始まった同好会 ~2~
深刻そうな表情の先生。呼び止められた意味が全く分からないが、先生が歩き出したのでとりあえずそのあとについて行く。
廊下の隅に着いた瞬間、急に先生が振り返り俺の両肩を力強く掴んだ。
「先生はいつどんな時も日笠の味方だからね。だから困った事があったらいつでも先生に相談しなさい。分かったぁ?」
……んっ? なんか話し方がいつもと違うぞ。
先生の表情は俺を心の底から心配している感じで、俺の肩を掴む手の力もかなり強い。
でもそんな事より話し方が若干柔らかいというか、なよっとしているのが気になる。
草尾先生は三十代の体育の先生だ。長年柔道をやっていたようで体型はがっしりとしていて、言葉使いもハキハキしていて男らしい。若干頭はお寒い感じにはなっているが、優しそうな先生で生徒からの人気もかなりある。
しかしそんな先生が何故俺を心配しているのか全く状況が理解できない。
「な、なんの事ですか?」
「隠さなくてもいいのよ。先生は全部分かってるんだから」
「分かってるって言われても、俺が全然分からないんですが……」
「隠したい気持ちも分かるわ。でもね、日笠の事を一番理解できるのは多分この学校で私だけだと思うの。それりゃ~周りからは色々言われるかもしれないけど、でも私が全力で守ってあげるわ」
あっ! この違和感は……この人あっち系の人だ。俗に言うオネエ系の人だ。
教師の以外な一面を目の当たりにしてしまったぞ。本来なら眉をひきつかせながら驚くのだろうが、今はあっち系の人に何故俺がここまで心配されているのか? そっちの方が凄く気になる。
そもそもこの先生とは俺が二年になった昨日初めて会話したぐらいの関係で、それまでは挨拶ぐらいしかした事がない。そんな先生が自分のクラスの生徒ではあるがそれほど、いや全く仲良くもない俺にあっさり「あっち系」と打ち明けるような話し方をしてまでも心配してくるとは、一体俺に何があったのだ?
めっちゃ不安になってきたぞ。心当たりがないのが更に不安です。
オドオドする俺に草尾先生は不気味な笑みを浮かべながら、
「何も不安がる事はないのよ。日笠には私がついてるんだから。うふっ」
不安になるよ! 今あんたにこうやって心配されている事がすでに不安なんだよ!
少し草尾先生から距離を置く。だが草尾先生は俺の気持など知ってか知らずか、満面の笑みを向けてくる。
三十路過ぎのおっさんの笑顔がこんなにも気持ち悪いとは今日初めて知りました。できる事なら一生知りたくはなかったが……。
「お、俺は大丈夫ですから。だから心配しなくていいですよ」
顔をひきつかせながら話す俺は、完全にこの先生にビビってます。
だって俺の心の中で魂がこう叫んでいるから。「今すぐに逃げないとこいつに食われてしまうぞ!」って泣きながら叫んでいるから……。
震える俺の頭を優しく数回撫でた先生は、
「今はそうかもね。まぁいいわ。んじゃ同好会頑張ってね」
「ど、同好会?」
そう言うと草尾先生は笑顔で去って行った。
俺が同好会に入ったのをもう知っているのか。先生だから別に知っていても問題はないけど……。
もしかして草尾先生は、俺が声優やアニメに関する同好会に入った事を心配しているのか? 確かにアニメや声優の同好会に入れば、周りからオタクって事で毛嫌いされたり色眼鏡で見られる事もあるだろう。その事で辛い思いをする前に、「先生は味方だよ」って事を俺に伝えたかったのか?
