第10話 優しさを込めて、技名を叫ぶ【ジャンル:特撮】
「バケルンジャーパーンチ!」
リョウがシンに、殴る振りをする。
「バケルンジャーキャノン!ドウン!」
今度は両手を握り、手を突き出して。
キャノン砲に見立てて、打つ真似をする。
リョウがそうやって遊んでいるのは。
今放送中の戦隊物、〔妖怪戦隊バケルンジャー〕で登場する技の数々。
シンはそれに、嫌々付き合わされていた。
「本当にそんなの好きだな、リョウは。」
シンはジト目で、リョウを見る。
気にする素振りを全く見せず、リョウはシンへ。
「お前もやってみろよ。楽しいって。」
やだよ。
周りの目線が気にならんのか、こいつは。
イケメンだから許されてるんだろうな……。
シンはそう思っていた。
実際、技を繰り出す度。
遠くから『キャーッ!』と、歓声が沸いていた。
リョウの親衛隊か何かだろう。
余りに鬱陶しいので。
止めさせる為にシンは、リョウへ質問する。
「ところでさぁ。戦隊物って何で、技を出す時一々技名を叫ぶんだ?」
「そんなの、格好良いからだろ。」
当然の事の様に答えるリョウ。
そこを、シンが。
「じゃあ、見栄を張る為に遣ってんのかよ。叫んでる時間が勿体無いじゃないか。」
「フィクションなんだから、あれこれ突っ込むなよ。」
リョウが言う事には一理有る、シンの指摘は無粋極まりない。
しかし、2次元世界へ入る事の出来るシンにとって。
それは、興味を引く事柄だった。
格好良いから? 本当に?
演出的にはそうかも知れないけど、技名を叫ばなくても出せるんじゃないのか?
じゃあ、実際に会って確かめてみよう。
そんな考えに行き当たる、シンなのだった。
「今回は、これですか?」
キョトンとしている姫。
シンの側から提案するのは、珍しく無い。
ただ、題材が〔特撮物〕とは……。
『いよいよリョウに感化され始めたか』と、姫は心配していた。
そんな勘違いをされかけているとは知らず、シンは。
「ああ、ちょっと気になってな。」
「昼休みのやり取りの、あれですか?」
ちゃっかり姫も、あの光景を見ていたらしい。
因みに智花は、呆れた顔をしていた。
シンもリョウも当然、それには気付いていない。
「そう。本当の事は、本人に直接聞いた方が早いからな。」
シンが言う。
『男って……』なんて考えてしまう、姫。
テレビ画面を確認しながら、シンは。
「そろそろクライマックスだ。相手の怪人を倒した瞬間に入るぞ。」
「分かりました。」
そう返事をしながら、姫は思う。
リョウさんの影響を、最小限にしなくては。
そうで無いとシンが、あっちの道に進んじゃう。
変な所に気を遣う、姫だった。
怪人を倒したバケルンジャー。
その5人が変身を解いた瞬間に、2人は着いた。
そして、バケルンジャーのメンバーに駆け寄る。
「済みませーん。」
何だ?
ぎょっとする5人。
しかし2人が『怪人では無い』と分かると。
安堵すると共に、2人へ対し警戒心を示す。
当然である。
敵を倒した直後に現れる一般人、それもこんな辺ぴな場所に来るなんて。
常識で考えれば、おかしな事だらけだった。
しかも、変身を解く所を見られてしまった。
『相手をするしか有るまい』、5人はそう思った。
シンは5人に挨拶する。
「バケルンジャーの皆さんですよね?初めまして。」
無言の5人、まだ警戒している。
それでも構わず、シンは話を続ける。
何とか成るだろう、漠然とそう思いながら。
「俺達は、こことは違う世界から来ました。信じられないかも知れませんけど。少々、お尋ねしたい事が有りまして。」
『別の世界?本当か?』
思い掛けない、シンの言葉に。
堪らず、バケルンジャーブルーが尋ねる。
シンが、それに答える。
「はい。話せば長くなるんですが……。」
『どちらにせよ、ここでは不味い。基地で話そう。付いて来てくれ。』
バケルンジャーレッドが、シン達に告げる。
それに対し、まだ2人を警戒しているバケルンジャーイエローが。
『良いのか?信用して。』
『彼等が何か、私達にするとは思えないわ。信用して良いんじゃないかしら。』
バケルンジャーピンクが、レッドに同意する。
納得行かない様子のバケルンジャーブラックは、『しょうが無いなあ』とボソリ。
皆はゾロゾロと、それぞれの担当メカに乗って移動し始める。
シンと姫は、レッドのメカに乗せて貰う事になった。
『なるほど。その力でこの世界に来た、と。』
「はい。これは、紛う事無き真実です。」
バケルンジャーの基地へ到着した後。
事態を要約して、シンは5人に説明する。
シンは続けて、5人へ。
「結構子供達に人気なんですよ、この番組。」
『〔番組〕かあ。何か、不思議な気分だな。』
シンの言葉に、イエローが頷く。
ピンクも笑いながら言う。
『まさかこの世界を、テレビ番組として放送している世界が在るなんてね。』
『それで、聞きたい事とは?』
レッドが早速、本題へ入ろうとする。
『おっと、そうでした』と、シンは改まって。
5人に尋ねる。
「技を出す時って、毎度毎度技名を叫ぶじゃないですか。あれは、そうしないと使えない物なんですか?」
『いや、普通に出せるよ。』
あっさりとブルーが、そう答える。
え!
