仲間になるために ~4~
「ご、ごめんなさい……ゆ、ゆみ……ちゃん、ごめん……なさ……ひっぐ……うぐ」
嗚咽まじりで真野は三石に謝り続けている。
「もう話は終わりね。なら私帰るから」
帰ろうとする三石を止める事など、今の俺にはもうできなかった。
部室に残された俺と真野。三石がいなくなった後も真野はずっと謝り続けている。その姿を俺はいつの間にか涙を流しながら見ていた。
俺はこの場を離れれば三石に会わない限り普通に学校生活を送れる。例え会ったとしても、少し気まずい思いをするだけだ。三石に殴られた痛みも今日中に消える。
でも真野はどうだろう。三石に嫌われたまま転校したら、三石に見せたような笑顔を取り戻すまでに、一体どれだけの時間がかかるだろう。ひょっとしたらもう二度とあんな可愛らしい笑顔(俺からしたら憎たらしい笑顔ですが……)をしないかもしれない。そして三石に嫌われた心の傷は一生消える事はないだろう。
今日と言う日が終わっても、真野はずっとずっとずっとずっと苦しみ続けるんだ。そんな事を考えながら真野を見ていたら……、
あ~っ! なんかめっちゃムカついてきたぞ! なんなんだ三石の野郎は! 真野の思いや優しさをなんだと思ってんだよ! 自分だけが被害者だと思いやがって…………許せねぇ~!
三石に対する怒りがもの凄く込み上げてきた!
今まで真野がどんなに苦しくて辛い思いをしてきたのか、三石は全然分かっていない!
しかも真野は苦しむだけじゃなく、三石の為に大好きな声優と言う仕事まで手放す決断をしたんだ。それに自分の悪口を三石と一緒になって言いまくった。そんな事ってどんなに大好きな人の為とは言え、誰にでもできる事じゃない。ってか普通そこまでしないぞ!
でも真野はずっとそうしてきたんだ。三石の事が大好きで大切で失いたくないから……。
一体どんな気持ちで自分の悪口をあんな大声で言っていたのだろう……。俺には想像もできないぐらいの苦痛の中で言っていたんだろうな……。
これだけの事実を踏まえて考えた結果、悪いのは三石だけで真野は全く悪くない! 実際問題、真野が知らない間にあのオーディションが進んでいたわけだし。だから本当に真野は悪くない!
どう考えても三石だけが悪いのに、真野は文句一つ言わずに必死で謝っている。悪いのは全て自分だと言いながら、顔中クシャクシャにして謝っている。なのに三石のバカは全く許そうとしないとは、どこまで性格が腐っているのだ!
もう二人が仲直りするとかしないとかなんてどうでもいい! とにかくクソ女の三石に謝罪させてやる! 三石に自分が悪いのだと認めさせなきゃ俺の怒りが収まらん!
俺は廊下に出て大声で三石を呼び止める。
「三石! まだ話終わってないだろうが! 待てボケ!」
ビックリしながらこっちに振り向いた三石は、俺以上の大声で怒鳴ってきた。
「な、何大声出してるのよ! うっさいわね! しかも私の事を呼び捨てにするってあんた何様なのよ!」
「タメなんだから呼び捨てにして何が悪い! てかそもそもお前が何様だ! 俺の事は呼び捨てにしているくせに自分はされたくないって、お前はガキか、クソガキか!」
「ガ、ガキですって! 私に口応えする気? また殴られたいの!」
「殴りたければいつでも殴らせてやる! でもな、人の心の痛みが全く分からないクソ野郎の攻撃なんか効くかよボケ!」
完全にブチ切れている俺は、いつもならめっちゃビビる三石の威嚇にも全く動じない。
今の俺は怒りに任せて話しているだけで全くのノープランです。さっきまでみたいに計画があって話しているわけではない。まぁ練りに練ったプロットですらなんの役にも立たないんだから、俺みたいな無能な奴は策を講じたところでなんの意味もないわけですよ。
ならば好き勝手に怒鳴りまくってやる! そして三石が納得してもしなくても強引に謝罪させてやる! 今までも何度となく三石にはムカついてきたが、今日はガチ中のガチで怒ってます! 男の俺が本気になったらどれだけ恐ろしいか、このバカに今日と言う今日は思い知らせてやる!
