真野梓 ~6~
「そのオーディションで三石さんと揉めたのか?」
「直接揉めたわけじゃないけど……でも間接的ってわけでもなくて……。でもそこで夕実ちゃんに嫌われたの……」
なんかハッキリしない物言いだな。具体的に何があったのかこっちは知りたいのだが。
「ど、どう嫌われたんだよ? もっと詳しく」
「…………テレビアニメの主人公のオーディションだったんだ。夕実ちゃんも僕もその役を受けて、僕達は最終選考まで残ったの。そして僕が選ばれた…………」
「そうなのか。って事は受からなかった腹いせに、三石さんは藤咲麻衣の事を恨んでいるって事か?」
「ち、違うよ。夕実ちゃんはそんな事で嫌いにならないよ……」
言いたくないのか言いづらいのか、真野はなかなか核心を言ってくれない。焦らされるようで若干イラついた俺は、
「は、ハッキリ言ってくれないかな。これじゃ先に進めないって言うか、嫌われた理由が全く分からないんだけどさ……」
その言葉に真野は目から大粒の涙をこぼしながら叫んだ。
「ぼ、僕がすでに主人公に決まっていた事が夕実ちゃんは許せなかったんだよ!」
「えっ? き、決まってたってどうゆう事だよ……」
「アイドルとして失敗した僕を声優として再デビューさせる事は、事務所側もどうしても成功させる必要があったの。だって新しく作った声優部門を成功させるには、声優第一号の僕の成功が絶対条件だったから。そこで考えたのが大人気作品の主人公として僕をデビューさせる事。しかもオーディションをして、自分の実力で勝ち取ってデビューする。それが事務所の考えた筋書きだったの……」
「じ、事務所の方針とオーディションの件と一体どうゆう関係があるんだよ?」
「当時の僕は一応声優の勉強はしていたけど、プロの人や声優の勉強をずっと続けていた人に勝てるほどの実力なんて持っていなかった。でもどうしてもその人達に勝たなければいけなかった。でも普通に戦ったら勝てるわけがない。そこで事務所は筋書きを完璧に実行できるようにと、事務所の力を最大限に使ったの。当時大人気だった漫画のアニメ化の権利を買い、制作も全て自分達の力が及ぶ会社を使った。もちろん全ての事柄は事務所の名前を隠しながら内密に行った。そして色々なメディアに宣伝をして、主人公のオーディションを大々的に開催したの……」
真野は泣きながらもゆっくりと話してくれた。
ここまでの話を聞いて頭の悪い俺でもなんとなく分かった。だがそれを確かめるのが怖かった。何故ならその真実を聞いた瞬間、俺は真野を軽蔑の眼差しで見てしまうようで、それが嫌で嫌でたまらなかった……。
でも聞かなくては話が進まない。一応真野の手助けをしたいと言った以上、嫌でも確かめなければいけない。
「今までの話を踏まえると、そのオーディションは誰が受けても……」
「うん。どんな人が来ても僕が合格するって決まっていたんだ……」
やっぱりやらせのオーディションかよ……。どんなに頑張っても最初から結果が決まっているオーディションなんて最悪じゃないか。三石も必死で勉強して努力してオーディションを受けたのだろう。でもそのオーディションはすでに結果が決まっていたなんて。それを知った時に三石はどう思ったのだろう……。そう思うだけで心が痛い。
真実を知った俺は案の定、真野を軽蔑してしまった。声優・藤咲麻衣がこんな卑怯な事をして誕生したなんて、頑張ってきた人達を踏みにじって今の地位にいるなんて、俺には許せなかった。
でも何故やらせオーディションだと三石は分かったのだ? こんなヤバい事って絶対に秘密だろ。
「でもどうして三石さんは知ったんだ? それって絶対に洩らしちゃダメな秘密だろ?」
「夕実ちゃんは自分より演技が下手だった僕が合格した事が納得できなくて、スタッフに合格理由を聞いたんだって。最初は適当な理由であしらってたスタッフの人も、あまりにもしつこい夕実ちゃんにイラッとしてつい本当の事言っちゃたらしいの」
それはなんとも口が軽いスタッフだな。でも三石もかなり暴言みたいな事も吐きつつスタッフに詰め寄ったのだろう。そんな光景が目に浮かぶ。
「真相を知った夕実ちゃんはそんな不正が平気で行われる声優業界に失望して、声優になる夢を諦めたの。自分の夢を叶える為に頑張っている人がバカを見るような、そんな世界なんてこっちから願い下げだって言って……。そしてその原因となった藤咲麻衣をもの凄く憎むようになったの」