驚いた姫が、更に尋ねる。
「ではどうして、大声で叫ぶんですか?」
すると彼等から、意外な答えが返って来た。
それに、シンも姫も。
『えっ!』とびっくりしたのだが。
それは。
『あれは、避けて欲しくて。わざと遣ってるんだよ。』
その後、レッドが話し出した説明では。
こんな裏事情だった。
確かに、〔怪人達〕や〔それ等を操っている連中〕は。
この世界を侵略しようとする、悪い奴だ。
しかし、あちらには。
あちらなりの理由が有るのではないか?
出来るだけ、戦いは避けたい。
ならば、大声で技名を叫ぶ事で。
穏便に退散して貰いたい。
と言う事らしい。
『でも悲しいかな、あちらも必死の様でね。上手く行った事は、一度も無い。』
「そりゃあ、そうでしょう。そんな事になったら、番組として成り立ちませんから。」
レッドの言葉に対して、そう答えるシン。
シンの返しを受けて、レッドは。
『そこなんだよ。我々は君達に出会い、〔別世界で番組として放映されている〕事を知ってしまった。〔避けられない戦い〕と分かってしまった。それが残念なんだよ。』
「あ……。」
また余計な事をしてしまった。
シンはそう思った。
「済みません……。」
シンは素直に、5人へ謝る。
姫も、頭を下げる。
シンは、申し訳無い気持ちで一杯だった。
『悪気は無かった』、それをひしひしと感じるメンバー。
シンの気持ちを和らげる様に、ブラックが言う。
『良いよ。いずれは決断しなければならない事だったから。』
「じゃあ、あのド派手な登場シーンも……。」
恐る恐る、シンが尋ねる。
傷付けてしまわないかと、心配しながら。
シンの質問に、レッドが答える。
『そう。我々が来たから、素直に引いてくれ。そんな、〔敵に対してのメッセージ〕さ。』
「叫ぶ言葉の中には、優しさが込められていたんですね。」
感心する姫、それとは別に。
シンの中には、とある考えが過ぎっていた。
昔から続く戦隊物シリーズは、最初は勧善懲悪物ばかりだった。
相手は絶対悪で、倒さなくてはならない敵。
でないと、この世界が危ない。
だから、完膚無きまで叩きのめす。
そうする事によって、『正義は勝つ』と言う事を。
見ている子供達に説いていたのだ。
しかし、或るロボットアニメが放送されると。
状況は一変した。
勧善懲悪のスーパーロボットアニメに取って代わった、そのリアルロボットアニメには。
〔味方にも敵にも戦うには理由が有る、好きで争っているのでは無い〕と言うリアル感が。
作中に盛り込まれたのだ。
そのアニメは大成功を収めた、その影響で。
それ以降放映された作品には、アニメだろうがドラマだろうが。
敵味方双方、戦う理由を設定付ける様になってしまった。
そして、勧善懲悪物は。
その煽りを受けて、ドンドン衰退して行った。
代表的な物が、〔時代劇〕である。
昔に比べて格段に減り、今放送されている数少ない作品でも必ず裏設定が有る。
特撮物も影響を受けたが、自らを変容させて何とか生き残ったのだ。
バケルンジャーもそれを受けているんだ、だからそんな考えに至ったんだ。
シンはそう考えた。
「テレビ画面の向こうで応援してます!頑張って下さい!」
5人にシンは、こんな言葉しか掛けられなかった。
その虚しさを、姫も感じ取っていた。
『おう、任せとけ!』
ムードメーカー役のイエローが、胸を張る。
『この世界の人々だけじゃなく、もっと大勢の人が応援してくれてるんだ。』
『前を向かないと、ね?』
メンバーは口々に、そう言った。
彼等の言葉に、シンは少し救われた気がした。
「何時の間にか、こちらの世界の都合を押し付けてしまってたんだな……。」
テレビの中から戻って来たシンは、そう呟く。
姫は久し振りに、〔有りし者〕らしい事を言う。
「シンのせいでは有りませんよ。これも必然だったんだと思います。」
「そうだな……。」
シンは無理やり、納得しようとする。
そして、番組が終わろうとする頃。
『今回は、特別メッセージが有ります』と言うナレーションと共に、或るVTRが流れた。
それを見て2人は、不覚にも泣いてしまったのだが。
そのVTRとは。
《いつも、俺達を応援してくれてありがとう。》
《今回は。応援してくれてる人達が、画面の向こうに【も】沢山居る事を知って。とても勇気付けられました。》
《これからも頑張ります。ですから最後まで、俺達の戦いを見届けて下さい!》