第13話 神は見守るだけ、悪魔は微笑むだけ【ジャンル:ボードゲーム】
「あー、楽しかった。」
楓は、背伸びしながらそう言った。
今日はシンの家へ、リョウと智花が遊びに来ていた。
偶々家に居た楓が、『偶にはこんな物も良いでしょ』と。
父親の書斎から、少し古いボードゲームを持って来たので。
この時とばかりに、5人で遊んだのだ。
リョウは、シンの家へは。
何回か遊びに来ていて。
楓とも、自然と仲良くなっていたので。
ゲームは楽しくプレイ出来た。
しかしどうも、楓は。
リョウを気に入っている節が有る。
それで、こんな事を言い出したのかも知れない。
「それにしても。お前の父親、何でも持ってるんだな。」
リョウが妙に感心する。
嫌味ったらしく、シンがリョウに言う。
「お前の上位互換みたいなもんだからな。」
「おお、同志か!是非お会いして、夜中まで共に語り合いたいぜ。」
リョウには、嫌味さえ通じないらしい。
彼の返しに呆れるも、シンはこう告げる。
「休日に呼び出される事も有るし、中々捕まらないだろうがな。でもまあ、お前の気持ちは伝えとくよ。」
「恩に着るよ。」
リョウは、見知らぬ同志に思いを馳せていた。
それを邪魔する様に、智花が。
「今日はこの位にしましょ。解散、解散ーっ。」
智花の締めの言葉により。
ゲームは、ここで終わった。
「遣ってみて、思ったんですけど……。」
リョウと智花が帰った後。
神妙な面持ちで、姫がシンにそう言って来る。
『どうした?』とのシンの返事に、姫は。
「先のマス目に、起こる事が予め書いてあって。そこに止まればどんな出来事が待ち受けているか、前もって分かっているのに。これは何故、面白いのでしょう?」
プレイしていたのは、良く有る〔人の人生をなぞるゲーム〕。
〔生まれ〕〔成長し〕〔結婚して〕〔子供が生まれる〕と言った類の物だ。
姫が天界から人間の生活を見ている状況に、かなり近かったのだが。
それは、ちっとも楽しく無い。
しかしこのゲームは、姫も結構楽しく遊べた。
それでふと、疑問に思ったのだ。
シンは、自分なりの見解を述べる。
「多分、【何が起こるか分からない】じゃ無くて。【どのマスに止まるか分からない】から、じゃないかな。」
「何か抽象的で、分かり辛いですー。」
シンの講釈が気に入らないらしい。
姫がそう言うと、シンは。
「じゃあ、実際に入ってプレイしてみるか?」
「ええ。そうしましょう。」
2人は話し合って、そう決めると。
楓から、『俺が返しておくよ』とボードゲームを預かる。
それを持って2人は、シンの部屋へ移動する。
例の如く、誰も入って来ない様にドアへ鍵を掛け。
ゲームを、テーブル上にバッと広げる。
そして2人は静かに、ゲームの世界へと入っていった。
中へ入ると、自分の姿がピン状になっている。
そして、車のらしき形の物に刺さっていた。
プレーヤーが動かす駒の、再現である。
そして空中には、ルーレットが浮かんでいた。
《さあ、始めましょうか。》
姫の声が、シンの頭の中に響いて来た。
ピンには、口も手も無いので。
どう言ったプレイスタイルになるか、シンには見当も付かなかった。
各自、頭の中で念じて。
ギュルルとルーレットを回す。
指した数字の分だけ、マス目を進んで行く2人。
止まると、そこに書かれた内容が実行される。
至って単純な、ゲーム進行。
頭で考えれば、盤面を上から見下ろした図が浮かんだので。
先にどんなマスが有るか、2人には分かっていた。
それを考慮しながら、出したい数字を狙って。
2人はルーレットを回す。
一連の所作に含まれた意図を、姫が理解した時。
シンが言わんとしていた事が、ぼんやりと分かった気がした。
つまり、何気無しにゲームをしていたのでは無く。
皆、〔戦略的にプレイしていた〕のだ。
それは、人間が。
決められた人生を、そのまま歩む事に抵抗して。
自分の力で、己の生きる道を切り開いて行く姿に似ていた。
人生は、何が起こるか分からない。
でも、生き方は。
自分の意志で、或る程度選択出来る。
或る時は、神に祈りたくなる事も有るだろう。
また或る時は、悪魔の甘い囁きに屈しかける事も有るだろう。
その中で迷いつつも、自身の考えで選択して行く事こそ。
人にとっての生き甲斐なのだ、と。
それを疑似体験出来るのが、このボードゲームなのだと。
《見た目よりずっと、奥が深い物なんですね……。》
姫はすっかり、ボードゲームに感心していた。
それでも、2人のプレイは続く。
就職して、給料が入った。
結婚して、隣にピンが一本増えた。
子供が出来て、後ろにピンが2本増えた。
支出が大きい事も有った。
でもなるべく支出を抑え、収入を増やすプレイを心掛けた。
そしてとうとう、ゴールした。
プレイヤー2人が、ゴール地点へ到達した時点で。
ゴール時の財産を元に、空中へ順位が発表されて。
シンと姫は、プレイ終了。
2人は強制的に、元の世界へと戻された。
早速姫に、シンが感想を尋ねる。
「どうだった?」
「結構、面白かったです。」
姫は、その一言と同時に。
『〔人間〕と言うモノは』と。
心の中で、そう呟いていた。
ボードゲームの世界を堪能した姫は、ふと思う。
「それにしても。ボードゲームの中には、神も悪魔も居ませんのね。」
「お前が、それを言うなよ……。」
呆れるシン、続いて姫が。
「でもその方が面白いのかも、ですね。」
そう漏らす。
そう言えば、姫は。
天界から地上の様子を見ている、と言ってたな。
その点が気になって、シンは姫に尋ねる。
「お前達は、特定の人間の人生に干渉したりするのか?」
すると、シンの問いに対して。
姫からの答えは。
「いえ、殆ど有りません。余りに酷い惨状となれば別ですが。一番近くでは、〔第二次世界大戦〕ですね。」
「あれも、お前達が関与していたのか!」
ちょっとびっくりするシン。
淡々と、姫が続ける。
「終わらせる時だけですけどね。それもただ単に、姿を現したのみです。何かをしたり、言ったりした訳では有りません。」
「凄いな。それだけで、あれだけの戦争を終わらせられるのか……。」
「そうです、凄いんですよ。」
えっへん。
最後に姫は、シンに対し胸を張る。
『もっと褒めて下さい!』と、要求するかの様に。
このボードゲームに対して、1つだけ不満が有るらしい。
姫がシンに、こんな事を言う。
「そうそう。一言、注文が有るんですけど。」
「何だ?」
シンは不思議がる。
あんなに感心してたじゃないか。
一体、何処に……。
すると姫は、『はい、せめて……』と言い掛けて。
少し躊躇うも、間を空けてボソッと。
「結婚して子供が増えた時、増えたピンも喋って欲しかったです。周ってて、何か寂しかったなあ……。」
姫のその発言で。
さっきまでの良い感じが、台無しになってしまった。
姫の余計な一言に対し、冷静にシンは。
「いや、それは仕様だから。」
子供だけかよ、結婚相手はどうでも良いのかよ。
思わず姫にそう突っ込んでしまう、シンなのだった。