第9話 雨女?いえ、天然です【ジャンル:アニメ】
本格的な梅雨のシーズンがやって来た。
毎日雨が続く。
いつもはテンション高めのリョウも、うんざりな顔が続いていた。
「早く終わんねえかなあ。」
どんよりとした空を見上げて、呟くリョウ。
そんな彼に、智花が声を掛ける。
「らしくないわね。」
「偶には俺も、センチメンタリズムに浸りたい時は有るさ。」
「それ、意味分かってて言ってる?」
「失礼な。そんなにおかしいか?」
「おかしいわね。元気の無いリョウなんて、リョウじゃ無いもの。」
「そう言われると、返す言葉も無いよ。」
そんな、リョウと智花のやり取りを見ていて。
姫は考えた。
ジメジメした雰囲気を忘れるにはどうしたら……。
せめて、シンだけでも……。
帰宅した後、雨で濡れた箇所を拭きながら。
姫は何と無く、テレビを見ていた。
すると、或るアニメの予告が目に入る。
これだわ!
ピーンと頭に閃いた姫。
その隣に、スッとシンが座る。
「何か気になるのか?」
「これです、これ!梅雨の憂さ晴らしには、丁度良いでしょう!」
それは、今放送中のサッカー物。
日本代表が赤道直下でアルゼンチン代表と闘う、と言った次回予告だった。
姫がシンに提案する。
「南国ならスカッと晴れていて、梅雨の鬱陶しさを解消出来ると思うんです。どうでしょう?」
「サッカーか……。悪く無いな。」
スポーツは、それ程嫌いでは無かったので。
シンも素直に、姫の提案に応じる。
「放送日は……明後日ですね。楽しみだなあ。」
はしゃぐ振りをして、姫は。
こっそり、シンの顔色を窺う。
シンの表情は、特に変わり無かった。
シンをリラックスさせるんだ。
今回姫は、柄にも無く張り切っていた。
放送日、早速中に入る2人。
今回は観客席では無く、会場の通路に出た。
「おかしいなあ。いつもは都合の良い場所に出るのに。」
シンはいぶかしがるも、気を取り直して。
「仕方が無い、観客席への入り口を探すか。」
2人は会場内を歩き始める。
頭の中には何故か、実況と解説らしき声が延々と聞こえて来る。
試合が始まるまでの状況説明として、アニメで流れているのだろう。
そのせいでシンは、或る事に気付かなかった。
漸く、シンが気付いたのは。
遠くからゴオンゴオンと、大きな音がして。
『ただ今、システムトラブルが発生しております。少々お待ち下さい。』
そんな場内アナウンスが流れて来た時だった。
「今の何だろうな……えっ?」
シンが振り返ると。
いつの間にか、姫の姿が見当たらない。
「どこ行ったんだよ、あいつ。しょうが無いなあ。」
丁度シンには、試してみたい事が有った。
良い機会だ、遣ってみるか。
シンが、或るイメージを思い浮かべると。
目の前に、直径1m程の黒い円盤が現れた。
その中に右手を突っ込み、掴んだモノをそこから引き摺り出す。
「きゃあっ!」
シンが掴んだのは、姫。
円盤の中からポンッと出て来た、どうやら成功した様だ。
「場面移動が出来るんだから。こう言った事も出来るんじゃないかと思ってたんだ。」
シンは姫に、こうなった経緯を説明する。
すると姫は、プンスカと怒り出す。
「私で試さなくても良いじゃないですか!」
「迷子になったのはそっちだろ。」
「それはそうなんですが……。」
姫は言い返せなくなり、シュンとしてしまう。
「で、何処で何やってたんだ?」
シンが問い掛けると、途端に姫の顔が青ざめて行く。
姫の様子がおかしい、そう感じるシン。
あわあわしながらシンへ、必死に何かを訴える姫。
「わ、悪気は無かったんです!あんな事になるなんて……。スイッチが一杯有ったので、好奇心でつい……。」
「……何か遣らかしたな?」
「あは、あははははは。」
いつもは冷静な姫だが。
この時ばかりは、冷や汗タラタラ。
