第8話 もうどうにでもなあれ!【ジャンル:パンフレット】
「わあっ!」
テーブルの上に広がるパンフレットの山を見て、姫は目を輝かせていた。
シンの母親が、友人との海外旅行先を検討する資料として。
旅行用パンフレットを沢山、漁って来たのだ。
「こっちは海が綺麗ですね。あ、こっちも捨てがたいなあ。」
パンフレットを見比べながら、目移りする姫。
その様子を見ながら、シンはポツリと。
「また鳥にでも化けて、飛んで行けば良いじゃないか。」
「変化するのも、結構エネルギーが必要なんですよ。エネルギーを溜めるのに、どれだけ時間が掛かると思ってるんですか。」
簡単に言わないで下さい、そう言いたいらしい。
そりゃそうだ、シンも分かって物申している。
また姫が変な事を言い出さない様に、釘を刺しているつもりだった。
シンが、代わりのアイデアを提案する。
「じゃあ一度、天界に戻ってから。また目的地に降りるってのは?」
「あのですねえ……。」
姫も流石に、ムッとしている。
ここから、姫とシンの押し問答が始まる。
「天界は、下界以上に広いんですよ?天界では宙を飛べますけど、速度は精々ジェット機位までなんです。」
「十分速いじゃないか。」
「それでも地球の裏側まで、何時間も掛かるんですよ!そんなに便利なもんじゃ無いんですから。」
「その割には、俺をこき使ってるじゃないか。」
「それはですねぇ……あっ!」
ああ言えばこう言う、それを2人が繰り返す中。
姫が何かを見つけた様だ。
「これ、美味しそう……。」
それは、イタリア旅行のパンフレットに掲載されている写真の内。
カフェらしき所でお勧めとして売られている、イタリアンジェラートだった。
「食べたいなあ……。」
シンの方をチラッと見る姫。
プイッと無視するシン。
「ねぇ。」
猫撫で声で、姫がシンに迫る。
そして可愛らしく、首を傾けながら姫は。
「行きましょ?」
「い・や・だ。こんなの、近くにも在るだろ?」
「本場のが良いんですぅ。」
「そんな言い方しても、知らんものは知らん。」
拒否し続けるシン、すると姫は。
「食べたい食べたい食べたい食べたい食べたいーーーーっ!」
ソファに寝転がって、仰向けでジタバタ。
珍しく姫が駄々をこねる。
余程気になっている様だ。
『ちょっと、うるさいわよ。何話してんの。』
キッチンに居る、シンの母親にまで。
その様子が聞こえていたらしい。
「何でも無ーい。」
そう母親に返事すると。
シンは小声で、姫に囁く。
『分かった分かった。連れてってやるよ、もう。』
シンはとうとう根負けした。
『やったー!』と姫は、ガッツポーズ。
何処で覚えたんだ、そんなの。
ぶつくさ言いながら、シンは。
パンフレットを持って自分の部屋へ入る、姫もその後に続く。
机の上にはらっと置いたところで、シンの頭にふと或る事が過ぎる。
「待てよ?イタリアの通貨って、確か……。」
気になって、インターネットで検索する。
すると、思った通り。
「あっ、〔ユーロ〕じゃないか!俺、外国の通貨なんて持って無いぞ!どうすんだよ!」
「大丈夫です、何とかなりますって。はい、お財布持って。」
「俺におごらせる気かよ!全くもう……どうなっても知らないからな!」
渋々イタリア旅行に出掛けるシンとは、対照的に。
ウキウキの姫なのだった。
パンフレットの中へ入って直ぐ、カフェの前に着いた2人。
早速テラスに有る座席へと座り、メニューを覗き込む姫。
「お前、ユーロなんて持ってるのか?」
余りに堂々としているので、シンは気になった。
でも、姫の答えは。
「いえ。それが何か?」
「何か?じゃねーよ。どうすんだよ。代金払えないぞ!」
「気にしない気にしない。済みませーん。」
早速注文する姫。
ドキドキワクワクしながら、テーブルに届くのを待っている。
「何か頼まないと損ですよ?」
呑気な姫を尻目に、気が滅入って行くシン。
呆れた感じで、姫に一言。
「もう、適当に頼んどいてくれ……。」
お金が払えなかったら、どうしよう。
必死になって、打開策を考えるシンだった。
「あー、美味しかった。」
満足気な姫とは裏腹に、結局何も方法が浮かばなかったシン。
食べている間も、何の味も感じなかった。
「そろそろお勘定にしましょうか。はい、どうぞ!」
姫が両掌を前に差し出して、シンに合図を送る。
キョトンとするシン。
「何してるんですか。【通貨を日本円に変える】んですよ。」
確かにその発想は有った。
しかし荒唐無稽過ぎて、候補から外していたのだ。
「シンなら出来ます。その為の力ですから。」
またしても、図ったな!
失敗した時の事を考えると、とても恥ずかしかったが。
もうどうでも良くなって来た。
やけくそだ!
シンは右手のひらを天に翳して、思い切り叫ぶ。
「俺達が居る間だけ、通貨は!ユーロから円に変更だーーーっ!」
眩い光が、辺り一帯を広く包み。
そして淡く、消えて行った。
シンが、店の前に在る看板を確認すると。
ちゃんと通貨単位が、ユーロから円に変わっていた。
「さあ、お勘定お勘定。済みませーん。」
姫は大声で、店員を呼ぶ。
精算をし終わった後、シンは。
姫の顔を、じっと見つめながら尋ねる。
「念の為に聞くけど……。」
「はい?」
「現実世界には、影響無いんだよな?」
「勿論です。パンフレットには物語性が有りませんから、大丈夫ですよ。」
それだけを聞いて、シンは安堵した。
戻って来るなり、シンは姫に詰め寄る。
「だから、便利屋じゃねーんだぞ!まさかこの為に、俺に力を……。」
「違います!それだけは絶対に違いますから!」
慌てて否定する姫。
横を向きながら、ジト目で『怪しいなあ』と訴えるシン。
そっとシンの顔を覗き込んで、姫は。
「……嫌いになりましたか?」
「いーや。とんだ女神様が居たと思ってな。」
「それはどう言う意味ですかーっ!」
「『人間らしくなって来たな』と思ったんだよ、単純に。」
その言葉を聞いて、姫はハッとした。
私が人間に近付いている?
いえ、元々人間は〔有りし者〕の現身。
似ていて当然、でも……ああっ!
頭の中がややこしくなって来たので、姫は考えるのを止めた。
そんな事より、姫は。
美味しかったジェラートの余韻に、まだまだ浸っていたかった。