第15話 強者は何も語らせず【ジャンル:漫画】
「わあ、美味しそう。」
姫が、雑誌に連載中の漫画を見ながら言う。
今読んでいるのは、〔料理物〕。
最近姫は、料理を覚え始めた。
勿論それは、〔シンを手料理で落とす大作戦〕の為。
母親が作るのを積極的に手伝って、技を盗もうとしているらしい。
その一方で、シンの好みの料理を母親に尋ね。
色々と情報を仕入れている。
そんな姫からすると。
料理漫画は正に、知識の宝庫なのだ。
丁度漫画の中では、主人公とそのライバルが料理対決を行っていた。
料理界の重鎮の前で見せる、華麗な包丁捌き。
姫の腕前では、到底及ばない域だが。
料理の手順が書かれているので、レシピとして参考になる。
『ふむふむ』と、頷きながら。
でも実際の味は、自分の舌で確かめて。
覚え込んでおいた方が良さそうね。
姫は、そう考えた。
漫画を見せながら、姫はシンに聞いてみる。
「私も、審査員をやってみたいです。」
「何でまた急に?」
「ただで、美味しい料理が。一杯食べられるじゃないですか。」
シンも、姫の陰の努力は知っていたので。
『それは建前なんだろうな』と、感じてはいたが。
一応念押しのつもりで、こう告げる。
「審査員なんかやったら、漫画の登場人物になってしまうぞ。それが不味い事なのを分かって、言ってるのか?」
シンは前に、恋愛漫画で遣らかしてしまったので。
それが痛い程、骨身に沁みていた。
でも姫は、必死に懇願する。
「どうしても食べたいんです!」
他ならぬシンに絡んだ事柄だったので、必死感がリアルだった。
それを見て、『しょうが無いなあ』と言った顔のシン。
シンには、策が無い訳では無かった。
偶には、姫の為に一肌脱ぐのも悪く無い。
シンはそう思うと。
「分かったよ、じゃあ行くか。『どうすれば食べられるか、俺に任せてくれたら』の話だけど。」
「シンは時々、凄い事を思い付きますものね。お任せします。」
「時々って何だよ。」
姫の返しに、何か嫌味みたいなのを感じながら。
漫画の中へ入ろうとするシン。
腕にしがみ付ついて、同行する姫。
果たして、シンの妙案とは?
2人は、対決場の観客席に来た。
料理対決の舞台は、収容人数が結構多い会場で。
360度、観客席に囲まれていた。
その中心で料理を華麗に仕上げて行く、主人公とライバル。
2人は、観客席の最前席へと移る。
無理を言って、座れる隙間に潜り込ませて貰った。
これが、布石その1。
会場の天井近くでは。
司会者の台詞が、吹き出しの形で。
ポンポン出まくっている。
そんな中、いよいよ実食タイム。
今回は、家庭料理の定番である〔カレー対決〕の様だ。
まずは、ライバルの料理から。
審査員が何やら蘊蓄を垂れ流しながら、料理を頬張る。
時々おかしなエフェクトが掛かりながら、審査は続く。
ここが料理漫画の醍醐味なので、多少演出が鬱陶しくても仕方無い。
『現実では、そんな事を言いながら評価しないだろう』なんて無粋な事は、言いっこ無し。
次は、主人公の番。
実はこの手の勝負では、後出しの方が勝つのが定番なのだが。
今回は、審査員も悩みながら食べている。
双方、甲乙付け難い。
どの審査員も、そんな表情だった。
そしていよいよ、結果が発表される。
勝者は……。
何故か『ドゥルルルルーーーッ』と、ドラムロールが会場に響く。
ジャン!
……引き分け?
観客がどよめく。
主人公もライバルも、この判定には納得行かない様子。
この対決は、〔きちっと勝敗を決めなければならない〕ルールになっていたのだ。
これが、布石その2。
場内の様子に、ドキドキしている姫。
その隣でシンが、最後の布石を打つ。
シンは大きな声で、審査員へ向け叫んだ。
「決められないなら、俺達に食わせろ!俺達が決めてやる!」
観客は、『そうだそうだ!』の大合唱。
審査員の、話し合いの結果。
観客席から、代表9人を無作為に選び。
何方が美味しいか投票させて、決着を付ける事にした。
主人公達も、それに同意。
その代表の中に、当然の様に姫も選ばれる。
「さあ、これで食えるぞ。思いっきり、うんたらかんたら言って来い。」
シンは、姫の背中をポンと押す。
全ては、シンの筋書き通り。
審査員の判定でドローにし、更に観客を臨時審査員として加える事で。
何の違和感も無く、姫が主人公達の料理を食べられる様に誘導したのだ。
それに、これなら。
姫の存在が目立つ事も無い。
「ありがとうございます!行って来ます!」
シンの行為を、有り難く受け取りながら。
姫は笑顔で、場の中心へと向かって行った。
2つの料理が並んでいる所で。
半ば談笑の感じで食べ比べる、観客代表。
その食べっ振りは、観客の口からよだれが出そうな程。
8人は投票を終えた。
ここまで、投票結果はイーブン。
何故か勝敗は、姫の答えに懸かっていた。
目立つ素振りはするなよ、ここまでお膳立てしたんだから……。
シンは必至に祈っていた。
姫はまず、ライバルの方の料理をパクリ。
「凄ーい!絶妙な辛味と酸味が、ご飯に絡まって……。」
何とか味を表現しようとする姫。
パクパク、モグモグ。
もう一方が食べられなくなると不味いので、食べるのは半分に止めた。
次は、主人公の作った料理をパクリ。
……!
姫の脳裏に、衝撃が走る。
次から次へと、口の中へ料理を運んで行く。
批評するのも忘れて、ただ無我夢中でがっついていた。
それは、可憐な美少女の姿に有るまじき行動だった。
そして、あっと言う間に完食した後。
姫はケロッとした顔で、こう言った。
「おかわり!……あっ、感想を言うのを忘れてました。」
これを見ていた誰もが、主人公の勝ちと判定した。
ライバルも、この姫の潔い食いっ振りを見せつけられては。
主人公の勝ちと、認めざるを得なかった。
ただ一人、シンだけは。
頭を抱えていた。
「折角目立たない様、色々と仕込んだのに……姫の馬鹿っ!」
中から戻って来ると。
姫はソファへ座り、満足した顔でまったりしている。
シンは直ぐに、姫の行動がシナリオに影響を及ぼしていないか確認する。
ページを捲って行ってシンは、或るコマを見てホッとした。
余りにがっついていたので、姫とは分からない顔をしていたのだ。
これなら大丈夫だろう。
シンは安心すると、肝心な事を姫に尋ねる。
「で?味は覚えたのか?」
「あ、味わうのに夢中で忘れてました。」
あっけらかんと、そう答える姫。
それを聞いて、呆れるシン。
「そんな事を言うんなら、次は無いぞ?」
「えー、そんなぁ!次はちゃんと覚えますって!」
真顔でシンに抗議する姫。
何だかんだで丸く収まった……のだろうか?