真野梓 ~5~
真野も「仲間」なんて言われて腹が立ったのか、泣きながら文句を言ってくる始末。
俺の励ましの言葉なんて真野に届くわけもなく、その後しばらく真野は泣き続けた。
「落ち着いたか?」
「……うん……」
どれぐらい時間が経っただろう。四月とは言えまだ肌寒い外で、俺は真野が泣き止むのを待った。
落ち着いた真野をゴミ焼却炉から少し離れた場所にあるベンチに座らせ、俺も真野から少し離れて同じベンチに座る。
ちなみにこのベンチは四人ぐらいが座れる物で、粗大ゴミとしてここに置いてあるのではなく、普通に座る用として設置してあるベンチだ。よって定期的に清掃されているので、ゴミ焼却炉の近くにあっても汚くはない。
ベンチに座ってからしばらく沈黙する俺達。ここは俺が何かしら話しかけないといけないのだろうが、何を言えばいいのか全然分からない。困ってオロオロしていると、真野の方から話しかけてきた。
「夕実ちゃんとは今から二年前に初めて会ったの。、あるイベント会場で……」
真っ直ぐ前を見ながら話す真野。俺も真野と同じように真っ直ぐ前を見ながら話を聞く。
「イベントってアニメのか?」
「そう、毎年夏に開催されるアニメのイベント。そこで夕実ちゃんと出会ったんだ」
「イベントで会ったのなら、三石さんも真野さんが藤咲麻衣って分かるだろ」
「バカか! 誰が藤咲麻衣の姿で会ったって言ったよ。僕もお客として参加したの! だから夕実ちゃんと会った時は真野梓としてだよ!」
怒鳴られた。そんな事言われなきゃ分からないって~の!。
「そ、それは勘違いしてすいませんでしたね……。で、どんな経緯で出会ったんだよ」
「今から言うから黙って聞いてろよ。ホントお前は早漏野郎だな!」
「なぁぬっ!」
口が悪いだけならまだしも、下ネタまで平然とブチ込みやがった。これがあの可愛くて素敵な藤咲麻衣と同一人物とは悲しすぎる。
でもこの口の悪さはいつもの真野だな。言葉の内容にはイラッとしたが、普段の真野に戻ってちょっと安心した。ずっと落ち込んだままだったら正直どう接していいか分からなかったしな。
怒鳴った時だけ俺の方を見た真野だが、再び真っ直ぐ前を向いて話を続ける。
「あの日は一人でこっそりイベントに参加したんだ。誰にもバレないようにしっかり変装してね。でも一部の人にバレちゃって大騒ぎになったんだ」
「そ、そりゃ藤咲麻衣がいたらアニメ・声優ファンは大パニックになるだろうよ」
「そうなんだよ。こっちは静かにイベント楽しもうと思っていたのに、キモオタ達が僕を見つけて『藤咲麻衣がおる! めちゃ可愛いやん! サインサイン!』とか言ってギャーギャー騒ぎ出してさ。ホント気持ち悪くて最悪で、マジ死ねよって思ったね!」
お前はその「キモオタ」達のおかげで大人気声優になったって事を忘れるなよ。
もう完全復活した真野は、口の悪さが以前よりパワーアップしているような気がする。こんな事ならあのまま落ち込んでくれていた方が良かったな。それに落ち込んでいる真野はなんか弱々しくて、守ってあげたい雰囲気全開で可愛らしかったし。でももう後の祭りですが。
「でさ、パニック状態になってイベントどころじゃないから帰ろうとしたんだけど、どこ行ってもキモオタばかりで帰れなくなってさ。困っていたところに偶然夕実ちゃんが現れたんだ」
今まで荒い口調だった真野だが三石の事を話し出した途端、急に明るい口調に変わる。
「焦っていた僕に、『どうしたの? 大丈夫?』ってまさに天使のような笑顔で話しかけてくれたんだ。その瞬間恋に落ちたね。まさに運命的な出会いだったよ!」
こ、恋に落ちた? その発言に驚いた俺は反射的に真野の顔を見る。するとそこにはめっちゃキモい笑顔でニヤついている真野がいた。まさかこいつ、そっち系だったのか?
