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(13)ドロップなんていらない

 



『土日はコウキのお葬式だから、遊べないの』


 そう言っていたサチは、土曜日も、日曜日も、本当にやって来なかった。

 サチと過ごす放課後が当たり前になると、独りぼっちでは思うように遊べない。以前のようにテレビを観たり勉強に励んだりする気持ちにもなれなくて、ミユキはコートを羽織って外に出た。

 団地の外には、白い光がふわふわと無数に舞っていた。


「わ、粉雪だ」


 ミユキは手のひらで雪を受け止めた。季節の移ろいは早いものだと思った。サチがミユキのクラスに転校してきたのが、二か月前の十月のこと。ハピネスドロップの都市伝説が広まったのも、ちょうど同じ頃だっただろうか。

 わたし、変わったな。

 粉雪の冷たさにびっくりしながら、ミユキは考えた。


(前は外になんて出たくなかったし、クラスの子たちと親しくなれるとも思わなかった。少しでもよくなる前に、何もかも諦めてたような気がする。そういえばわたし、ハピネスドロップの力があったから、落川さんや上田さんたちと遊べるようになったんだったな)


 サチの顔が思い浮かんで、そうか、とミユキはと思った。サチも、ミユキと同じことをしようとしたのかもしれない。ハピネスドロップのしあわせにする力が働いたおかげということにして、サチはミユキと仲良くなりたかったのかもしれない。

 でも、どうしてサチがミユキを選んだのか、ミユキは未だに聞けずにいる。


(直接聞くのは、やっぱり……怖いし)


 行く当てもなく歩きながら、ミユキは地面の小石を蹴った。

 すると、道のそばのベンチに、見覚えのある人影があるのを見つけた。


「落川さん……?」


 小さな声で呼び掛けると、彼女は顔を上げた。思った通り、ユキナだった。


「なんで三沢さんがここにいんの?」


 つまらなそうな顔をしたユキナは、冷たい声で尋ねた。ミユキがあたりを見回すと、そこは人々の行き交う駅前だった。道の向こうには憧れのショッピングモールも見える。

 ミユキは言い訳がましく答えた。


「その、わたしの家、この近くの団地だから」

「ふーん」


 興味もなさそうに、ユキナは返事をした。

 あのユキナが一人で過ごしていることにミユキは驚いた。ユキナたちは昨日も今日も、みんなで遊んだりハピネスドロップを探したりしているとばかり思っていたから。


「どうして、ここに?」


 ミユキは聞いた。ユキナは不機嫌そうな顔をして、そっぽを向いた。


「……今、リサコたちと、ケンカしてて」

「えっ?」

「昨日、坂下ったところの電車庫の近くで見つけちゃったんだよ、ハピネスドロップ。そしたら、みんなで取り合いになった」


 ミユキは思い出した。隣の小学校でもハピネスドロップの奪い合いが起きていたと、リサコが前に言っていたっけ。


「そんでリサコが言い出したんだよ。きちんと話し合って分けようって。あたしたちは四人で探してたから、四人で割ったら二つの余りが出るはずじゃん? だけどリサコのやつ、見つけたのはうちだもんって言って、一人だけ四つも確保しようとしてさ。で、あたしが抗議して、みんなケンカになって、結局リサコが持って逃げた」

「そ、そっか……」


 これは、明日の学校が大変なことになりそうだ。ミユキは改めてハピネスドロップの恐ろしさに身震いした。

 しあわせになれるドロップなら、誰だって欲しがるに決まっている。でも、現実にはドロップをめぐって奪い合いになって、みんなが不幸(ふしあわせ)になる。しあわせって、何なのだろう。こういうことばかり見聞きしていると、ミユキにはどんどん、その本当の姿が分からなくなりそうだ。

 すると、ユキナがおもむろに口を開いた。


「三沢さんさぁ」

「うん」

「最近すごい変わったよね。前から思ってたけど、急に色んなもの手に入れたりしてさ」


 うなずいたミユキに、ユキナはぐいっと顔を近付けた。


「ハピネスドロップ、実は持ってたんじゃないの?」


 ミユキの表情は引きつった。ミユキはぶんぶん顔を振って否定した。


「も、持ってないよ。持ってなかったよ」

「でもさ、あんな短い間に一輪車もゲーム機も、しかもスマホまで買ってもらえるなんて、それこそハピネスドロップでもなかったら有り得ないと思うんだよね。だって三沢さんの家って、あんまりお金ないんでしょ?」


 ユキナの指摘は的確だった。何より、ミユキは実際にドロップを持っていたのだ。それでもミユキはユキナをごまかすことに躍起になった。そんなことでユキナに嫌われるなんて、まっぴらごめんだ。せっかく無視されない程度の友達になれたのに。


