第4話「魔法」
聖輝石の輝きと共に、輝太は"変身"した。
その体には甲冑のような防具がついていた。金属のような光沢があるが、あまりにも軽すぎるために金属であるかどうかは定かではない。しかし、その姿はいつか見た魔法使いに似たものであったが、別のものであるのは一目で理解できた。
青を基調とした外套のような姿だった彼に対し、輝太が纏うものは外套というよりも、戦闘服と言った方が相応しいような姿だった。
何より、その姿に色はなかった。白と黒のモノトーン調の姿……まるで、これはまだ本来の姿ではないと、そう告げられているような無機質な色だった。
吹き荒れる力で、いつかの昔に憧れたヒーローのようなマフラーがたなびく。
陽光に反射して煌びやかに輝く聖輝石を胸元に携え、輝太は改めて自分の身なりと、その身に纏う感覚を確認する。
「なん、だこれ……体の中から、力が溢れてくるみたいな……」
<それが"魔装"だモル。魔法使いは聖輝石に願いを託すことによって、それぞれ違う形の魔装を身につけるんだモル>
「……ん、あれ?ぬいぐるみさん?どこ行ったんだ?声は聞こえるけど、いつの間に逃げたわけ?」
<だから、ぬいぐるみじゃねぇモル!!>
突如として胸元から顕現したモルに顔面を蹴られる。
「痛い!?なんだそれ、お前この石から出入りできるわけ!?お前ぬいぐるみじゃないのか!?」
<だから最初からぬいぐるみじゃないって言ってんだろコラァ!!モルは精霊、魔法使いが持つ聖輝石の中に入れる……言わばその石の護り手みたいなもんモル。この体を聖輝石の中に収めることが出来るし、ショータとテレパシーで会話することも出来るモル>
「……んー、よくわからん。詳しい話は、追い追い聞かせてもらうからな。────────今はとにかく、アレをどうにかするぞ」
息を整え、輝太は予習しておいた魔法少女モノのアニメのように戦闘態勢に入る…………のだが、
「………………で、戦うってどうすりゃいいんだ?」
<ショータ!前!前!!>
モルの声で、慌てて前を向く。"侵略者"の数メートルにも渡る拳が、輝太に向けて襲いかかる。
「わ、とっ、ちょ………!!」
<避けるモル!!>
「どうやって!?」
<ええいうだうだ考えるんじゃねぇモル!!つべこべ言わず………飛べ!!>
膝を曲げ、腰を落とし、足全体に力を込めて、バネのように体を伸ばし、輝太は跳んだ──────否、飛んだ。
それは、跳躍と呼ぶにはあまりにも大きすぎた。立ち塞がる"侵略者"を越え、"侵略者"が破壊したビルをも越え………眼前に広がるのは、聖緑市の全景、そして、悠然と広がる空。輝太は、優に100メートル以上も飛躍していた。
わぁ、地球ってほんとに丸いんだなぁ。なんて感傷に浸る間もなく、僅かに残された滞空時間であらゆる疑問を踏み倒して叫ぶ。
「わ、わぁーー!!ぎゃーーーーー!!なんだこれ、なにがどうなってる!?飛ん、飛んだのか俺!?地面からここまで!?はぁ!?」
<魔法使いならこれくらい当然モル。けど、まだ力が調整できてないモルね。そこんとこはモルにお任せモル>
「調整って何………って、待て。待て待て待て待て、冗談じゃないぞおい……!!」
ジタバタと手足をクロールのようにせわしなく動かすが意味を成さず、時間切れである。
あらゆる惑星の宿命に従って、輝太は空から落ちていく。高く高く飛んだ分、落ちるほどにその速度を高めながら。
「おいおいおい、このまま着地したらどうなるんだ!?この鎧みたいなのあるから大丈夫なんだよな?な!?」
<まぁ、死ぬモルね>
「冗談じゃねぇぞぉおおおおおおおおーーーー!!」
落ちる。落ちる。落ちる。
落下を始めてからものの数秒で、地上50メートル付近にまで至る。
<今のショータに高度な魔法は使えないモル!それに、ショータの魔装の形からして、出来ることは限られてる……というか決まってるようなもんだモル!>
「………あぁ、そうだ。とにかく今は、アイツをどうにかするのが優先だ。どうすりゃいい、モル!」
<──────思いっきり、ぶん殴れ!!>
地上に向けて落ち始めて、更に数秒。
地上までの距離は40。30。20────────。
拳を硬く握り、胸の内から溢れる力に抗うことなく輝太は叫んで、拳を振るう。
「………う、ぉおおおおおおオラァァァアアッ!!!」
まさしく急転直下。
空から槍のように一直線に落ちていき、"侵略者"の脳天に直撃する。
ぶよん、と。ゴムボールのように"侵略者"の体躯はひしゃげ、やがて輝太の体は"侵略者"の体を貫き、明確に"何か"を砕く。
"侵略者"の体を突き抜けて、着地もままならないまま輝太は不恰好に地面を転がる。生きていた、なんて実感を得る間もないまま、本能的に輝太は振り返り、"侵略者"の姿を確認する。
いつか見た光景と同じものがあった。
"侵略者"の体躯は光る粒子となって、空に融けていく。
荒々しく息を吐きながら、輝太はその光景を見上げていた。見上げた半透明な空が、頂天から崩れていくのが見えた。膜のようなものが剥がれ、夕暮れ時の赤い空が映し出されていく。その光景に合わせるように、崩れたビルや道路が、ビデオを巻き戻したかのように復元されていく。
<………ま、及第点ってとこモルね>
「何様だよ、馬鹿野郎」
<魔輝空間が解け、因果が復元されていくモル。壊れたものは全て復元されるし、今起きたことを他の人々が知ることはないモル。…………誰に感謝される事もないのが、少しだけ残念モルね>
「何言ってんだよ」
落ち着いた息を吐いて、自然と魔装は粒子となって消え、変身は解ける。
改めてその姿を現した精霊に向け微笑みながら、輝太は告げる。
「誰かに見返りを求めたら、ヒーロー失格だろ?」
それだけ言って、輝太の意識は落ちた。