第3話「変身」
────────俺は、
生まれてからこの13年間で三度死んでいる。
初めて死んだのは、この世に生まれるその時だ。
病弱だった母は、普通の出産が不可能と判断され、手術で胎内の子供を取り出すことになった。それが俺だ。
しかし、母の体は手術に耐えられず、母体の命を取るか、子供の命を取るかという選択を迫られた。そして、母が選んだのは子供の命だった。それが初めての"死"。
それから数年後。人生に絶望し、自暴自棄になった男が街中でトラックを暴走させた。それが、二度目の"死"を経験した時だった。
暴走トラックに轢き殺されるはずだったあの日、故も知らぬ、見ず知らずの誰かに命を救われた。自分の命を犠牲にして、救ってくれた。彼女は死の間際さえ、何ひとつ悲壮に塗れた顔もしなかった。ただただ何かに安心したように、無事でいる俺の姿を見て「よかった」と。ただそう呟いた。
そして、三度目の"死"。
数年前にこの町、聖緑市で起こった『聖緑市災害』。ビルが倒れ、地面が抉れ、多くの人が傷つき、死に至った災害があった。詳しい原因は究明されていないが、地殻の異常で起きた地震が原因で起きた災害、ということになっている。
その時も、俺は死ぬはずだった。
そしてまた命を救われた。最愛の家族である、兄に。
ビルの倒壊に巻き込まれそうになったところを、兄が俺を押し出して救ってくれた。結果的には死には至らなかった。しかし、兄は代わりに脚を動かす力を失った。今もなお、兄は車椅子生活を余儀なくされている。
この13年の間で、俺はとうの昔に死んでいるはずだった。
しかし生きている。生かされている。母と、見知らぬ誰かと、兄によって。その犠牲によって生かされている。そんなものの上に成り立つ生など受け入れていいのかと、何度も何度も悩んだ。
父は言った。「悲しまなくたっていいんだ」と。
誰かの親族は言った。「あの子の分も生きてくれ」と。
兄は言った。「お前が生きていてくれてよかった」と。
───────だから、俺はもう死んでいるのだ。
自分の命など、生まれた頃から失っているのだ。
だから、誰かのために生きようと思った。
俺を生かしてくれた人たちに報いるために
その何倍でも、何十倍でも命を救おうと思った。
誰かを救おうと思った。
誰かを助けようと思った。
それが、神郷輝太の生きる理由なのだから。
それが、俺が生きていくための義務なのだから。
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「大丈夫ですか!?」
輝太が駆け出した先で、横転した車に閉じ込められている老人が居た。割れた車の窓から助け出し、イニミクスとは逆の方向に走るよう誘導する。
「あ、ありがとう……!」
「いいから、はやく逃げて!」
それから、輝太は人々の避難誘導を行いながら人助けを行なった。我が身など省みずに、ただひたすらに。
「バカ!急になにを走り出してるモルか!」
「誰がバカだ。困ってる人を助けてなにが悪い」
「魔輝空間の中で起きた出来事は全て巻き戻すことができるんだモル!魔輝空間は膨大な魔力の発生によって生まれる、この星とエンタークを護るための魔輝結石の自衛措置。侵略者が来た時に作られる"因果の分岐点"みたいなものモル。アイツを倒せばその起点まで因果を戻すことができるんだモル。人が死のうと、建物が壊れようと、アイツを倒せば記憶も因果も全て戻るモル!だから、わざわざ命を危険に晒す必要は──────」
「そんなのは関係ねぇよ!!」
吐き捨てるように、輝太は言う。
「因果がどうとか、死んでも元に戻るだとか、そんなのは関係ねぇ。どんな理由があったって、簡単に亡くしていい命なんかないんだよ。助けられるのに、助けなくていい命なんかないんだよ!!」
「………!」
「……………お前、言ってたな。魔法使いがどうとか、資格がどうとか、俺のパートナーがどうとか。つまり俺は、"アイツ"みたいな魔法使いになれるってことなんだろ。……アレを倒せば、この騒ぎは収まるんだろ。だったら教えろ、アレを倒すにはどうすればいい」
「……これを受け取るモル。これは"聖輝石"。これを手にしていれば、この世界に充満している魔力を収束させて…………」
「説明が長い!手短に言え!」
「〜〜〜〜〜!!それに、ショータの"願い"を込めるモル!どんな願いでもいいモル。とにかく、ショータの胸の中のありったけをその石に込めるモル!そうすれば、侵略者と戦う力がその身に宿るモル!」
精霊から投げ渡されたのは、銀の装飾に包まれたペンダントのようなもの。その中心には、無色透明の宝石のようなものが埋め込まれていた。
「…………願い、」
胸の前で、ペンダントを強く握りしめる。瞬間、輝太の胸の内と呼応するように、手のひらから眩い光が溢れだし、輝太を中心に、嵐のように不可視の力が舞い上がる。
頭の中に言葉が流れ込む。それはまるで呪文のような言葉であり、言葉というよりも、言霊そのものとも言えるようなものだった。これを口にすれば力が手に入るのだと、心に訴えかけてくるような感覚があった。その感覚に身を任せ、輝太は目の前に立ちはだかる敵を見据える。
「……俺の、願いは────────!!」
手の中の聖輝石がより一層輝きを増す。輝太の胸から溢れる願いが、確かな光となって発現する。
そして、頭の中に奔流する言葉に、
胸の中に溢れる力に抗うことなく────叫ぶ。
「────────変身!!」