声優と仲良くなれる同好会 ~2~
「何ニヤニヤしてるのよ。キモいわよ……」
嬉しすぎて自然とニヤけてしまった俺の顔を見て、三石は思いっきりドン引きしている。
俺は慌てて表情を引き締めると、ニヤけていた事を誤魔化すように真野の男嫌いになった理由を三石に聞いてみた。
「ま、前から聞きたかったんだが、なんで真野さんは男嫌いになったんだ? 凄いトラウマがあったとか?」
「ずっと前に凄くしつこい男がいたんだって。どこに行くにも必ずいて、写真や握手を求めてくる気持ち悪い男がね。酷い時には自宅まで押しかけてきて、警察沙汰になった事もあるらしいの。その話を聞いた時はまだ梓が藤咲麻衣だって知る前だったから気がつかなかったけど、今思えば熱烈なファンが梓をストーカーしていたのね。そいつ以外にも似たような出来事が何回かあったせいで、梓は男嫌いになったのよ……」
そう話す三石の表情はもの凄く心配そうだった。
確かに俺がアニメイトゥス前で出会った藤咲麻衣ファンは、しつこそうでちょっと怖さも感じたな。あんなファンばかりじゃないだろうし、ほとんどのファンがちゃんとした素晴らしい方々ばかりだと思うけど、それでも中には度を越したファンもいる。人気者の宿命なのかもしれないが、だからと言って怖い思いや嫌な思いをしなければいけない理由には一切ならない。
「これからは俺も真野さんをま、守るよ。だって真野さんは俺のな、仲間だからな……」
「うん!」
自然と出た俺の言葉に三石は笑顔で頷いてくれた。
「でも藤咲麻衣の時はめっちゃ笑顔で男性ファンにも接しているよな。握手だって自分からしているし。男嫌いなのになんであんな笑顔が出せるんだ?」
「それはプロとしての自覚があるからよ。藤咲麻衣の時の梓はどんなファンが来ても、真正面から向き合っている。そして男女関係なくファンの皆を愛している。だから男嫌いでもあの笑顔が自然と出てくるのよ。それにどんなに嫌な事があっても、辛い事があっても声優と言う仕事を一生懸命頑張っているし、何より声優と言う仕事を愛している! それが私の大好きな藤咲麻衣であり、真野梓なのよ!」
疑問に思った俺だが三石が目を輝かせながら真野をベタ褒めする姿を見て、疑問は自然と消えていった。
ちょっと前までは藤咲麻衣を全否定していたけど、なんやかんやと言いながらもずっと真野の頑張りを見てきたんだな。藤咲麻衣嫌いを公言していた時からも、本心ではずっとこう思っていたのだろう。
そんな三石がちょっとだけ可愛く見えて、思わずニヤけてしまった。……が、再び三石にニヤけ顔を見られてドン引きされても困るので、俺は三石に気づかれる前に即行で表情を真顔に戻した。
「夕実ちゃん……決まったよ」
電話を終えた真野が深刻そうな顔で戻ってきた。
「決まったって……例の……」
「うん、会見の日にちだよ」
今まで笑顔だった三石も、真野の言葉を聞いて暗い表情になる。
「会見って……なんのだよ?」
「声優引退を撤回する会見だよ……」
俺の質問に真野は弱々しく答えた。
そうだった。まだこの問題が片付いてなかったな。
真野は大好きな三石とずっと一緒にいる為に、三石が嫌っている藤咲麻衣を捨てる道を選んだ。でも三石に自分が藤咲麻衣だと知られ誤解も解けた今、声優・藤咲麻衣を引退させる理由が一切なくなった。だからいつ引退撤回を発表するか迷っていたのだ。
「ごめんね……私の為に……」
「こうなったのも全部僕が決めた事なんだから、夕実ちゃんは全然悪くないよ! それにこれから僕の……藤咲麻衣の第二章が始まるんだ! そのスタートになる引退撤回記者会見はビシッと決めて見せる! だから笑顔で見守ってね夕実ちゃん!」
