物語の夜明け
「柿太朗、起きろ」
もぞもぞと動く布団の固まりに対し声を掛ける男性。 その容姿は人形よりも美しいと言っても過言ではない程整っている。 揺れる睫毛から覗く瞳は凍て付くかの様に鋭い眼差しであるが、 その奥にあるのは熱く芯の通った真っ直ぐな視線である。 赤みが掛かった金色の長髪がさらさらと揺れて艶やかとも取れる。そして体つきは線は細く、一見小柄に見えるが、しなやかに 筋肉が付いていて男性らしさもしっかりとれる様だ。まだ寝てる布団の固まり・・・布団に包まった柿太朗という男を 起こそうと相手の体に手を付いてゆさゆさと揺らす。
「うーん・・・せんぱい・・・そんな・・・ かわいいッスね・・・むにゃむにゃ・・・」
「っ、馬鹿者 !!!」
ボスッ。
その布団の固まりの男を思いっきり殴り潰す。殴られた布団のぐぐもった声が大きく部屋に響き渡る。さらにぐぐもった声の様に大きく動き、そしてゆらゆらと起き上がる男、柿太朗。その身長は180を裕に超えていてひょろ高い。しかしながら高いだけではなくバランス良く筋肉が付いていてかなりの好青年だ。天然の橙色の髪の毛がふわふわ揺れる様は大きな犬やライオンを見ているかの様に見えてくる。柿太朗を起こした先輩と呼ばれた男性はやれやれと腰に手を付いて自分より身長の高い男性を見上げる。柿太朗は大きなあくびを一つして、男の方に体を向けるのだった。
「いったぁ!!ぐ、ぐふぅ・・・お・・・銅先輩!おはようございます!今日一番最初に見れたのが 先輩の顔で良かったっス!」
「っ、馬鹿・・・っく・・・また裸で寝て・・・」
身を乗り出す柿太朗は服を着ていない。 それは布団に隠れているが下もだ。 だがしかし、先輩――銅はすでに見慣れた光景らしくその件については何も思わない。けれども、柿太朗がにこやかに放った言葉に照れてしまった様で耳まで真っ赤に なっている。柔らかいブロンズの細い髪がさらさらと 朝日を受けてより一層その白い肌の赤らみを強調していた。 にやにやと愛おしく相手を見つめる柿太朗に銅は照れ隠しに そっぽを向くが、耳まで赤くて結局意味が無い。あわてて誤魔化す様に銅は柿太朗の言葉を遮って自分の言葉を吐き捨てる。
「お、おお!先輩それは照れ隠しっスかー!? か、可愛いっスね・・・!お、おおおれ、なんかむらむら・・・!!!
「っ!!!さっさと服を着ろ!仕事に遅れるぞ。」
服を指差し着衣を促す。柿太朗はそういえばと言わぬばかりに体をさすりだした。少しからかい過ぎたと軽く笑うとすでに用意してある服の方へ布団を絡めながら動き出した。
「ふぁーい。・・・おー、 さぶさぶ。ジャッポーネの秋は涼しいッスねー」
「そうだな。そろそろ冬だし、もう少ししたらおでんでもするか。」
「あ、あー!そうですね!!俺が作るッスよ!」
和やかな冬の朝の談笑・・・だが、銅が鍋を作ると言うと柿太朗は慌てて自分が作ると乗り出した。そのわざとらしい反応に銅は気づいているかいないのかそうだな、頼むと一言呟いただけだった。いつのまにか服を着終わっていた柿太朗はごまかす様にベッドから降りて朝ごはんの話を切り出すのだった。
「さーて朝ごはんーっと!咲希の姉さん、何作ったんスか?」
「ああ・・・・・・」
うわの空で返事をした銅だったが、すぐに柿太朗の喋っている事に違和感を感じ返事を改めた。それは柿太朗にとってとてつもないピンチのはじまりだった。
「ん?咲希なら朝早いから、代わりに私がフレンチトーストを作っておいたぞ。」
