魔王様の御戯れ
「ふむ、では毎週恒例の魔王軍会議を行いたいと思う」
広い室内の中心には大きな円卓のテーブルがあり、上座には魔王である俺が座り、そこから時計回りに魔王軍の四天王が序列順に座っている。
そして俺の後ろには魔王専任の世話係であるメイドが控えている。
「さて、今回の議題だが、いつもの如く脆弱な人間共の数ある国の中から、次に殺す国の王を選別しようと思うのだが、諸君らの意見を聞きたい」
円卓に座る四天王へと視線を巡らせると、第二席である『氷結』のヴェネラスが手を挙げて発言の許可を求める。
俺が無言のまま頷くと、ヴェネラスは俺の様子を伺いながら恐る恐る答えた。
「魔王様、そろそろ御戯れは御止めになりませんか?」
「戯れ?戯れとは何だヴェネラス」
「もう人間は我らに歯向かう気は毛頭ありません。このような事をする必要性はもうないかと思われます」
確かにヴェネラスの言うことは尤もである。
ここしばらく人間が俺の領地に攻め込んできたという報告を受けた覚えがない。
だがしかし歯向かう気がないと断言も出来ぬだろうに。
それなのに必要が無いとは、ヴェネラスはどうしたいのだ。
「……では、どうしろというのだ?」
俺の問いかけに対し、ヴェネラスは待ってましたとばかりに勢いよく立ち上がり、申告する。
「世界征服すべきです魔王様!魔王様にはその力が十分過ぎるほどにあります!」
「ふむ、皆はどう思う?」
世界征服とは大きく出たものだ。
しかしそのような重大な事を俺一人の考えだけでは賛成することも反対る事も出来ない。
俺はそう思い円卓に座る他の者に意見を求めた。
まずは第一席、『雷帝』ガリアム。
「世界征服、素晴らしい事だと思います」
賛成に一票。
次に第三席、『吸血姫』クレアラ。
「私も魔王様は世界を手にするべき御方と考えておりますわ」
賛成にもう一票。
この時点で多数決としては賛成が三票であるのだが、最後に第四席、『獣王』ペスティナに目を向けると何やら悩んでいるようであった。
「……んー」
「どうしたペスティナ?貴様はどう思う?」
腕を組み、うんうん唸っているペスティナを促すと、いつもながらの間延びした物言いで答える。
「失礼ながら魔王様ー、世界征服しちゃうとねー、暇になっちゃうと思うのー」
「成程、それもそうだな」
流石ペスティナ、俺の物事に関する考え方をしっかりと考慮している良い意見だ。
更にペスティナは続ける。
「というかこの毎週やってる王様殺しゲーム?これだって人間が攻めてこないからって始めた暇つぶしだよー?」
「ふむ、もう何回しているんだったか?」
「計199回。今週で200回目となります」
ペスティナに指摘され、最初はそんな動機から始めたのだったなと思い返すと共に、既に何度このゲームをしているのだったか気になった俺は、後ろに控えるメイドのフィンシェに問いかけた。
すると、まるで質問されることが分かっていたかのように回数を即答されてしまった。
「最初はそりゃ面白かったよー?だって一国の王がいきなり突然死ぬんだもん。人間たちの慌てっぷりったらお腹がねじ切れるかと思ったよー」
初めて王を呪い殺した時は皆で空間系魔法を用い、その国の動向を見守りながら笑い合ったものだったな。
そうか、もうあれからそんなに経つのか。
「そうだな、それから毎週何処かの国の王が突然死んでいき、しばらくすると我の仕業と気付き討伐軍が編成されたのだったな。あの時は何人程攻めて来たのだったか?」
「計30万の大軍勢でした」
再びフィンシェへ問いかけても即答される。
本当に良く出来たメイドである。
別に忘れていたわけではないが、少し試してみたくなるのが好奇心というものだ。
俺は答えを聞き、大げさに反応することにした。
「おぉ、あれはそんなにいたのか!一瞬で片付いてしまったので気付かなかったぞ!」
「魔王様が上機嫌で極大魔法をぶつけていましたわね」
「はい、それで敵は全滅していたかと思います」
半分冗談のつもりだったが、あの時はそんなにあっさりと事が済んでしまったのだったか?
