレイアウトされた、コルクボード。
可愛い小物入れ。
部屋の隅には、クマやウサギのぬいぐるみがちょこんと座っていた。
正に、漫画やアニメで出て来るヒロインの部屋まんまだった。
「何か、ジロジロ見られると恥ずかしいなぁ。」
智花は照れている、それとは対照的に。
立ち上がって、あちこちをうろうろとし。
部屋全体を見回る姫。
その度にショックを受けていた様だ。
「どう?男を惹き付ける部屋ってのは、こんなのを指すのよ。」
偉そうに、楓が言う。
姫は思い知った、現実での女子としての差を。
確かに、今の自分の部屋にシンを招き入れても。
ムードもへったくりも無い。
反って幻滅されてしまう。
姫は思いの外、焦っていた。
オロオロしながら、楓に尋ねる。
「あ、あのー。では、どうすれば……。」
「仕方無いわねぇ。」
楓にとっては、これからが本題だった。
姫に楓が告げる。
「女の子の部屋らしくする為に、今から買い物に行きましょ。出かけて来る時にお母さんに事情を話して、結構なお金を預かって来たから。」
姫と智花には。
なるべくイーブンな条件で、シンの争奪戦をして貰いたかったのだ。
「悪いけど、智花ちゃんも一緒に来てくれないかな?的確なアドバイスを貰えそうだし。」
敵に塩を送るのも悪く無い。
それに、協力する事によって。
自分に対する楓の印象も、更に良くなるだろう。
そう智花は考え、楓に答える。
「良いよ。でも最後に決めるのは、姫乃さんだからね。そうでないと、独自色を出せないし。私の真似をしても意味無いでしょ?」
「仰る通りです……。」
智花の言葉に、姫は素直に従う他無かった。
3人は、大きなショッピングモールに来ていた。
ここに来れば大抵の物は置いてある、そんな豊富な品揃えが自慢だった。
早速、小物売り場へと走って行く楓。
『待ってー!』と追い駆ける姫。
保護者の様な余裕を醸し出している智花。
三者三様だった。
3人がワイワイ話し合いながら、買う物を選んでいた時。
その人は現れた。
「あら、あなた方は……。」
そう言いながら、近付いて来る影。
それは、〔文音〕だった。
3人とは、これが初顔合わせだったが。
学校では文音は有名人、姫と智花も当然知っていた。
『どうも』と、一応挨拶をする智花。
すると、文音は。
「日野さんとウルヴェルスクさん、だったかしら?ここで何をしてるの?」
「私達を御存じなのですか?」
驚く姫、それに対し。
心の中で苦々しく思いながらも、表面には出さずに文音は。
「ええ。あなた方は結構、学内で名が知られていますのよ。お連れの2人の男子もね。」
「それは光栄です。」
姫は、社交辞令の様に挨拶すると。
「今日は、お買い物をしに来ました。あなたは?」
「ここには。私の父が重役を務めている会社の系列店が有って。こうして時々、様子を見に来てるんですの。」
「そうなんですか。」
そう返事しながらも智花は、何と無く嫌な予感がしていた。
文音の目がギラギラしていたから。
「丁度良いわ、あなた方に言っておく事が有りますの。」
その次に文音が放った言葉、それは。
智花の勘が的中した事を意味していた。
「蓬慎一郎さん、彼は私が頂きますわ!」
何ですってーーーっ!
智花と姫は、大声でそう叫びそうになる。
堂々とした文音の、シン奪取宣言。
そこへ慌てて、楓が割り込む。
「ちょ、ちょっと!何言ってるんですか!」
「そのままの意味ですわ。……あなたは?」
「あなたが『頂く』と言った人の妹です。」
楓の返答には、やや棘が有った。
『この人は危険だ』、楓はそう感じている。
『そう、妹さんね』と軽く告げた後、楓に自己紹介する文音。
「私は、三次文音と申します。あなたのお兄さんの1学年上ですの。お見知りおきを。」
「さっきのあれは、何なんですか!」
語気を強めながら、楓は文音に尋ねる。
全く納得が行かなかったからだ。
楓の問いに対して、文音は。
「欲しいモノは手に入れる、それだけですわ。」
「理由になってません!」
「しいて言うなら、〔当て付け〕でしょうか。」
「どう言う事です?」
姫が文音をギロッと睨む。
全く怯む様子を見せずに、文音は。
「私は学内で一番、そうでなければならないんですの。それをあなた方が掻っ攫おうとしている。それが単に許せませんのよ。」
「それとこれと、何の関係が!」
楓は詰め寄る。
お兄ちゃんを出しにするなんて、益々もって許せない!
怒りの感情が、多少混ざっているのかも知れない。
涼しい顔をして、構わず文音は続ける。
「あなた方、彼を慕っているのでしょう?それなら、あなた方の手の届かない存在にしてあげる。単純な事ですわ。」
「兄は物では有りません!」
「さあ。その辺は、どうでも良いんですの。あなた方が困れば。」
なんて陰険な奴なんだろう。
こんな奴に、シンを取られる訳には行かない!
智花は断言する。
「シンは、あなたみたいな人には靡きません!」
「そうです!シンの、人を見る目は確かですから!」
姫もきっぱりと言い切った。
「それは楽しみですわ。でも、私を甘く見ない事ですね。では、またの機会にゆっくりと。」
ホホホホホ。
そう言い残して、文音は。
高笑いしながら、黒服の男2人を連れて。
智花達の前から去って行った。
「何なのよ、もう!」
楓はまだイラついていた。
「2人共!あんな奴に、お兄ちゃんを取られたらダメだからね!」
「勿論!」
姫は真剣其の物。
それは、智花も同じだった。
皮肉にも、突然第三者が現れた事によって。
シンに対する2人の恋心が、楓の目にも明らかになっていた。
「さあ、買い物をさっさと済ませましょう。」
「ええ。あの人、本性はあんなに感じが悪いのね。見損なったわ。」
姫も智花も、品物選びに気合が入っていた。
横で応援する楓の言葉にも、熱が入る。
こうして、シンの与り知らぬ所で。
思わぬバトルの幕が、切って落とされたのだった。




