(01)転校生が来た
「えー、やだよ。だってミユキ、自分の一輪車持ってないんでしょ? あたしたち一輪車で遊ぶんだもん」
「三沢さんったら、まだゲーム機も買ってもらってないの? 持ってない子と遊ぶことなんてできないよ」
「ミユキちゃんの服ってダサくない? 一緒に歩くの、なんかいやだなぁ」
「あれも持ってないの?」
「これも持ってないの?」
「ミユキってなんにも持ってないんだね。つまんないの」
──いっしょに遊ぼうって声をかければ、理由をつけて遠ざけられるのが当たり前。みじめで、寂しくて、放課後がやって来るのが嫌で、授業が終われば一目散に学校を出てしまう。いつからそうだったのかは覚えていない。ずっとこうだったような気もする。
たとえ季節は夏の終わりでも、心の中はいつだって冬。
小学四年生の三沢美雪は、ひとりぼっちのふしあわせな女の子だった。
◆
少し冷たくなった風が吹くたび、街路樹のいちょうが金色の扇をいっせいにあおぐ季節。 ミユキのクラスに女の子が転校してきたのは、十月も半ばを過ぎた頃のことだった。
「平山紗智さんです。今日からこの四年一組の仲間になります。みんな仲良くするのよ?」
黒板の前に進み出た新井先生は、隣に立っている女の子の肩に手を置いて、優しく言った。はーい、とみんなは元気に返事をした。
ぺこりと頭を下げた女の子──サチの姿を、ミユキはじっと眺めた。ふわりとした長い髪にはウェーブがかかっていて、穏やかな顔立ちに視線を引き込まれた。
(うわ、きれいな子だ……)
そう思った。まだ言葉の一つも交わしていないのに、なんだか負けたような気分だった。
席はどこにしようかしら、と先生は教室を見回した。ちょうど、ミユキの隣の席が空いていた。
「三沢さん、隣にこの子を入れてもらえる?」
「あ、はい」
日の出の丘小学校の四年一組は二十九人。どうしたって一人あまってしまう。今のところ、隣に誰もいないのはミユキだけだった。ミユキはあわてて自分のものをどけてから、背筋を伸ばして座り直した。緊張が身体を走り抜けた。そのせいか、サチがこちらへ向かって歩いてくるのが、いやに遅く感じられた。
隣の席までやって来たサチは、椅子を引いて座ろうとしてからミユキを見て、また、さっきのようにお辞儀をした。
「よろしくね」
「う、うん……」
よろしく、とミユキも付け加えた。思いのほか小さな声になってしまった。
どうしよう。仲良くできるかな。
久しぶりに“おとなりさん”ができてしまったミユキの心の中は、もやのような不安でいっぱいだった。
その日から、ミユキとサチはいつも一緒に、学校生活を送ることになった。
「平山さんはこの学校のことを知らないから、困った時には三沢さんが手を貸してあげてほしいの」
先生から、そう言われていたからだ。
体育館に行く時も、音楽室に行く時も、給食の準備をする時も。いつも一緒にいて、やり方や行き方を教えてあげる。それがミユキの日課であり、先生の課した任務だった。
けれども、
(こんな役目、負いたくなかったな……)
どこかへサチを案内してあげるたび、ミユキはいつもため息をこらえられなかった。
それは、サチがとってもお洒落で、色んなものを持っている子だったからだ。使っている筆箱だって可愛いし、左腕にはパステルカラーの腕時計をはめている。このごろみんなが使い始めたシャーペンだって、二本も三本も持っている。
昼休みになれば、クラス中の子たちがサチの席に集まってくる。みんなはサチの持ち物を指差しながら、あれこれ質問したり、声高に感心してみせたりする。
「わー、すごい! ラメの入ったボールペン、こんなに持ってるの?」
「うん。買ってもらった」
「見て見て! この筆箱、ナナコアラのストラップついてる! あたしこんなの見たことないよ!」
「えーっ! どれどれ、見せて見せて!」
「そのストラップ、駅前のショッピングモールで昨日もらったものなんだけど、そんなに珍しいの?」
「珍しいよ! もうレアだよ、超レア!」
口々に持ち物のことを尋ねられ、褒めそやされても、サチは鼻高々な態度は取らない。どこまでも丁寧で、だけどちょっぴり忙しそうだ。
そんなサチの姿を、隣のミユキは本を読むふりをしながら横目で観察していた。
(うわぁ。あの落川さんや上田さんまで、あんなに夢中になって眺めてる)
落川ユキナと上田リサコは、事あるごとにミユキを見下して遊びに加わるのを拒む、このクラスの人気者だ。その人気者までもが、こうしてサチの持ち物に目を輝かせている。
これだから、サチの隣はいやなのだ。サチと比べてミユキは何も持っていない。かわいい筆箱も腕時計も、シャーペンだって持っていない。代わりにミユキの手元に転がっているのは、使い古して汚れた金属製の筆箱と、だいぶ短くなってしまった鉛筆だけ。
「へぇ、それじゃ平山さんの家ってお金持ちなんだぁ」
「うん……そう、かな」
「すごいなあ、やっぱりお金持ちは違うんだね!」
ちやほやとまぶしい笑顔に囲まれて、サチも釣られたみたいに笑っている。それまでは独りぼっちの心安らぐ空間だったのに、自分がこんなところに座っているのが急に恥ずかしくなってきて、ミユキはそっと目をそらして、本の中に顔を埋めた。