いや、部下がそう言っているのだからきっとそうなのだろう。
そうすると何と不甲斐ない討伐軍であろうか。
「何という事だ……では伝説の勇者という者はその中にはいなかったのか?」
そう、勇者。
魔王がいるならばそれを討伐する英雄が必ずいるはずなのだ。
まさかその討伐軍に紛れて死んでいるなんてことはあるまい。
俺の問いかけに対し、ガリアムが淡々と答える。
「勇者であれば魔王様が御戯れを始める前に死んでおります」
「何?病気か何かか?勇者をも殺す難病など聞いたことが無いぞ?」
勇者が死んでいるなど俺は聞いたことが無いぞ?
俺は直接戦った覚えはない。
故に流行り病で運悪く死んでしまったのかと馬鹿げた考えを口にしてみたが、そうするとペスティナが困惑気味に俺に語り掛ける。
「え、魔王様覚えてないのー?」
「何をだ?」
「一度だけこの魔王城の門前まで来た人間がいましたよね?あれが勇者です」
ペスティナの代わりにガリアムが答えてくれたのだが、その事に関して俺は一切記憶にない。
「門前……魔族宅配便の者ではなくか?」
「違います」
「最近デリバリーを始めたという城下で有名なピザ屋でもなく?」
「あ、今日のお昼それにしましょうよー」
む?流石ペスティナ、我が意を得たりだ。
俺も丁度噂のピザを食ってみたいと思っていた所だ。
ならば善は急げだ。
「そうだな、俺も一度食してみたいと思っていたのだ。フィンシェ、頼んだ」
「畏まりました」
どうせなら皆で食おうと思い至った俺は、控えていたフィンシェを使いに出す。
フィンシェが命令を聞き、部屋を出たのを確認すると、俺は今まで何の話をしていたのかド忘れしてしまった。
やはり歳は取りたくないもんだ。
「……で、何の話だったか?」
「勇者ですよ、魔王様」
「勇者か……あれはとても苦しい戦いだった……」
勇者の話題だったことは思い出したが、勇者に関しては全く覚えが無いので適当に感想を述べてみると、周りから冷ややかな視線を送られた。
「門前払いついでに殺しておいてそれは無いでしょう……」
「あの時は確か……何かお仕事をなさっていて、その邪魔をされて苛立った魔王様が空間系魔法でデコピンの衝撃波を門前に送り込み、勇者は強すぎる衝撃に耐えられず吹き飛ぶと同時に死んだのでしたっけ?」
「物理攻撃に対する耐性も万全に備えていた勇者だったがな」
「魔王様すごーい」
「そう褒めるでない、照れるではないか」
そうか、だから俺に勇者と戦った記憶が無かったのか。
何故なら戦わずして勝利を収めていたから。
そして勇者を失った人間共は俺の絶大な力に萎縮し、反抗しなくなっていったのか、成程。
しかしそうなると本格的に俺と本気で戦える奴など何処にいるのやら。
そんな風に考えていると、会話が途切れてしまったのを気にしてかペスティナが会議の本題を思い出させてくれる。
「それで魔王様ー、今週はどうするのー?」
「ふむ、人間の王を呪い殺すのも正直飽きていた所だ」
そう、実際ペスティナに言われるまでもなく俺自身199回もやっていると飽きていた。
人間も順応性を上げ、王が突然死した程度では動揺しなくなっていた。
そうなると実につまらない遊びだ。
「で、では世界征服を!?」
声を荒げるヴェネラスを手で制し、俺は一つ提案してみる。
「いや、たまには人間以外も相手にしてやるのはどうだ?」
「それはどのような?」
「ドラゴンに喧嘩を売ってみるのはどうだろうか?」
「なっ!?」
「流石魔王様、言う事が違いますわ」
ドラゴン、それは俺たち魔族に匹敵、いや、それをも凌駕する力を持つこの世界の絶対王者とも言われる存在である。
俺も直接戦った事は無いので何とも言えないが、奴らならば俺とも面白い戦いが出来るのではないかと薄々期待している。
どうせ裏切られるだろうが。
しかし部下たちは俺の提案に驚いているようであった。
それは俺の力を侮っているのではなく、俺がドラゴンを下せば、それこそ世界征服へ大きく前進すると考えているからであろう。
先程世界征服に乗り気ではなかった俺が急にそんな事を言ったのだ、ヴェネラス辺りは驚き過ぎて開いた口が塞がっていない。
「取り敢えず手始めにフレイムドラゴン辺りはどうだ?」
「魔王様、もうすぐピザが届くそうです」
「何?ではまずは冷めぬ内にピザを食うとしよう。話はその後だな」