真野の言葉を聞いて三石が俺の原稿の事で、あんなに言ってくれた理由が分かった気がした。あいつにとってきっとどこかで声優になる為に頑張っていた自分と、漫画家になる為に頑張っている俺が重なったのだろう。だから自分の事のようにあそこまで言ってくれたんだな。
「で、でも僕も知らなかったんだよ……。夕実ちゃんに聞くまで知らなかったんだもん、そんな事が決まってたなんて……。ぼ、僕も一生懸命頑張ったんだよ………。だからそのオーディションに受かったて聞いて凄く凄く嬉しかったもん。泣くぐらいに嬉しかったんだもん……」
真野も知らなかったのか……。俺はてっきり真野も承知だと思っていた。だが知らないと聞いて正直ホッとした。どんなに俺との相性が悪い真野と言えど、同じ同好会のメンバーだ。軽蔑なんてしたくないからな。
必死だったのは真野も同じか。じゃなきゃ泣くほど喜ぶ事なんて有り得ないからな。真野も被害者だったんだ……。
「その事があって三石さんは藤咲麻衣を嫌っているのか」
「うん……」
三石の気持ちも分かる。もし俺が三石の立場なら、俺も藤咲麻衣を嫌いになっていただろう。でもそれは藤咲麻衣……もとい真野が決めた事じゃなくて、周りの大人達が勝手に決めた事。本当は二人とも被害者なのになんで片方は死ぬほど相手を嫌って、片方はその事をまるで自分の罪のように背負い苦しまなければならないのだ。
真野は何も悪くない。悪いのは真野を売り出す為になりふりかまわない行動に出た事務所だけだ。もちろん事務所側も色々と考えがあっての事だろう。でも現にこうして苦しんでいる人が出てきている以上、どんな事情があっても許されないと思う。いや、例え苦しむ人が出なくても、こうゆう事は絶対にしてはいけないと思う。だって頑張っている人がバカを見るなんて絶対に良くないから……。
二人の事を思うと気の毒で可哀想で、俺は胸が締めつけられるように苦しくなった。だがここで俺は一つ重大な事に気がつく。
「……ひ、ひょっとしてこの事があったから声優辞めるのか?」
黙って頷く真野。まさかそこまで追い込まれているとは……。
「ちょ、ちょっと! それは違うぞ真野さ……」
「何も違わない! 僕はずっと夕実ちゃんと一緒にいたいんだ! だからその為に障害になる部分は全部排除するのが当然なの! だから声優辞める事も間違ってないんだ!」
まるで自分自身に言い聞かせるように、真野は自分の決断を力強く肯定する。だが俺からしたら間違っているとしか思えない。だって三石の完全なる勘違いでこうなったわけだし、時間をかけて話し合えば解決できると思うから。
「そ、それは違うぞ! 確かに三石さんは藤咲麻衣を嫌っているけど、その理由だって藤咲麻衣もやらせに加担しているって言う誤解が原因だろ! 声優辞めるとか考える前に一度三石さんと話し合えよ! 本当の事を言えば絶対に三石さんも分かってくれるさ! それに声優になったのは、こんな事で辞められるほど簡単な思いだったのかよ! 違うだろ! じゃなきゃオーディションに受かった時に泣くほど喜べないはず……」
「うるさいうるさいうるさい! お前に何が分かるんだよ! もしお前の言う事を聞いて夕実ちゃんと話し合った結果、嫌われたらお前責任取れるのか! 誤解だらけって事はお前に言われなくても分かってるんだよ! でも僕は危険を冒してまで誤解を解く道を選ぶよりも、夕実ちゃんとずっと一緒にいられる安全な道を選ぶ! その為なら声優だって喜んで諦めるよ! 声優になった思いは決して遊び半分じゃない。真剣に心の底から声優と言う職業に向き合ってきたし今でも大好きだよ。でも今の僕にはそれ以上に夕実ちゃんの方が必要なんだよ! たくさん悩んで悩んで出した僕の答えにケチつけるな!」
真野は顔中くしゃくしゃにして、鼻水まで垂らしながら泣いて訴えてくる。そんな姿を見ていたらもう何も言えない。
心の中ではやっぱり真野の答えには反対で、三石と話し合うべきだと思っている。
でも俺に何かできるわけもなく、ここは真野の思いを黙って見守るのが一番だろう。
藤咲麻衣が引退するのは本当にもったいないと思うけど、真野にとって声優でいる事よりも三石と一緒にいる事の方が大事なんだ。三石を思う強い気持ちを大切にしてあげたい。
それにしても自分を犠牲にしてまでも失いたくない物があるなんて……。俺と同じ高校生なのに考え方が凄いなって、真野の事を尊敬してしまった。




