第11話 3次元だけがライバルじゃ無い?【ジャンル:漫画】
「おっ、置いてある置いてある。」
シンは。
リビングのテーブルに、漫画雑誌が乗っているのを見つけた。
先月入り込んで、シナリオをややこしくしてしまった恋愛漫画。
それが掲載されている雑誌の今月号が出たのを知った、シンと姫は。
楓が買って来た後、全て読み終わり放置するのを待っていたのだ。
先月号の最後に、不覚にも。
シンの事を、あたかも重要人物の様に描かれてしまった。
今後の為にも、それをどうしても修正しなければならない。
策は有った。
シンと姫が、カップルの振りをして。
主人公であるヒロインのデート中、わざとその前を横切る。
そして、『あの人、彼女居るんだ……』とヒロインに思わせて。
シンを重要ポジションから外し、再び登場しない様に仕向ける。
これが、姫と話し合って考えたプラン。
上手く行くかどうかは分からないが、取り敢えず遣ってみる事にした。
こんな形で、シンとのデートが実現するなんて……!
姫は一人で、勝手に盛り上がっている。
何とかして、これ以上の登場は阻止したい。
シンの頭の中は、それだけで一杯だった。
2人は再び、恋愛漫画の世界へ飛び込んだ。
そして、ヒロインが通るであろうルート近くに隠れて。
タイミングを計る事にした。
「あ、来ましたよ!」
姫が、シンの体をゆさゆさと揺する。
歩道を歩く、ヒロインと彼氏。
しかしヒロインは、浮かない表情をしている。
横側には、ピンクの文字で。
《彼が好きな筈なのに、何か違う。そう、あの人が現れてから……。》
シンの事を、未だに引き摺っているらしかった。
このままでは、好きな人が。
彼氏からシンに変わってしまう。
『それは不味い、非常に不味い』と、焦る2人。
丁度その時、チャンスが。
ここだ!
最大限近付いた所で、2人は。
ラブラブな振りをして、ヒロインの前に現れる。
「もう、しょうが無いなあ。」
「だってぇ。」
無理やりイチャイチャして、その様を見せつける2人。
案外、姫は本気だったが。
どさくさに紛れて、シンとくっ付いちゃおう作戦。
ここなら、智花は手出し出来無い。
姫にとって正に、好都合だった。
『あ……。』
2人にヒロインが気付いた。
更にイチャつく2人。
どうやらヒロインは、上手く失望してくれた様だ。
『やれやれ。さあ、ここから離れるぞ。』
シンが小声で、姫に言う。
残念そうに、姫は。
『えー、もうですかぁ?』
姫は名残惜しそうだったが、仕方が無い。
目的を達成した限り、長居は無用だった。
ここから離脱しようとする2人。
その時。
ふとシンは、こちらに向かって突っ込んで来る車を見つけた。
力を使って進路予測をすると、驚く事に。
〔暴走した車は歩道に乗り上げ、自分達を轢く〕と結果が出た。
何だとっ!
自分やヒロインが事故に巻き込まれては、元も子も無い。
瞬時にシンは決断した。
「跳ぶぞ!」
シンは、姫を左腕に抱える。
『え?』と目を丸くした顔の姫を尻目に、次の行動へと移る。
「ごめん!」
シンはバッと、車道側から離れる様に跳びながら。
ヒロインと、その彼氏を。
車道から十分な距離を取れる様、思い切りドンと突き飛ばした。
『きゃっ!』
『うわっ!』
悲鳴を上げて吹き飛ぶ、ヒロイン達。
着地は、ヒロインが怪我を負わない様に。
彼氏が自分の体をヒロインの下に入れて、何とか防いだ。
『いきなり何するんだ!』
突き飛ばした者に向け、そう彼氏が叫んだ瞬間。
1台の車が『ガズッ!』と、歩道に乗り上げ。
さっきまでヒロイン達が歩いていた場所を、ビュンと通り過ぎると。
車道とは反対側に並ぶ店へ、『ドスーン!』と大きな音を立てながら突っ込んだ。
幸いにも、運転手以外の被害者は出ず。
その運転手も、軽い怪我で済んだ。
その光景を見て、ヒロインと彼氏はぞっとする。
もし突き飛ばされていなかったら、私達は跳ねられていた。
それを彼は、身を挺して救ってくれたんだ……。
パアァッと、ヒロインの周りがピンク色に輝き。
星が浮き出た瞳は、真っ直ぐシンの方を向いていた。
ジトッとした目付きで、姫はシンに言う。
「また遣ってしまいましたね……。」
「仕方無いだろ!あっちもこっちも、死ぬとこだったんだぞ!」
「まあ良いでしょう。でも、あれをご覧下さい。」
冷静な口調でそう告げると、姫は。
くいと顎で、ヒロインの方を指し示す。
ヒロインの視線は、完全にシンに釘付けだった。
そして、彼女の台詞は。
《あの人こそ、私の運命の人だわ!そうに違いない!》
《悔しいが、強力なライバル出現だ!でも彼女は渡さないぞ!》
彼氏は彼氏で、そう決意を新たにしていた。
もう、どうにでもしてくれ……。
シンは諦めた。
そのついでに、ヒロインの方へ歩み寄り。
右手を差し出してシンは、こう告げる。
「大丈夫?ごめんよ。君達を助けるには、こうするしか無かったんだ。」
シンの、この対応で。
ヒロインのハートは、完全に撃ち抜かれてしまった。
思わぬライバルの登場は、姫も同じだった。
3次元はともかく、2次元の子には負けたくない!
姫の顔には、明らかに焦りの色が見えていた。
何しろ、この世界の主人公が相手なのだから。
戻って来たシンは、姫に。
こっ酷く叱られていた。
「もう、あの世界には関わらない事!良いですね!」
「はい……。」
調子に乗り過ぎた、その自覚が有ったシンは。
姫に正座を命ぜられると素直に応じ、くどくどと説教を食らってシュンとなる。
そこへ、楓が戻って来る。
ガミガミと、姫に怒られているシンを見て。
不思議そうな顔をする楓、その時。
テーブルの上に在る雑誌、それに気付いたらしい。
「あ、ここに置きっぱだったんだ。」
楓は雑誌を手に取ると、少しパラパラと捲った後。
何かに気付いたのか、はたと手を止める。
そして2人へ、開いたままの雑誌を突き出す。
「これ、2人に似てない?」
そう言って、楓が指差したページには。
あの時の、事故の模様が描かれていた。
しかも、欄外の煽り文句には。
《急展開!ヒロインの白馬の王子はどっちだ!こうご期待!》
もう、作者の好きに描いてくれ。
これはフィクションだ、俺は知らん。
シンはそう思った。
姫は『ぐぬぬー!』と、そのページを見つめる。
そして一言。
「ま、負けないんだから!」
『漫画のヒロインと張り合っても、しょうが無いでしょ』と、楓は呆れ顔。
そして、こうも思う。
姫乃さんが、お兄ちゃんの事を好きなのは確定か……。
私は智花ちゃんと姫乃さん、どちらを応援しようかなぁ?
こってり絞られているシンを他所に、不敵な笑みを浮かべる楓だった。