しかし、話が盛り上がろうとしていた所に水を差されてしまった。
まぁ俺としても本気で考えているわけではなかったので、雑談はこの程度にしておくとしよう。
取り敢えずはピザを堪能しようではないか。
「では今週の会議はこれまでとする。皆、ご苦労だった」
ピザを皆で堪能した後、会議は続けられたが結局良い案は出ず、今日の所はお開きとなった。
皆に労いの言葉をかけ、退室を促すと、四天王の一人一人が俺に声をかけてくる。
「失礼します、魔王様」
いつも通り去って行くガリアム。
「またお会いできる日を……待ち望んで、おります……」
めっちゃ涙ぐみながら去って行くヴェネラス。
「魔王様、お元気で」
いつもより美しい笑顔を向けながら去って行くクレアラ。
「ピザ、美味しかったね、魔王様」
「あぁ、そうだな」
「またね」
普段間延びした口調で話すのに、こういった時だけまともに話すのは止めて欲しい。
ペスティナが去って行くのを確認し、まずは一息つく。
「……行ったか」
「そのようですね」
四天王が部屋を去っても、俺の専任メイドであるフィンシェは当然の様に傍に控えていた。
そんなフィンシェに語り掛けようという訳ではないのだが、独り言が口から勝手に出てしまう。
「……良い部下を持った。俺には勿体無いくらいだ」
「魔王様に部下は必要ありませんからね」
独り言と割り切って無視すれば良いものを、こいつも律儀な奴だ。
軽く鼻で笑う様に俺は言う。
「そう言ってくれるな」
確かに俺は一人でも人間に畏怖され、世界など簡単に手に出来ただろう。
だが、一人でそんなものを手にしたところで、なんの面白みもない。
そういったものは、他の者と共有しなければ面白くもなんともない。
先程食ったピザが良い例だろう。
美味いものは、複数人で美味い美味いと言いながら、味の評価を語りながら、適当な雑談をしながら食うのが一番美味いのだ。
会話が一旦途切れ、しばしの沈黙の後、フィンシェが遠慮がちに口火を切る。
「……よろしいのですか?」
「ふっ、老体がいつまでも頂点にいるのは鬱陶しいだろう。ここが引き際というものだ」
そう、俺の時代はもう必要ない。
後の事は後の者に任せるのが良い。
歳を取り、凝り固まった頭でっかちが上に居続けて良い事などあまりないのだから。
「そうですか」
俺の言葉を聞いても既に心が決まっているのか、いつもの様に冷静な口調で呟く。
多少は悲しんでくれても良いものを。
全く、可愛げのない奴だ。
「それに、折角の200回記念だ。それに見合う首となれば他になかろう」
「199の犠牲で賄えるほど、その首は安くありませんよ?」
「そうなのだろうな。実際、ヴェネラスは最初から俺を止めるつもりのようだったしな」
「魔王様の決定に異を唱えるとは、彼も成長したものです」
今日の会議でいきなり世界征服など言い出したのは、きっとこの事を回避したい一心での言葉だったのだろう。
そんな事は主である俺にとっては最初からお見通しであったし、それに賛同したガリアム、クレアラも気持ちは同じであったのだろう。
ペスティナのみが、いつも通りであったな。
あやつとが一番付き合いが長いが、未だに掴み切れぬ面白い奴だ。
「ヴェネラスはもっと強くなるぞ。他の者もそうだ。ガリアムは理性的過ぎるから、たまには我を出して暴れても良い。クレアラは今でも十分に美しいが、戦場でならばもっと美しく輝くだろう。ペスティナは……あやつは、好きなようにやるだろう」
四人とも、それぞれ毛色が違い、愉快な奴らであった。
そして、最高の奴らであった。
「魔王様でも先を明言出来ないとは、流石ですね」
「ペスティナは俺の部下であり、友だ。あやつに関しては好きにやらせるが良い」
「承知いたしました」
フィンシェの了承を聞き、俺に後顧の憂いは無くなったと言えよう。
ならば、迷わず逝けるだろう。
「ふむ、ではそろそろ終わりにするとしよう」
「お疲れさまでした」
「後は頼む」
「畏まりました」
化け物に対し、深く頭を下げ、願いを聞き届けたメイドは、床に転がる化け物の首を目にした。
メイドはゆっくりと頭を上げ、床に転がる化け物の首を持ち上げる。
「さようなら――」
メイドが見た化け物の表情は、とても満足気であったという。
「――お父様」
ヒューマン(ではない)ドラマ。でもファンタジーにするのはちょっと違う気がしまして。