第2話「精霊」
「……んだこりゃ、ぬいぐるみ…?」
ヒョイと、輝太が空から落ちてきた謎の物体を持ち上げ、ぐるぐると回しながらその身なりを確認する。
四肢があり、犬のように出っ張った口があり、触れた部分には、毛のようであり布地のようでもある妙な手触りがあり、何よりその重さはぬいぐるみにしてはやたらと重く、どことない生物感を醸し出していた。
「犬……いや、トカゲか?いやでも羽あるし、ツノもあるし……あぁ、なんかのアニメのキャラか?」
「……いつまで見るつもりモルか!モルはぬいぐるみじゃないモル!!!」
その時、輝太の行動に意を唱えるようにぬいぐるみ(?)が叫び、ジタバタと暴れだした。その様子に思わず輝太は面食らい……
「……………すげーな最近のぬいぐるみは、動くし喋るのか。へー」
「だから、ぬいぐるみじゃないって言ってんだろモル!!!」
「あ痛っ。ちょ、変に柔らかい手で殴るな!微妙に尖った爪で引っ掻くな!やたら騒がしいぬいぐるみだな」
「だから、ぬいぐるみじゃねーモル!!!」
やがてそれは輝太の手を離れ、その身の半分の大きさもない羽をはためかせて宙に浮いた。輝太はそれを見て思わず口をあんぐりさせる。
「……………すげー、最近のぬいぐるみは空も飛、」
「だから、ぬいぐるみじゃねーモル。いい加減にしろモル」
大きな足を輝太の顔面に食い込ませ、それ以上の言葉を抑えた"何か"は地面に降りて、座り込む輝太に告げる。
「モルは精霊の国"エンターク"からきた精霊だモル。これから魔法使いになるショータのパートナーとしてサポートすることになったモル。よろしくだモル」
「エンターク……?なんだそりゃ」
「遥か昔から、この"蒼の星"を守護するのに力を貸してきたのがエンタークだモル」
「蒼の星………………?」
「蒼の星を脅かす"侵略者"を倒すための"魔法使い"……その資格がショータに与えられたモル。この星の奥深くに眠る"魔輝結石"を守護し、"魔輝片"を集めて────────」
「だーーーーもうわかんねぇよ!専門用語ばっかり喋んな!まったく頭に入らねぇよ!!」
「………………あれ、というかショータ、モルを見て驚かないモルか?」
「……いや、別に。この前変なバケモノだって見たし、あーゆうのがいるんなら、お前みたいのもいるのかもって、アニメ見てて思ったたけだ。それに魔法使いだって……………ちょっと待て、お前さっき、俺が魔法使いになるとかどうとか言ってなかったか?」
「ちょっと待つモル。ショータ、なんで侵略者のことを覚えてるモル……?」
「いや先にこっちの質問に答えろ、魔法使いがなんだって?」
「いや、そんなことよりも大事なことモル!なんでショータは────────」
直後、何かが起きた。
何か、というのが、明確に何なのかを輝太は理解できていなかった。しかし、周囲を見回してその異常に気づく。最初は目の錯覚かと思いゴシゴシと目を擦るが、眼前に広がる光景は変わらない。
見える世界の全てが、不可思議な空間に包まれていた。
まるで、半透明のフィルターでもかけたように、世界の全てが白んでボヤけていた。しかし、視界の端で走る車も、歩く人も、何ひとつ変わらず動いている。
……まるで、この異常を誰も認知できていないかのように。
「"魔輝空間"……!ショータ、気合を入れるモル!」
「なんちゃら空間ってなんだよ、っていうか何が起こってんだよ!」
「侵略者だモル!戦う時がきたんだモル!」
「はぁ!?お前なに言っ────────」
そして、衝撃が巻き起こった。
輝太の背後で、ビルが倒壊する。地面が抉れ、車が弾き飛ばされる。進むたびに大地が揺れ、叫ぶ声は空を震わせる。
────────侵略者。
10m程の体躯を持つそれは、突如として街の中心に現れた。
「アレが侵略者だモル。この星に眠る魔輝結石を狙う者たち。そして、我らがエンタークの崩壊を目論む者たちモル」
「………っ!!」
「ちょ、ショータ!?」
輝太は一目散に駆け出した。脇目も振らず、真っ直ぐに。眼前で暴れる侵略者の元へと。
白んだ世界の"中"は、決して異常などではなかった。人々は侵略者に臆し、侵略者が砕く建造物の破片によって命の危機に瀕していた。……そんな世界を、見逃せるわけなどなかった。
─────だって、神郷輝太は、
誰かを助けるためだけに生きているのだから。