泣きそうになる三石を真野は優しく抱きしめる。その姿に俺も思わず涙ぐむ。
「真野さんなら大丈夫だよ。色々な意見もあるかもしれないけど、否定的な意見なんてこれからの頑張りで吹き飛ばせばいいしな!」
「分かってるじゃないか! 春夏!」
俺がガッツポーズをしながら真野を鼓舞すると、真野も笑顔でガッツポーズを返してくれた。
「確かに引退撤回したらネットとかで色々と叩かれるかもしれないし、人気だってなくなるかもしれない。でも僕には夕実ちゃんがいる! それに髪型が残念な春夏もいる! だからどんな事があっても乗り越えて行けるよ!」
「うん……分かった。ずっと応援しているからね!」
「ゆ、夕実ちゃん……ありがと」
三石と真野はお互いの手を取り合いながら涙交じりの笑顔を見せる。三石と真野は完全に二人の世界に入ってしまった結果、俺が言った「誰が残念な髪型だ!」というつっこみは見事スルーされてしまった。……ま、まぁ表現はともかく、俺の事も頼りにしてくれているのは素直に嬉しいから良しとしますか。
「梓も頑張ってるんだ! 私も前に進まなきゃね!」
涙を拭った三石は力強く宣言する。
「「何かするの(か)?」」
三石の発言に俺と真野は見事にハモってしまった。
「うん! もう一度声優を目指してみる」
「ほ、ほ、ほ、本当に~! やった――――――――――!」
あまりの嬉しさに真野は思いっきり三石に抱きつく。
再び自分の夢を追うと誓った三石の眼差しは、もの凄く眩しかった。
「もう一度親父と戦うんだな」
「うん。簡単には納得してもらえないかもしれないけど、やっぱり私にはどうしても叶えたい夢だから。声優になる事を諦めてからも、ずっと声優に対する思いは消えなかった。この同好会を作ったのもその思いがあったから……。だからもう一度頑張ってみる」
「頑張れ! 応援しているからな」
「ありがと……春夏」
俺の言葉に三石は少し照れていた。こうゆう姿を見ると、ルックスが完璧なだけに思わず惚れてしまいそうだ。でも怖い三石を見るとそんな恋心も綺麗に吹き飛びますが……。
「夕実ちゃん夕実ちゃん! なら僕の事務所のオーディション受けてよ! 夕実ちゃんはずっと死に物狂いで声優の勉強をしてきたんだ。だからオーディション受けたらきっと合格するよ!」
「えっ? 真野さんの事務所って今オーディションやってるのか?」
「やってないけど僕が言えばきっとやってくれるよ! だって僕は藤咲麻衣だよ! その僕がオーディションしてって言えば、事務所も断れないはずだよ!」
なんとも強気な発言だな。一人盛り上がる真野に俺と三石は苦笑いを浮かべる。
三石が再び声優を目指すと聞いて嬉しさが爆発するのは分かるが、いくら真野がオーディションを用意したところで三石が声優の勉強をしていたのは何年も前の話だ。そんな三石が簡単に合格できるほど、声優の世界は甘くはないと思うのだが……。
「気持ちは凄く嬉しいけど、私はまた以前いた養成所に戻るつもりよ。私が声優を目指した原点であるあの場所から再スタートしたいの。悔しい思い出しかないあの場所を嬉しい思い出の場所に塗り替える事ができたなら、きっとどんな辛い事や悲しい事があっても負けずに頑張って行けると思うから。だからもう一度戻りたいの」
「夕実ちゃんカッコ良い! うん分かった! 僕も全力で応援するよ! 絶対に夕実ちゃんなら上手く行く!」
「ありがとね、梓」
そう言うと二人は幸せそうな笑みを浮かべる。
夢を再び追う者とそれを全力で応援する者。なんか青春っぽくていいね、うんうん。
俺は頷きながら二人を温かい眼差しで見守っていると、真野が俺の横に近寄って来た。