まぁ確かに三石は綺麗でいて凛としているから、女から見ても頼れるしカッコ良いと思うのかもしれないが、まさか恋愛対象として見ているとは……。
更に更に俺が抱いていた藤咲麻衣像が打ち砕かれた。どんだけこいつは清くて純粋な声優ファンの心を汚せば気が済むのか……。
だが俺のそんな思いなど真野には分かるわけもなく、まだまだノロケ話は続く。
「夕実ちゃんも一人で来ていたみたいで、『変な人に追われてるの』って言ったら、『なら私が一緒にいて守ってあげるから安心して』って言ってくれたんだ。その時にこの人に一生ついて行く! って誓ったんだよね」
俺の肩をバシバシ叩きながら一人勝手に盛り上がっている真野。気持ち悪さが半端ないのですが……。しかも痛いし……。
三石も三石で、初めて会った相手によく「私が守る」とか平気で言えるよな。普通そこは警察呼ぶとかイベントスタッフに言うとかだろ。でも俺の漫画の件もあるし三石は困っている人を見たら、なんとかしてあげたいって自然と思うのだろうか?
「夕実ちゃんに守られながら無事会場を出た僕達は、イベント会場から少し離れた喫茶店に入ってたくさん話して友達になったんだ。僕って芸能界に入ってから仕事が忙しくて友達がほとんどいなかったから、夕実ちゃんが友達になってくれて凄く嬉しかった。それからは僕に時間ができると夕実ちゃんに会いに行った。でも僕の休みが少ない上に夕実ちゃんの家まで車で一時間以上かかる場所に住んでいたから、夕実ちゃんの家の近所に一人暮らしを始めていつでも会えるようにしたんだ。家が近いならちょっとの時間でもすぐに会えるしね。あと夕実ちゃんの家にもたくさん泊ったんだぞ」
どんだけ三石大好きなんだよ。恋人ができても相手に会いたいって言う理由だけで、引っ越しとか普通しねーぞ。でも照れながらも笑顔で楽しそうに話す真野を見ていると、こいつにとって三石がどれだけ大切で大好きな存在か俺にも十分に伝わった。
だが次の瞬間、笑顔だった真野が急に悲しそうな表情になった。
「夕実ちゃんと出会って僕の毎日は変わった。夕実ちゃんのおかげで今まで以上に仕事や学校の勉強も頑張れたし、仕事で嫌な事があっても夕実ちゃんの存在が僕の支えになって乗り越えられた。毎日が幸せだったんだ。でもまだ僕が藤咲麻衣って事は言ってなかったから、いつ本当の事を言うか悩んでいたの。だって夕実ちゃんには嘘とか隠し事したくなかったから。そして色々考えた結果、高校の合格報告の時に一緒に話そうと決めたの。でもいざ藤咲麻衣の話題を夕実ちゃんにした時に、ある事実を知ってしまった……」
「あ、ある事実? 一体何を知ったんだよ?」
再び落ち込んでしまった真野は、俺の問いかけに下を向いて黙ってしまった。
少しの間沈黙した真野は、何かを決意したかのように重い口を開く。
「夕実ちゃんが藤咲麻衣を心底嫌っているのを知ったんだ…………」
「えっ? 真野さんと出会った時点でもうすでに三石さんは藤咲麻衣嫌いだったのか?」
「うん。大っ嫌いだった……。恐ろしいぐらいに嫌っていたし、死ぬほど憎んでた……」
そんなに昔から嫌っていたのか。しかも死ぬほど憎んでいたなんて……。
「どうして三石さんはそんなにも藤咲麻衣を嫌っているんだ? 何か心当たりとかあるのか?」
「僕は覚えてないんだけど、ずっと前に一度だけ夕実ちゃんと会った事があるの」
「えっ? そうなのか。どこで会ったんだ?」
「声優のオーディション会場で……」
「声優のオーディション会場だと! な、なんでそんなところで三石さんと会うのだ?」
意外すぎる答えに思わず声が裏返ってしまった。三石は声優のオーディション会場で一体何をしていたのだ?
「夕実ちゃんは声優になるのが小さい頃からの夢で、中学の頃は声優の養成所にも行ってたんだ」
ま、マジでか! まさか三石が声優になりたかったなんて思いもしなかった。
だって俺と初めて会った時に「声優になりたいの?」って聞いても、表情を暗くするだけでそんな事は一切言わなかったから、声優は好きだけどなる気はないと思っていた。でも声優の養成所にまで通って勉強していたとは、本格的に声優を目指していたんだな。