だから本来なら隠しておきたい「自分がオネエ系」って事も包み隠さず見せてくれたのかも……。だって俺が思うに、「オネエ系」って知られるのは、「アニメ&声優オタク」と知られる事の何倍も勇気がいる事だと思うから。
生徒思いの素敵な先生なんだな……。
草尾先生の優しさが嬉しくってちょっと泣けてくる。少しでも気持ち悪いと思った自分が情けない。ごめんよ草尾先生……。でもできる事ならもっと分かりやすい表現で言って欲しかったな。俺が気づかなかったら、本当にただの気持ち悪いオッサンで終わるとこだったぞ。
感慨にふけっていると後ろから俺を呼ぶ声がした。
「ちょっと春夏! 何してるの!」
聞き覚えのあるその声に慌てて振り返る。
そこにはムッとした表情で俺を睨みつける三石が仁王立ちになって立っていた。
「あんた、ひょっとして帰ろうとしてた?」
「えっ? な、何が……」
「何がじゃないわよ。今日も同好会あるって分かってるわよね」
「そりゃ~も、もちろん分かってるよ」
「じゃあなんで部室とは違う方向にいるのよ。こっちは下駄箱がある方じゃない」
あ~あ、最悪だ……。三石に見つかる前に帰る予定が、先生に捕まったせいで俺の逃亡計画は見事に失敗してしまったではないか。恨むぞ草尾先生……。
気まずそうにしていると三石がイラつきながら、
「ほらっ! 早く行くよ!」
三石は力強く俺の腕を掴み、強引に部室へと連れて行く。
「い、痛いって。離せよ」
「離したらまた逃げるくせに!」
「も、もう逃げないから、だから離してくれって!」
「ふんっ! 誰があんたの言う事なんか信じるのよ」
そんなやりとりをしながら部室へ向かう俺と三石。傍から見れば綺麗な女の子に腕を掴まれてさぞやうらやましい光景なんだろう。好奇の目で見られたり、うらやましそうな視線が俺に注がれてくる。
だんだん恥ずかしくなってきた俺は、無言で三石のあとをついて行く。
そんなこんなで北校舎二階にある、「声優と仲良くなれる部(今は同好会)」の部室である、「第二視聴覚準備室」に着いた。
うちの学校には視聴覚室が二つあり、以前はビデオ学習が盛んに行われていたので二教室とも使われていたが、現在ではあまりビデオ学習が行われなくなった事で、第二視聴覚室は使われなくなった。それと同時にこの第二視聴覚準備室も使われなくなり、物置として使われていた。
広さは普通の教室の約半分。中には学習用に使われていたテレビやプロジェクターやDVDプレイヤー、パソコンや使われなくなった机や椅子が所狭しと置かれていた。
だが部室に使うと言う事でほとんどの物が片付けられて、今ここにある物は部屋隅にちょっと大きめの戸棚と、その横にパソコンが置いてある机と椅子。そして部屋の中央には立派なテーブルと、そのテーブルの両サイドには革張りで二人掛けの黒いソファーが置かれている。テーブルもソファーも高そうだ。
一見すると部室とは思えないが、これが今の第二視聴覚準備室であり俺達の部室だ。
後で三石から聞いた話だが、春休み中に三石ともう一人のメンバーである新一年生の子と顧問になる先生とで、四日かけて片付けたらしい。高価そうなテーブルやソファーは三石が校長に可愛くおねだりしたらあっさり譲ってくれたとの事。確かに三石はもの凄く綺麗で可愛いから何か頼まれれば断れないかもしれないが、だからと言ってこんな高そうな物を校長が譲るとは……。どんなお願い方したんだよ三石の奴。
部室の鍵を三石が開け二人で中に入る。
部屋に入るや否や、三石は窓側のソファーに座り昨日と同じように本を読み出す。俺も反対側のソファーに座り同好会が始まるのを待つ。
だが一向に始まる気配がない。三石はずっと本を読んでいるだけで、何かをしようとする気配すらない。しびれを切らした俺は三石に確認する。
「あ、あのさ……三石さん」
「何?」
「今から何するの?」
「何ってミーティングよ」
「ミーティングするなら早く始めようぜ。時間もったいないし」
「ダメ」
「えっ? なんでダメなんだよ」
「まだ全員揃ってないから」




