仲間になるために ~5~
「まぁ誤解も解けた事だし、このまま仲直りって事でいいですかね? お二人さん」
この流れなら無事仲直りできると思っていた。が、三石からとんでもない一言を頂く。
「仲直りなんて私にはできないわ。だって私……本当は梓が藤咲麻衣だって分かっていたのよ。分かった上で悪口を言っていたのよ……」
えっ! ど、どうゆう事? 驚きの発言に戸惑う俺。
「わ、分かってた? い、一体いつから……」
「一年ぐらい前から……」
めっちゃ前からですやん! そんな前から知っていたのか。真野もまさか三石が気がついていたとは思ってもみなかったようで、驚きの表情を浮べる。でもどうして分かったのだ? それに何故分かりながら悪口を言い続けていたのだ? その点を聞こうとした時、三石はゆっくりではあるが苦しそうに話し出した。
「……梓がうちに泊まりに来て二回か三回目の頃、何かの流れで二人して化粧して遊んだ事があったんだけど、その時眼鏡外して化粧をした梓を見てひょっとしてって思った……。でも一番決定的なものは私があげたネックレスを、藤咲麻衣が身につけて声優雑誌に載っていたのを見た時……。そのネックレスはオーダーメイドで作った物だから、この世に二つとない物なの。だからそれを見て藤咲麻衣が梓だって分かったの……」
「わ、分かったならなんでその時に真野さんに言わなかったんだ? もしその時に話し合っていれば、ここまで誤解が長引く事なかっただろうに……」
「確かに今思えばそうする方が良かったのは分かるわ……。でも許せなかったのよ。当時の私にとって藤咲麻衣は、私が必死になって手に入れた『声優になる最後のチャンス』を潰した人だから……。だから梓が藤咲麻衣と知った時、話し合うなんて思いもしなかった。私の頭に浮かんだ事は、梓に復讐する事だけだったの……」
復讐って……、確かにやらせのオーディションと知ってムカつくのは分かる。でも全てのオーディションがそうではないし、どうしても声優になりたいのであれば他のオーディションを受け続ければ良かっただけの話だ。それをここまで藤咲麻衣を恨むなんて、正直理解に苦しむ。
真野も三石が自分の正体を知った上でずっと藤咲麻衣批判をしていたと知って、ショックが大きかったのか呆然としている。
「ふ、復讐ってちょっと大袈裟すぎないか? そりゃ~一生懸命受けたオーディションがやらせと知って、失望したのは分かるよ。でもどうしても声優になりたいなら、また他のオーディションを受ければ良かっただけだろ? それをやらなかったのは三石さん自身であって、真野さんを恨むのはどうなん…………」
「受けられなかったのよ! 私だって他のオーディションを受けたかったわ! どんなに失望しても私は声優になりたかった! で、でもあれが最後だったの……。最後のチャンスだったの…………うぅぅ」
泣きながら悔しそうに訴える三石の表情を見ていると、ただ単にやらせオーディションで受かった真野を恨んでいるだけではないようだ。もっと何か複雑な事情がありそうだぞ。
「さ、最後のチャンスって一体どうゆう意味だよ?」
「お父さんと約束していたの……。声優の養成所に入る条件として、入所してから卒業するまでの二年間で結果が出ないようなら声優を諦めるって。でも私は受けるオーディション全てに落ちて結果なんて全然出せなかった。そんな私の最後の望みが、卒業前のあのオーディションだったの。だから私には最後のチャンスだったのよ……」
そうゆう意味か。そんな条件があったなら普通の人以上にあのオーディションに対して執着する気持ちも分かる。でもあのオーディションって三石が中学生の時だよな?
