同好会解散 ~1~
「梓! 早く教えてって言ってるのよ!」
三石が真野に怒鳴る姿は、俺に怒鳴る時とは比べ物にならないぐらいの怖さと迫力だ。
「あ、あの……そ、それは……うぅぅ……」
怒鳴られた真野は怯えていて上手く話せない。声も裏返っていて瞳には溢れんばかりの涙を溜めている。
「じゃあ春夏教えなさい!」
真野に聞いても時間の無駄と思ったのか、俺を睨みつけながら三石が聞いてきた。
「い、いや……そ、そのなんて言うか…………あぐしっ!」
オロオロしていると、三石の強烈な一発が俺のボディーに突き刺さる。
「はっきり答えなさい! 藤咲麻衣と梓がどんな関係かを!」
腹を押さえて痛がる俺を見下ろしながら三石が更に聞いてくる。俺はこれ以上誤魔化す自信がないのと、何より殴られるのが怖いのでつい本当の事を言ってしまった。
俺が三石に話している間、真野はずっと下を向いて小刻みに震えていた。
「…………そう、梓が藤咲麻衣……なんだね……」
三石は確かめるように呟く。
「で、でもよ、確かに真野さんは藤咲麻衣だけど、三石さんが嫌いになったのは誤解が原因なんだよ! だから藤咲麻衣は悪い子じゃない……いてっ!」
真野をかばおうと必死で三石に説明していたらまた殴られた。でも今までとは違ってなんとも弱々しいと言うか、悲しい感情がこもったようなビンタだった。
「なんで……なんで黙ってたの?」
「え、あ、あの……ご、ごめんなさい……」
真野を見つめる目がなんとも切ない三石。今まで完全に信じていた人に裏切られた、そんな気分なんだろうな……。
「なんか私ってバカみたいだね……」
「えっ?」
「梓の事を本当の妹のように思ってた。本当の家族のように信頼していたし、梓もそう思っていると信じてた。だからなんでも話し合えるし隠し事もないと思っていたのに。でもそう思っていたのは私だけだったんだね……」
悔しそうに話す三石の瞳にも涙が光っていた。
「そ、そんな事ないよ! 僕も夕実ちゃんと同じように思ってるよ!」
「嘘つき。本当は私が藤咲麻衣の話している時も、『本人が隣にいるのに何言ってるんだよこいつ』とか思ってバカにしてたんでしょ……」
「し、してないよ! 本当にしてないから! 信じてよ!」
「今までずっと私を騙してきた人の言う事なんて信じられるわけないでしょ!」
「そ、そんな……」
必死に弁解する真野を三石は一蹴する。今の三石には何を言っても一切耳には入らないだろう。それだけ三石が受けたショックは大きいはずだ。俺だって自分が一番信じていた相手にずっと嘘をつかれていたら、今の三石と同じ態度になるかもしれない。
だが今回の件は真野が完全に悪いってわけじゃないし、三石の誤解も絡んでいる。よって真野だけを責めるのは間違っている。
でも今更そんな事を言っていても始まらない。それに真野が藤咲麻衣とバレた今が、この誤解を解くいいきっかけになるかもしれない。と言うかここで誤解を解かなきゃ完全にこの二人の仲は終わってしまう。
「ちょ、ちょっと三石さん、真野さんにも話せない事情があったんだよ。だって本当の事言ったら三石さんに嫌われる可能性もあったわけだし。だからそんなに怒らなくても……」
「部外者は黙ってて! 昨日今日会ったばかりで私と梓の事もろくに知らないくせに、偉そうに知ったような口聞くなバカッ!」
「うっ……」
なんとかしようと二人の間に割って入ってみるも、三石の怒りを買うだけでした。
俺を怒鳴りつけた三石は、真野にゆっくりと近づく。
「わ、私が受けたショックは、梓も十分に分かってくれていると思ってた……。だから例え私に嫌われようが、本当の事を梓の口から聞きたかった。それなのに今までずっと黙っているなんて……信じられないわ……」
「…………」
三石の言葉に真野は何も言えず、声を押し殺して泣くだけだった。
そして真野の前に立った三石は俺に食らわせた……もとい、それ以上の強烈なビンタを真野に放つ。
「梓、もうあんたの顔なんて見たくないわ。これでお別れね」
「……わ、分かったよ……ご、ご、ごめんなさい……」
殴られた左頬をおさえながら真野は走ってこの場を離れた。
「み、三石! 何も殴らなくてもいいだろ!」
俺の言葉に三石は全く反応しない。確かに今まで嘘をつかれていて怒る気持ちも分かるが、だからと言ってここまで冷たく接するか? しかもずっと姉妹みたいに仲良かった相手に手まで上げるとは信じられん!
ムカついた俺はもっと三石に文句を言いたかったが、真野の事が心配なのでここはグッと堪える。俺は三石を睨みつけると、真野のあとを追った。
大好きな三石にあそこまで言われて、今の真野の精神的状況は相当ヤバいだろう。よって何をするか分からない。
猛ダッシュで走る真野はめっちゃ速くて、運動神経ゼロの俺には到底追いつく事もできず完全に見失ってしまった。ヒィヒィ言いながら校舎内を探し回った結果、ようやく部室に戻っていた真野を見つけた。
部室に入ると真野は自分のバッグを抱きしめて泣いている。
「…………真野……さん」
その姿を見たらなんと声をかけたらいいのか分からない。こんな時、女友達が多い奴なら上手い事の一つや二つ言えるのだろうが、俺は女性恐怖症で人見知りだ。だから全く上手い文言が浮かばない。
テンパる俺に気がついた真野は急いで涙を拭う。
「だ、大丈夫か?」
「もう……終わりだな」
ありきたりの言葉しかかけられない俺に、真野は悲しい笑みを浮かべる。そしてバッグ持って部室を出ようとする。
「お、おい待てよ! こ、このままでいいのかよ!」
急いで真野を引き止める。真野は肩を震わせながら立ち止まった。
「よ、良くないけど僕が悪いから……だから仕方ないよ」
「仕方なくねぇ~よ! 確かに黙っていたのはまずかったかもしれないけど、それだって三石さんの事を思ってだろ! だから真野さんは悪くない……」
「ど、どんな事情があるにしても僕は大好きな人を裏切ったんだ。だ、だから僕が全部悪いの……。悪いんだよ……」
苦しそうに再び泣き出した真野。
こんな姿を見ていたら心の底からなんとかしてあげたい。だがこの状況を打開できる答えなんか脳みそカスカスで、人生経験が乏しい俺には見つけられるはずもない。でも俺は自然と叫んでいた。
「大丈夫! 仲間の俺がなんとかしてみせるから! 終わりになんかさせるかよ!」