「へぁ!?」
銅に料理をさせまいと奮闘していたのにも関わらず、その努力は塵となって消えてしまった。銅の妹の咲希が大体の食事を作っていたのに今日ばかりは朝早くに用事があったらしく代わりに最愛の先輩が作ったというのだ。柿太朗はあまりにもな事体に思わず聞き返してしまった。
「そ、そうなんスか・・・!?」
「何だ?」
「な、何でもないッスよ!ささ、冷めない内にいただきましょう!」
何故銅が料理を作るのをそんなにも回避したいのかはわからないが、自分よりも年下だが、先輩の妹であるので姉さんと慕う咲希に今回ばかりは少し悲しみを覚えたのかそれでも大好きな銅に自分のためだけに料理を作って貰えた事が嬉しいのか、多大なる複雑な気分に柿太朗はなっていたが、腹をくくってリビングへ銅を連れて移動した。出されたのは一見ただのフレンチトーストだ。正直、見た目はかなり美味しそうだ。柿太朗は唾を思いっきり飲み込んで、目を瞑り、かつ、銅には普段通りを装って食事を始めた。
「・・・・・・。」
「どうだ?」
「 ! 美味しいっすよ!!」
柿太朗の笑みに銅は柔らかく微笑むと手短に食事を終わらせ食 器を台所で洗っている所だった。ふと空を見て考えたら思い出したように銅は柿太朗の状態も知らずに珈琲を差し出した。
「そうか!それは良かった。・・・そうだ、柿太郎。私は今日は午前で仕事が終わる。昼食でも一緒にどうだ?」
「はい!喜んで!先輩の行く所ならどこへでもッス!!!」
自分も珈琲を台所で軽く飲むと身だしなみを整えてすでに部屋から出ようとしている所だった。銅たちの住んでいるマンションは町の端に建っていてそろそろ職場の図書館へ行かないと行けない時間だった。柿太朗の職は警察なのですでに行かないといけない時間だが朝がめっぽう弱い柿太朗は遅刻の常習犯だっ
たりしている。上司の怒りを紙一重で回避しているのに今の食事が回避できなかったのはやはり銅だけには弱いからの様だ。
「そうか。では先に行くから戸締り忘れるなよ。」
「Ja!行ってらっしゃいませー!!!」
扉の方へ向かう銅。口をもぞもぞとする柿太朗。愛しの先輩だが、流石に早く部屋から出て欲しいと願う。だがそれも虚しく、銅は足を止めて柿太朗に話しかけるのだった。
「ああ、そう。」
「はい?」
余裕をかます柿太朗だが銅の緩やかな微笑む表情に背筋が凍りつく。緩やかな微笑みだが、緩やかでとてつもない緊張感に柿太朗は眠気も吹き飛び何も思わずただじっと、一つも瞬きをしないで銅を見つめていた。
「柿太朗、この世を楽しむのも悪くはないが、我々は人形だ。主に使って頂く為に存在する事を努々(ゆめゆめ)忘れるなよ・・・」
部屋を出る銅。パタンとドアの閉まる音をしっかり確かめて柿太朗は耳を澄ます。し・・・んと静まり返る部屋。色々考えた、が、銅の気配が無くなったのを感覚で思い、今の考え事を忘れると言っても過言ではない程の衝撃に舌を出して全身を悶えさせたのだった。
「えれれれれえええええ!!か、かかかからああああえ!!」
そう。
銅が料理を作ると殺人的に辛い物か全く味のしない物しか作らないのだ。柿太朗はテーブルの上で何か口を潤すものがないか探す。すると銅が軽く飲んで余った珈琲があったので間接キスに喜ぶ間もなく口に含む。しかし、それも銅が作ったもの。全く味がせず、熱くもなければ冷たくもないため全く口を癒す意味もない。身を悶えさせる柿太朗の声はマンション中に聞こえたと言う・・・。