第7話 「御武運を」とは、誰が為?【ジャンル:漫画】
或る昼休み。
リョウが、いつにも無く真剣な顔をしていた。
シンがその手元を見ると。
そこには、今日発売の週刊漫画雑誌があった。
「やけに真剣だと思ったら、漫画かよ。」
呆れるシン。
そんな言葉は聞こえないのか、リョウは漫画の世界に没頭していた。
漸く読み終わって、満足気なリョウ。
そこで言った、シンの何気無い言葉が。
リョウの心に火を付けた。
「そんなに面白いのか?」
「面白いとも!○○先生が連載してるこれとか、△△先生のこれとか!世界観がハンパねーんだよ!特ににこれなんかさぁ、ヒロインが……!」
この手の事を喋り出したら、そう簡単には止まらない。
周りが呆気に取られる中、更に加速するリョウ。
くそう、何か止める方法は無いものか……。
シンは考える。
偶々目に留まった、ファンタジー物らしき漫画。
その一コマを差して、シンは言った。
それが上手い事に、リョウに対してのブレーキとなった。
「なあ。このコマで、主人公の勇者が魔法を使ってるだろ?」
「それが?」
「効果音とか描き込みとか、凄いけどさぁ。この魔法は本当に、そんなに威力が有るのか?」
「そりゃそうさ。仮にも〔必殺技〕だぜ?」
「〔必殺〕なのに、誰も死んでないけど?」
「え、そりゃあ演出だろ。」
リョウが言葉を詰まらせる。
もう一息だ、シンは押せ押せとばかりに。
「じゃあ、大した威力も無いって事だな。この必殺技とやらは。」
「いやいや、そう言う事じゃ無くて……待てよ?そんな解釈も有るのか……中々深いな……。」
お喋りが止まり、リョウは『ふむふむ』と考え出す。
しめた!
こうして、シンの目論見通りとなり。
暑苦しいリョウからお勧めから、無事に解放されたのだった。
『お昼休みの、お2人の会話なんですけど……。』
帰り道に姫は、そっとシンに話し掛ける。
智花が一緒なので、小声で。
『何か、気になる事でも有るのか?』
『はい、魔法の威力に付いてです。』
『あれか?あれはまあ、適当に言ってみただけさ。俺はそんなの、どうでも良いからな。』
『やれやれ』と言った感じで、そう話すシン。
すると、姫は。
『確認してみませんか?この世界には、魔法は有りませんし。』
『本気か?下手をすればまた、変な事に巻き込まれるんだぞ?』
今までがそうだった様に、碌な事にならない。
シンが懸念するのも当然の事。
それでも姫は、決意を曲げる気は無いらしい。
『はい。〔有りし者〕として、あらゆる事象を観測しておきたいんです。《ウルヴェルスク・姫乃》の名に於いて。」
なるほど。
シンが与えられた力なら、実際の世界には存在しない事象でも観測可能だ。
知識として蓄えておきたいのだろう。
姫の狙いをシンは、そう察した。
2人のひそひそ話に、智花は不機嫌そう。
「何、さっきから言い合ってんのよ。私も混ぜなさいよ。」
「いや、何でも無いんだ。ホント、何でも。」
シンは慌てて、その場を誤魔化す。
智花は思う。
何か、急速に。
姫乃さんとの距離が縮まってない?
私の方が、付き合いは長いのに!
少し、妬けちゃうな……。
シンがドンドン、遠くに行ってしまう様で。
一抹の寂しさを感じている、智花だった。
「貸してやるよ。」
そうやってリョウから、帰り際に受け取った漫画雑誌を開いて。
シンは悩んでいた。
今回はバトル回らしく、どのコマにも魔法の激しい描写が描かれていた。
一番適当なコマが見つけられないシンは、姫に尋ねてみる。
「何処から入る?なるべく安全な所が良いと思うんだけど。」
「そうですね……これなんかはどうでしょう?」
姫は、或るコマを指差す。
それは。
勇者御一行と行動を共にしているサブキャラ達の、戦闘シーンだった。
これなら、どさくさに紛れて。
安全な場所へ移動出来そうだ。
お互いに顔を見合わせて、頷くと。
シンが言う。
「決まりだな。じゃあ行くぞ。」
「はい。」
2人は、魔法が飛び交う戦場へとダイブした。
漫画の中へと到着する、シンと姫。
その少し遠くで、勇者達が魔物と戦っていた。
剣を携え突入する勇者、攻撃魔法で援護する魔法使い。
魔物を攪乱する忍者、回復役に徹する賢者。
見事な役割分担だった。
バトルが行われている箇所を確認して、2人はさっと岩陰に隠れる。
すると。
『何者!』
戦闘モードに入っていたサブキャラの一人(仮にAとする)が、こちらに感付いた。
不味い!