「誰が人の痛みを分かってないのよ! いい加減な事言うな! 本当に殴るよ!」
「話の流れからしてもお前以外にいないだろうが! 真野があんなに必死で謝っているのに全く許そうとしないお前は、誰がどう見ても人の痛みが分からない鈍感クソ野郎じゃ! 殴るのか、えぇ! ほら殴れよ! いつでも殴っていいんだぞバカ三石!」
顔を真っ赤にさせて抗議する三石に、自分の顔を近づけて挑発する俺。
いつもならすぐに引き下がる俺が何を言っても動じないので、三石は明らかに動揺している。
「あ、あんたにそんな事言われたくないわよ! 梓は私をずっと騙していたのよ! 親友の私にずっと嘘をついていたのよ! そんな事されて許せるわけないでしょ!」
俺に近づいてきた三石は、唇を震わせながら自分は被害者だと言わんばかりに訴える。
だが俺の中では完全に三石だけが悪者なので、そんな言葉を聞く耳なんて一切ない!
「まだそんな事言うのか! もとはと言えばお前の勘違いから始まっている時点で、お前が百%悪いんだよボケ! ろくに確かめもせずに勝手に藤咲麻衣恨みやがってよ! それで被害者面ってお前はガキか!」
「か、勘違いってなんの事よ! 私が何を勘違いしてるって言うのよ!」
「あのオーディションの事だよ! お前は真野も……藤咲麻衣も承知でやらせしていると思っているようだが、実際は事務所が勝手にした事で藤咲麻衣は知らなかったんだよ!」
「う、嘘よ! あ、梓も知ってたはずよ! だってあの時のスタッフさんがそう言ってたんだから!」
「嘘じゃねぇ~よ! スタッフが何言ったか知らないけど、真野は本当に何も知らなかったんだ。真野もお前と同じように必死に頑張ってあのオーディションに臨んだんだよ。受かりたい気持ちは三石にも負けないぐらい真剣だったんだ。確かにあのオーディションはやらせだったけど、それはどうしても藤咲麻衣を売り出したかった事務所側が勝手にした事だ。だからある意味藤咲麻衣も被害者なんだよ!」
「そ、そんな…………う、嘘よ……嘘よ――――――――――!」
真実を知った三石はあまりにもショックだったのか、叫びながらその場にへたり込む。
真野は俺のうしろから三石を心配そうに見守る。俺もまさかここまで三石が取り乱すとは思ってもみなかったので、めちゃくちゃ焦ってます。
「ほ、本当なの? 梓……」
「……うん……」
涙目で真野に確認する三石に真野は小さく頷く。真野の言葉を聞いた瞬間、三石は大声で泣き出した。
「ご、ごめんね……、本当…………にごめん、な、なさい……。ひっく……でも私知ら、知らなかったの…………。ひっひっ……、ゆる、許して……あず、さ……」
「夕実ちゃんは悪くないよ! ぜ、全部僕が悪いの! だから泣かないでよ! お願いだから泣かないでよ…………うぅぅぅ」
三石を抱きしめながら真野も一緒になって泣き出した。俺はその光景をただ黙って見守る事しかできなかった。
「…………てわけだ。分かったか? 三石さん」
「……うん」
泣き止んだ二人を部室のソファーに座らせ、三石にあのオーディションの真実を、真野に代わって俺が詳しく説明をした。上手く伝えられたか正直不安だが、真野から訂正がなかったところを見ると間違った説明はしなかったようだ。
三石は俺の説明を聞いて更に落ち込む。自分の勘違いがどれだけ真野を苦しめてきたか、それを知って真野に対する罪悪感でいっぱいなのだろう。
その気持ちに気がついたのか、真野は必死で三石をかばう。
「夕実ちゃんは全然悪くないからね! 全部僕の事務所が悪いんだよ! あとその事をずっと黙っていた僕が悪いんだ! だからそんなに自分を責めないで……お願いだから」
「……悪いのは……私だよ……。梓は悪くない……。悪いのは私だけだよ」
「違うよ! 僕が悪いんだ! 僕が……悪いんだよぉぉ……うぅぅ」
また二人して泣き出してしまった。お互いがお互いをかばうのを見ると、やっぱりこの二人は切っても切れない縁なんだなとうらやましく思う。でもこのまま泣き続けられたら話がまとまらないので、二人が仲直りするように話を進める。