シンが姫へ、にじり寄る。
「それは、今後のストーリーに関係が?」
「いやあ、どうでしょう……。」
姫が白を切り始めた。
こう言う状態になったら、聞くだけ無駄だ。
シンは姫の手を取り、焦った様に言う。
「さあ行くぞ、試合が始まっちまう。」
心の中に不安が渦巻くも。
『考えるだけ無駄だ』と思い込む事にした、2人だった。
観客席に座ると、丁度選手達が入場して来る所だった。
国歌斉唱の後に、コイントス。
いよいよ試合が始まった。
このアニメは、とんでも技が出ないリアル物なので。
実際と同じ臨場感が味わえる筈だ。
それにしても、実況と解説が常に聞こえていて。
うるさい事、この上無い。
『この音声、消せないもんかなあ』と思ったシンだが。
アニメの性質上、これもストーリーに含まれる為。
消す訳には行かなかった。
戦況は、日本側が不利。
相手はあのアルゼンチンだ。、一筋縄では行かない。
前半から、押される状況が続く。
おっと、前半18分。
日本が先制のチャンスを掴む。
ドリブルで上がって行く、日本代表選手達。
華麗なパスを繋げて、相手ゴールに迫る。
すると、雨らしき物がぽつぽつと降って来て。
それは途端に、スコールへと変わった。
ザアーッ!
土砂降りの中、シュートしようとする日本代表選手。
しかし、突然の事に足を滑らせ。
折角のチャンスを逃してしまった。
その後は泥仕合。
お互い碌に満足なパスも出来ず、視界は悪くなるばかり。
とうとう試合は中止になった。
観客席からは、ブーイングが鳴り止まない。
シンはその光景に、疑問を持っていた。
確かこのスタジアムは、ドーム型。
雨なんか降る訳が無い。
シンはふと、天井を見上げる。
すると、どんよりした雲が顔を覗かせていた。
「あっ!」
そう、このドームは【開閉式】だったのだ。
『申し訳ございません。申し訳ございません。』
謝罪のアナウンスが流れ続けていた。
ははーん、見えて来たぞ。
シンは姫を睨み付ける。
「……お前だな?」
「面目ございません。」
姫の話によると、こうだ。
通路を歩いている時、姫は或る部屋を見つけた。
スイッチばかりの部屋で、どうやら管制室の様だった。
幸い誰も居なかったので、軽い気持ちで見学しようとしたが。
うっかり躓いて、『バン!』とスイッチ群を叩いてしまった。
その時から、スタジアムの屋根が開き始めた。
慌てて色々なスイッチを押すも、どうにもならない。
動揺しまくっている所で、シンに引き摺り出された。
と言う訳だ。
システムトラブルのアナウンスも。
『一度開いてしまったドームの屋根が、どうやっても閉まらない』と言う物だった。
しかし気象条件を考慮した上で、大丈夫と判断した運営側が。
試合を強行したのだ。
現実世界では、一試合開催するにも莫大な予算が掛かり。
放映権やスポンサー権などの絡みもあって。
余程の事が無い限り、なるべく中止したく無いのが本音なのだ。
その辺も、作品の設定として反映されていた。
シンはまだ、姫を睨み続けている。
ニタァッと不敵な笑みを浮かべながら、シンは姫に。
「どうなると思う?」
「さ、さあ……。」
視線を外す姫。
その先に回り込み、シンは言い切った。
「何か有ったら、お前だけで何とかしろよ。お前が遣らかしたんだからな。」
ここまで来ると、姫の天然加減にも困ったものだ。
「はい……。」
その場で縮こまり、シュンとするしかない姫なのだった。
結局、姫が何とかする事態にはならなかった。
2人が現実世界へ戻って来た後直ぐに、テレビ画面を見ると。
ボートが1隻、スイスイ進むだけの映像が。
とあるテロップを表示しながら、延々と流れていたのだ。
これが、シンの頭の中で流れていた鬱陶しい声の正体。
それは。
《今回の放送は、局の都合により延期致します。御了承下さい。》