シンがそう思った、その瞬間。
『食らえ!』
魔物かどうか、確認もせずに。
魔法使いらしきサブキャラBが、シン達へ向け。
電撃をぶっ放して来た。
『あっ!まだ確認が!』
電撃発動の直前、Aがそう叫んだが。
既に遅かった。
シンは咄嗟に、右手のひらを天に掲げて。
『シールド!』と叫ぶ。
すると轟音と共に、電撃は綺麗に掻き消された。
『まだまだ!これはどうだ!』
剣士らしきCが、今度は斬撃を繰り出して来た。
シンは右腕で、姫を抱えながら。
左腕から、オーラで出来た剣を生み出し。
『ズバンッ!』と斬撃を弾き飛ばした。
斬撃の一部は、2人が隠れていた岩を破壊したが。
シン達自身は無傷だった。
『待って!一般人の様よ!』
賢者らしきDが、BとCを制止する。
パーティー4人が注視すると、本当にただの少年と少女だった。
『うわあ、また遣っちゃった。勇者様に怒られる……。』
焦るBとC、その中で。
Aは冷静だった、落ち着いて事態を整理する。
今の電撃と斬撃を躱すなんて……。
それにこの辺りには、人は住んでいない筈。
シン達にAは近付くと、怪しんだ目をして尋ねて来る。
『あなた達、一体何者なの?』
「私達は、旅の者でして。うっかり寝過ごしてしまい、気が付くと戦闘に巻き込まれていました。申し訳有りません。」
『そうだったの……。でもさっきの電撃は、かなり高位な魔法なのよ。それを消し去るなんて……。』
「いやあ。偶然ですよ、偶然。」
頭を掻きながら、そう弁明するシン。
ここは穏便に、事を済ませたかった。
『さっきは済まなかったな』と、Bは謝罪すると。
『何処まで行くんだい?』
「取り敢えず、近くの街まで……。」
『丁度良かった。俺達も、そこへ向かってる途中なんだ。良かったら、一緒に行かないか?』
Cがシン達を誘って来る。
シンは姫と、ヒソッと。
「どうする?」
「今は、従っておく方が良いと思います。」
対応は決まった。
シンは、Cの申し出を受ける。
「ありがとうございます。謹んで、お受け致します。」
そう答えながら、シンは考える。
なるべく勇者達には、近付かない様にしないとな……。
必殺技の効果を確認したら、急いでこの世界から離脱しよう。
シンは周りの情勢に、神経を尖らせていた。
『そうかい、それは大変だな。』
何時の間にか、辺りは夜になっていた。
近くの街まで、今日中には辿り着けない。
そう判断した一行は、道中の途中でキャンプを張っていた。
そこで、適当な設定をその場で作りながら。
シン達は、一行と会話をしていた。
「皆さん、お強いんですね。感服致しました。」
姫が一行をヨイショする。
Cは、満更でも無さそうだ。
『いやいや。その少年、確か〔シン〕と言ったか。彼も十分強いと思うが。』
「いえ、まだまだ修行中の身でして。」
シンもサラリと、Cを持ち上げる。
Dは、シンに関心を持った様だ。
『そういや、あれはどうやったの?電撃を避けた奴。』
「魔法で防御壁を張って、電撃を無効化しました。」
『何だって!超高位魔法じゃないか!』
シンの言葉を聞いて、Bが驚く。
しまった!
余計な事を言っちまったか?
シンは心配になって来た。
そこへCが、畳み掛ける様に。
『じゃあ、斬撃は?』
「あれは魔法で身体能力を強化して、素早さなどを上げました。オーラで剣を作り出し、それで払い除けました。」
『驚いた!反応速度から察するに、それも超高位並みだな。それに剣を作り出すなんて、聞いた事が無い。』
シンの説明に、Bが感心する。
Aが思わず、ポツリと言う。
『ひょっとして、私達よりも遥かに強いんじゃない?』
「流石にそれは無いですよ。修行中だと言ったでしょう?」
言い訳がドンドン苦しくなるシン。
Aの意見に、一行の他の者が反論する。
『そうだそうだ。それでは我々の立つ瀬が無い。』
『でも彼等に、一緒に来て貰えれば。凄い戦力になるよ?彼にとっても、修行になるし。』
話が段々嫌な方へ進んで行くのを、シンは感じていた。
これ以上は避けないと。
シンは、適当にはぐらかそうとする。
「連れの女の子は、戦闘には向いていませんし。ましてや、勇者様と共に行動するなんて。そんな無礼な事は……。」
『あーっ、もうらちが明かない!その話は明日にしましょう!もう寝ないと!』
『そうだな。じゃあまた明日。』
パーティー4人は、自分達のテントに入って行った。
『それでは』と、シンと姫は。
一行に建てて貰った、別のテントで。
一緒に寝る事になった。
ジーッと姫が、シンの目を見つめる。
「安心しろ!何もしないって!」
シンは慌てて否定する。
そんなシンの態度に、心の中でがっかりする姫。
寧ろ、何かしてくれた方が嬉しいのになあ。
シンとの関係を深めるチャンスと思っていた姫は、大層残念がった。
翌朝、何故か。
4人とシンは、向かい合って立っていた。
一行は話し合った結果、シンの実力を試す事にしたらしい。
『お互い手を抜かない事、良い?』
Aはそう言うが、シンは手を抜く気満々だった。
〔勇者と同行するに値する実力有り〕なんて判定されたら、この世界観やシナリオが狂う可能性が高い。
それは、何としても避けたかった。
元気な感じで、Dが言う。
『後で私が、しっかり治療するから。安心してねー。』
『では行くぞ!それっ!』
Bが剣で、シンに斬り掛かる。
シンは出来るだけ剣を引き付けて、〔ギリギリ躱せた振り〕をした。
『何だ!そんなもんじゃ無いだろ!本当の実力を見せてみろ!』
それを遣っちゃったら、勇者まで全滅するんだって!
