始まった同好会 ~1~
「えっ? 春夏君も『赤まる幼稚園』大好きなの?」
「あのアニメめちゃくちゃ好きだよ。登場する幼稚園児の元気いっぱいで楽しそうな姿見てると凄く笑顔になるし、それでいて幼稚園児なのに相手を思いやる優しい気持ちとかも表現されていて、今期のアニメでは一押しの作品だね」
「私もそう思う! 子供だから自分の事で本当なら精一杯のはずなのに、自分の事より好きな人の事を思って行動できる主人公達を見ていると、アニメの世界だけど素直に感動しちゃう!」
「それにあのアニメは声優陣も凄すぎるからな。その点も今期アニメでは一押しだな」
「だよね! 私達の好きな木原メグミさん始め、緒方忍さんに竹海綾さん、内海山賢二さんとかも出演しているから本当に豪華だよね」
俺と三石は笑顔で好きなアニメについて語り合う。昨日までのギスギスした感じは全くなく、和やかな雰囲気が二人を包む。
「春夏君、好きなアニメ他にはどんなのがあるの? 教えて教えて!」
まるで子供がお母さんにおねだりすかのごとく甘えた表情で聞いてくる三石。その姿、まさに犯罪級の可愛さだぜ! 何故ここまで可愛いのだ三石よ!
「他か……、もう放送終わったけど『わんこい!』かな。絵が可愛くて好きだし、あと犬の呪いにかかるってところも斬新で良かったな。他は『虹色パティシエ』だな。パティシエの仕事を取り上げている点が面白くてハマったよ」
「え―――――――――――――――――っ! 嘘っ! 私もその二作品すんごく大好きだよ!『わんこい!』のワンちゃんもの凄く可愛いよね! 『虹色パティシエ』なんて見てるだけでケーキ食べたくなるから、あのアニメ始まって五キロも太ったもん」
無邪気な笑顔で答える三石を見るだけで、どれだけその作品を好きなのか十分に伝わってくる。
「確かにあのアニメはケーキの描写半端ないもんな」
「でしょ。あんなに美味しそうなケーキ見せつけられたら食べたくもなるわよ」
「でも五キロは凄いでしょ……ぷっ」
「あ――今笑ったな! でも今はしっかり五キロ痩せましたからね!」
三石はほっぺを膨らませて怒る。その姿も可愛いぜ!
なんか今の俺はもの凄くリア充な時間を送っているのではなかろうか。この調子なら楽しい同好会活動ができそうだ。
「でもここまで好きなものが合うって凄いね私達」
目を潤ませながら三石は俺を優しく見つめる。そんな目で見つめられたら惚れてしまうやろ!
「そ、そうだな。好きな声優もアニメも一緒だとなんか照れるな。でも三石さんと一緒なら普通に嬉しい……かな」
「三石さんだなんてそんな他人行儀な呼び方しないでよ」
「えっ? じゃ、じゃあなんて呼べばいいの?」
「同じ同好会の仲間なんだし好みだって合うんだよ。だから『ゆみにゃん』って呼んで」
ゆ、ゆみにゃんって、いきなり可愛らしいあだ名が出てきたな、オイ! 昨日は呼び捨てにしただけでめっちゃブチ切れしていたのに、こんな可愛らしいあだ名で呼んでとはもの凄い変りようだ。
だが俺はあの中二ウ○コ事件以降、女子を呼ぶ時は名字でしか呼んだ事がない。しかももの凄く緊張しながら。そんな俺がいきなりこんな可愛いあだ名で女子を呼ぶ事なんてできるわけがない。
戸惑ってオロオロする俺に三石が、
「ねぇ、早くぅ呼んで……お願い」
甘えたような色っぽい声で優しくささやく。
その言葉に俺は緊張しながらも勇気を振り絞って、
「ゆ、ゆ、ゆ、ゆみにゃん……」
「は~い、はるにゃん」
お――――――――っ! 「にゃん」に「にゃん」を被せてきましたよ、この人!
