第12話 融通が利かない世界も有ると言う【ジャンル:ライトノベル】
「なあ。」
例の如くリョウから押し付けられた、ライトノベルを読みながら。
シンは姫に尋ねる。
「このラノベの中に入ったら、俺達の姿はどうなるんだ?」
「と言いますと?」
意外なシンの問いに、姫はそう反応する。
シンは続ける。
「今までは、どんな形にしろ〔映像〕が有っただろ?」
「まあ、そうですね。」
「それに、補正される様にはなっていても。人間の形で、その世界では存在出来たし。」
「ええ。」
「でもさあ。〔文章だらけ〕の場合は、どうなんだろうな。」
なるほど、シンの言いたい事が分かりましたわ。
映像の無い文字のみの世界では、自分はどう存在するのか。
もっともな疑問ですわ。
そう考えた姫だったが、申し訳無さそうにシンへ言う。
「それは、入ってみない事には分かりかねますね。私もそこまでは、経験が有りませんから。」
「そうか、やっぱりか。」
姫からの返答を受け、シンは決めた。
確かめるには、やはり中へ入るしか無い。
念の為シンは、姫に聞いておく。
「姫は、それで良いか?」
「嫌がっても、無理やり付いて行きますよ。」
姫は、シンの助手気取り。
まあ、シンにとって。
頼もしい相棒には、違い無いのだが。
しかし、シンは忘れていた。
このラノベのジャンルが、どんな奴だったかと言う事を。
中に入ってみて、シンは驚いた。
体中が、或る怪談の様に文字だらけだったのだ。
部位の名称、その特徴。
シンの性格から、どんな髪形かまで。
それを表現した文字が、人間の姿を模っていたのだ。
そして一々行動する度に、〔~だった。〕と言った解説付き。
鬱陶しい事、この上無かった。
しかし不思議と。
〔人〕なら〔人〕と、〔木〕なら〔木〕と認識出来た。
これが、文章の世界なのだろう。
周りを見渡し、シンは現状を把握した。
どうやらここは、或る大物政治家のパーティーで。
シンと姫は、その警備員の役目らしかった。
その時ふと、シンの脳裏には。
「あれ?この話、どんなのだったっけ……。」
シンが内容を思い出そうとした時。
突然建物内に、悲鳴が響き渡った。
『きゃあああぁぁぁぁ!』
シンが、悲鳴のした方を見やると。
パーティーの主催者である政治家が、口から血を流して倒れていた。
そこでシンは、完全に思い出した。
ここは、【推理物】の世界だった事を。
シンと姫は、出席者の誘導と共に。
警察の到着を待って、現場の保存に努めていた。
そこへ、警部の様な人物と。
警部にくっ付いて来たらしき、少年が現れた。
この少年が、ラノベの主人公である探偵なのだ。
シンと姫は、警備員と言った〔モブ〕の役だったので。
『話の本筋には入らないだろう〕と考えた。
なので。
主人公がどんな推理をするか、遠くで見守る事にした。
主人公の探偵は、〔死体の状況〕や〔辺りに散乱している物〕を見聞して回る。
そして、周りの人達に聞き込みを開始した。
シン達も、探偵に尋ねられたが。
『特に、変わった様子は見られませんでした』と言う、モブとしての答えをするのみだった。
ただ、それを聞かれる時に。
探偵の姿が一瞬、イラストへと変わった。
ラノベには、途中で何枚か挿絵が入る。
『挿絵に描かれた一場面だったのだろう』と、シンは類推した。
その後探偵と、彼に『怪しい人物だ』とピックアップされた人々は。
何処か別の部屋へと出て行った。
〔そこでシン達の役目は終わった〕とばかりに、2人は。
強制的に、元の世界へ放り出された。
「これからが、良い所だったのに……。」
『探偵の名推理が間近で見られる』と思っていたシンは、大層残念がる。
しかし姫が、釘を刺す。
「それには、〔シンも容疑者になる〕必要が有ります。それはシンも、不本意でしょう?」
「それは、そうなんだけど……。しかしラノベって、案外融通が利かないもんなんだな。」
つくづくと言った感じで、そう漏らすシン。
姫はこの事象を、冷静に分析する。
「文章だけで表現してますからね。余計なモノは、極力排除した方が。作者にとっても読者にとっても、都合が良いのでしょう。」
「今度からは。小説や新聞みたいな、文字が主体の媒体へは。良く考えて入らないとな。」
「そうですね。」
何か遣らかすと、延々と長い文章で説教されかねない。
作品中で。
それだけは勘弁な、シンだった。
因みに。
シンが入った、ラノベのこの巻は。
挿絵が8枚描かれているのだが。
モブとしてのシンが映り込んでいる物が、その内一つだけ有る。
興味を持たれた方は、是非探してみると良い。
但し、これを読んでいる人達の世界に。
シンが入ったラノベが存在するかどうかは、分からないが。