「たまたまだよ、すごい偶然が重なっただけで……。い、一輪車なんて、わたし本当は前から持ってたし」


 一生懸命に否定するミユキを見て、ユキナは笑った。


「そんな必死にならなくていいから。あたし、今はハピネスドロップなんかなくたっていいなって思ってるし」

「ど、どうして?」


 先週も先々週も、あんなに欲しがっていたではないか。戸惑うミユキに、ユキナは寂しそうに微笑んだ。


「せっかく昨日、ハピネスドロップは見つけたけどさ。それでみんなの仲が悪くなって、あたし、なんか冷めちゃったんだよね。誰か一人がしあわせになれたって、周りの人もみんななれなかったら、そんなの楽しくないじゃん。しあわせな気持ちだってすぐに消えちゃうじゃん。だったらハピネスドロップなんて、要らないって思わない?」


 ミユキは、どんな言葉を返せばいいのか分からなかった。ユキナは意地悪だ、と思った。だってユキナは今、ミユキがハピネスドロップを持っていたと指摘したばかりなのに。

 けれどもユキナは優しい声で続けた。


「でもさ、あたしは三沢さんだったら、ハピネスドロップを使う資格があるって思うよ」

「わたしに、資格が……?」

「だって誰もふしあわせにしなかったでしょ? あたしたちは遊び仲間が増えたし、三沢さんは色んなものを手に入れたし。理由は知らないけど、隣のサチだって嬉しそうにしてるもん。三沢さんが本当にハピネスドロップを使ったんだとしたら、それはきっと正しい使い方だったんだろうなって思うわけ」


 そんなはずはない。ミユキは大声で反論しそうになった。


(わたしのせいでサチの弟は……。ああ、でも落川さんは、そもそもサチに弟がいることも知らないんだった)


 それに、ミユキの使ったハピネスドロップがサチのものだったことを、また一からユキナに説明するのは、後悔を背負ったままのミユキにはあまりにも酷だ。やむなくミユキは黙ってしまった。立ち上がって伸びをしたユキナは、あたし帰ろーっと、とつぶやいた。


「ありがとね、三沢さん」

「……落川さん?」

「三沢さんに愚痴ったら、なんか気持ちがスーッてしたよ。あとでリサコに謝ってくる。だからさぁ」


 いつもの勝気な顔に戻ったユキナは、ミユキの頬をつっついて、笑った。


「あたしと違ってケンカしたわけでもないのに、そんな悲しそうな顔しないでよね」


 それっきり、ユキナは足早に街の中へと歩き去ってしまったのだった。

 取り残されたミユキの心には、去り際のユキナの顔がくっきりと残っていた。まるで、探し求めていたしあわせをようやく見つけたように、ほころんでいた笑顔を。


(サチの本心が、知りたい)


 ミユキは唐突に、そう思った。

『サチも嬉しそうにしている』なんて、ユキナは言っていた。ミユキにはそうは思えなかったし、当のユキナも理由は知らなかったようだけれど、なんの根拠もなしにユキナがそんなことを口走るようにも思えなかった。


(そういえばわたし、お葬式の場所も時間も知らなかったな……。金曜日に遊んだ時、サチがメッセージに送ったって言ってたっけ)


 サチの言葉を思い返したミユキは、久しぶりにスマホを取り出した。以前、サチがたくさんのメッセージを送って来た時から、ミユキはスマホを遠ざけ続けていたのだった。

 九件ものメッセージがたまっている。ミユキはそれを順に読んでいった。



【さっきはどうしたの?】

【用事でもできた?】

【ごめんなさい。家に上げてあげることもできなくて】

【ちっとも読んでくれないけど、もしかして怒ってる?】

【返事、ください】

【お願い。返事、して】

【怖いです】

【私に非があったなら、謝るから】



 ミユキは思わず「サチ……」とつぶやいた。サチが送ってきたのは、ミユキが考えていたような、ミユキを非難するようなメッセージではなかった。それどころか、サチはミユキからの返事がないことを、こんなにも気にかけていたのだ。

 つい、と画面を下に下げると、最後のメッセージが現れた。何十行にも及ぶ長いメッセージに、ミユキは驚いた。ひとつ前までの短文のメッセージとは大違いだった。ところが、勇気を出して読もうとしたとたん、メッセージは着信を告げる画面に変わってしまった。

 サチからの電話がかかってきている。


(お葬式、終わったのかな)


 いまは家族と過ごしているだろうに。不思議に思ったミユキだったが、出ないわけにもいかないので通話ボタンを押した。すぐに耳元で、サチの声がした。


『よかった……繋がった』

「……サチ?」


 ミユキは動揺して尋ね返してしまった。だって、電話口から聞こえたサチの声が、泣いているように聞こえたから。


『今、お葬式が終わって、マンションに戻ってきたの』


 サチはかすれた声で、言った。


『今から、あの公園で会えないかな』




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