若い頃から才能を発揮する人もいるだろうが、中学生と言えばまだまだ未熟もいいところだ。それなのに早々に結果を求めるとは、三石の親父もちょっとおかしいくないか? 早く結果を求め過ぎだろ。
「そんな約束があったのか……。でもいくら親父と約束していたとは言え、中学生が簡単に結果出せるほど甘い世界じゃないだろ? それに一般的にも見てもデビューした人って高校生か高校卒業してからの方が多いしさ。だからまた親父さんと話し合って許可貰えばいいんじゃないのか?」
「……私のお父さんって理由は分からないけど芸能界とか昔から大っ嫌いで、声優と言う仕事も認めていなかったの。だから私が声優になりたいって言った時も大反対だった。そんなお父さんを一年がかりでなんとか説得して、やっと養成所に入ったのよ。それをまた説得するなんて絶対に無理よ…………」
父親にどんなに反対されても必死で説得して、ようやく声優への扉が開いたのか。そんな経緯があったのなら、簡単に期間延ばしてくれとか言えないよな。
三石自身養成所に入った二年間が、自分に与えられた最後のチャンスだと心底分かっていたからこそ、他の人以上に声優に絶対になると言う強い気持ちを持って、必死で勉強して努力していたんだろう。だからそんな自分の思いを込めて受けたオーディションが、あんな形で終わった事はどうしても許せないし、真野にも怒りの矛先が向かうのは俺でも分かった。
もしかして俺の原稿紛失事件の時にあんなに必死になってくれたのも、夢に向かって努力する人の苦しみや辛さを自分自身凄く理解しているからこそ、それを踏みにじる奴を許せなくてあそこまで言ってくれたのか……。
あの時真野もそんな感じの説明をしてはくれたが、俺の感謝の言葉を拒否した三石を見たらそんなふうに思えなかった。でも三石の事情を知って三石の気持ちが分かった今、あの時の三石の言動がようやく理解できた気がする。
だが頭の悪い俺には、今の三石になんと声をかければ良いか全く分からない。
だってここで「もう一度親父説得して声優目指せよ!」とか言ったところで、親父さんを説得できる案なんて一切ない俺が言っても、ただの無責任な発言でしかないしな。
かと言って、このまま二人が仲直りするのはお互いの気持ちと言うか、なんかスッキリしない現状で上手く行くはずもないだろうし……。
「ど~すりゃいいんだよ……」と頭を抱えながら小声で呟いていると、
「ぼ、僕が説得するよ! 夕実ちゃんの最後のオーディションをめちゃくちゃにしたの僕なんだし。だから僕が絶対に夕実ちゃんのお父さんを説得するよ!」
今まで暗い表情をしていた真野だったが、三石の話を聞いて何かを決意した力強い表情に変わっていた。
「せ、説得するって……何かいい案とかあるのかよ?」
「そんなものはない! でも絶対に説得する!」
俺の問いかけに即答する真野。何も案がないのにこの自信はどこから来るんだ?
「な、なんで私を助けようとするの? 私の事なんてほっとけばいいでしょ! だって私は梓にたくさん酷い事してきたのよ! な、なのになんでよ…………うぅぅ」
本当の事を言ってもなお自分の事を思う真野に、三石は戸惑いの色を隠せない。だが真野はそんな三石の両手を優しく握ると、涙目ながら満面の笑みでこう言った。
「僕はどんな事があっても夕実ちゃん大好きだもん! 今までたくさん夕実ちゃんと一緒にいられて本当に嬉しくて、楽しくて、幸せっだったんだよ。だからこれからも夕実ちゃんのそばにいさせて下さい! 僕の悪いところ全部直すから。夕実ちゃんの友達として相応しい女の子になるから……、だからずっと一緒にいて……よぉ……」
最後はまた泣き出した真野だがその三石を思う熱い気持ちは、三石の心の奥底にまで届いたに違いない。だが三石は自分がした行動を悔いてなのか、それともまだ完全に真野を許していないからなのか、全く言葉を信じようとしない。
「そんな事言って私を油断させて、今度は梓が私に復讐する気でしょ! 私の話を聞いてまだそんな風に思うわけがないわ! 本当は憎くて憎くてしょうがないんでしょっ!」
「う、嘘じゃないよ! し、信じてよ!」
「信じられるわけないわ! もうほっといてよ!」
「いつまでもワガママ言ってんじゃねぇ~!」
「きゃっ!」
「ゆ、夕実ちゃん!」
真野の気持ちにいつまで経っても答えない三石にイラついた俺は、つい手を出してしまった。俺にビンタされた三石はその場に倒れ込む。真野はすぐに三石のそばに寄り添うと、心配そうに抱きかかえる。