三石は嬉しそうに俺の事を「にゃん」づけで呼んできた。女子から今までこんな呼ばれ方をされた事がないからちょっと恥ずかしいけど、でも仲良しって感じがめちゃくちゃするから凄く嬉しい。
ちょ、ちょっと待てよ。「ゆみにゃん・はるにゃん」ってこの呼び方はもしかして、あだ名の中でも恋人同士が二人の時限定で愛情込めて呼び合う最上級のやつではなかろうか!
他人に聞かれるのは恥ずかしい、でも二人の時だけは特別な呼び合い方をしたい恋人達が秘かに呼び合う幻のあだ名。
そんな素晴らしい呼び方をこの俺にしてくるって事は……ひょ、ひょ、ひょっとして三石……いや、ゆみにゃんは俺に恋してるのではなかろうか?
だからこんな特殊な呼び方を俺にさせるのだ。そしてしてくるのだ!
その証拠にゆみにゃんの顔をよく見てみろ! 潤ませた瞳で頬を赤く染めて恥ずかしそうに俺を見つめている。この顔はまさに恋する乙女特有のものに間違いない!
どうする俺? ど~すんのっ! 付き合います! 俺、三石夕実と付き合います!
そんな幸せな妄想が次から次へと頭の中をよぎる。だって仕方ないじゃないか。ただでさえこうして漫画やアニメについて語り合える友達ができて嬉しいのだ。それプラスその友達がめちゃくちゃ綺麗で可愛い、しかも俺に惚れているかもしれないのだ! これが浮かれずにいられますか!
これはもう完全にリア充だな。誰がなんと言おうと今の俺はリア充です! 今まで俺には無縁と思われていたリア充が今まさに我が手中にあるのだ!
俺をこの世に産んでくれた両親に感謝感謝です。ありがとうお母さん! お父さん!
そしてゆみにゃんと巡り合わせてくれた神様、あんたも最高だぜ!
俺この同好会に入って良かった~!
……かった……った………………た…………………………。
…………。
……………………。
……か。…………るか。………………春夏っ!
「……ん?」
「んっじゃないわよ! 何寝てるのよ、起きなさいって!」
「あっ、ゆみにゃん」
「だ、だ、誰がゆみにゃんだ~~~!」
「イデッ!」
寝ぼけていた俺にゆみにゃん……もとい三石の強烈なビンタが炸裂!
その一撃で一気に目が覚める。
「な、なんでいきなり殴るんだよ!」
「あ、あ、あんたが変な呼び方するからでしょ! バカッ!」
顔を真っ赤にして俺を睨む三石の表情は、少し照れているようにも見えた。
「さっきのは夢か……」
それもそうか。あんな楽しい会話を本物の三石とできるわけないか。
がっかりする俺の姿を見て、吐き捨てるように三石が一言。
「あんた本当に最低ね。初ミーティングを逃げ出そうとした上に、堂々と居眠りまでするとは……」
……そうだった。俺はここに来たくなかったのだ。
この部室に……と言うよりも三石に会いたくなかったのだ。
昨日三石に恥ずかしい場面を見られてしまった俺は、同好会を辞めようと考えていた。
それ以外にも理由はあって、最初はこの同好会に入ればアニメや声優好きな人と友達になれて、楽しい学校生活が過ごせると思っていた。だが現時点で最初に出会った三石と仲良くなれる要素や雰囲気が全くないのに、これからこの同好会にいて楽しく過ごせるなんてとてもじゃないが思えない。
幸いまだ正式な入会届けは出していないので、このまま同好会に行かなくてもなんの問題もない。だが三石に見つかったら辞めるなんて怖くてとても言えないし、言ったところで強引に同好会に連れて行かれるだろう。だから授業が終わったら三石に見つかる前に即行で帰ろうとしたのだ。でも何故かクラスの担任の草尾先生に呼び止められた。
「日笠、ちょっといいか?」
「へっ? あ、はい」