心の中でそう思いながら、シンは。
Bの剣撃を、〔勿論、わざと〕よろよろになりながら避けていた。
『これならどうだ!』
Cが魔法で竜巻を起こす。
シンは『うわーーっ!』と、わざと大声で叫びながら。
〔やっとの思いで逃げ切る振り〕をした。
今度はBとCが、コンビネーションを仕掛けて来た。
Cが魔法で逃げ場を一か所にし、Bがそこに斬り掛かる。
シンはそれも、わざと背中を見せ。
〔全力で逃げる振り〕をした。
『昨日のあれは、やっぱり偶然だったのかしら……。』
戦闘の様子を見て、Dが呟く。
チャンス!
実力不足と思い始めた!
シンは姫に、テレパシーを送る。
《次の斬撃を、あの岩に誘導するから!繰り出される時に、お前をそこへ移動させるぞ!》
シンの真意を汲み取った姫は、コクンと頷いた。
『食らえ!』
Cが斬撃を繰り出した。
岩陰に入るシン。
岩に斬撃が当たると同時に、AとDの後ろに立っていた姫は姿を消す。
岩はスパッと切れた後、何故か爆発して。
周りが砂埃に覆われた。
それが晴れた時には、シンと姫の姿は無くなっていた。
思わずCが、大声を上げる。
『しまった!殺してしまったか!』
『いえ、その様には感じられませんでした。気配が突然消えたと言うか……。』
そんな風に、Dが漏らす。
『何だったんだろう、あいつ等。』
『もう少し、お話ししたかったですね。』
口々に言うメンバー達。
その中で、かつて勇者候補だったAだけは。
何が起こったかを理解していた。
斬撃が当たる瞬間に、【岩を分解して砂に変える】とは。
それを煙幕にして、姿を消した。
私達の常識を超えていますね。
2人には、何か事情が有るのでしょう。
勇者様の力になって欲しかったのですが……。
心の底からそう思ったAは。
消えた2人に、この言葉を送った。
『御武運を。』
「上手く行ったみたいだな。」
漫画の世界から戻って来たシンは、そう言った。
砂埃に塗れた筈の衣服は、まるで洗い立ての洗濯物の様に綺麗だった。
それは〔漫画の世界に入る時、そう言う状態だった〕だけ。
そう、単に初期化されたに過ぎなかった。
「どうなっているか、確認しましょうか。」
早速ペラペラと、ページをめくる姫。
そして、安堵の表情を見せる。
「大丈夫です。何処にも私達は、描かれていませんよ。」
姫の言葉を聞いて、へたり込むシン。
姫に向かって、愚痴を漏らす。
「今日は、本当に疲れたよ。」
「いつもお疲れですね。」
「誰のせいだ、誰の。」
「さあ?」
2人は、他愛の無い会話を続ける。
「そろそろ飯だ。今日は何かなあ。」
シンもすっかり、安心しきっていた。
そこでふと、当初の目的を思い出す。
「そういや、結局。必殺技の威力を確かめられなかったなあ。」
Aが言った『御武運を』と言う台詞は、勇者に対して発した事になっていた。
シンと姫は気付いていなかったが。
実力試しの光景を、実は。
遠くから、勇者一行も見ていた。
だからその言葉は、『勇者に対しての発言』と勘違いさせる事になったのだ。
経験から、勇者は。
主人公である自分や、ラスボスである魔王よりも。
シンの方が強いと確信していた。
その事実をまざまざと見せつけられて、自信を喪失しそうになる勇者。
それを見かねて、Aが助言した。
『恐らくあの方々は、〔勝利の神〕なのでしょう。あなたが立派にお勤めを果たしているか、こっそり見に来たのだと思いますよ。』
『君が言うなら、そうなんだろう。気遣いありがとう。我々も頑張らなくては。』
『はい。』
因みに、この〔勇者とAとのやり取り〕は。
漫画上では描かれていない。
しかし今後、4人のサブパーティーの人気が上昇して。
『スピンオフでも』なんて話になったら。
もしかすると、シンと姫が作中に登場するかも知れない。
その時、シンはどうするだろう?
全ては、作者(と漫画の人気)次第だ。