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真野梓 ~4~

 俺の問いかけに無言で睨みつけてくる。間違いない! 藤咲麻衣は真野だ!

 真野と初めて会った時、どこかで聞いた声だと思ったのは……。


 さっき眼鏡を外した真野を見た時、どこかで見た事があると思ったのは……。

 自分でも気がつかないうちに真野の声と姿が、藤咲麻衣と同じだと気がついていたのかもしれない。だから引っ掛かったのだろう。


 以前動揺する俺とは違い真野はすぐに声優・藤咲麻衣に戻り、笑顔で俺にサインをしてくれた。サインを貰った俺は他の人がしたような一分程度の会話などできるわけもなく、逃げるようにその場を離れた。


 アニメイトゥスを出た俺はなんとも言えない感情に襲われていた。

 まさかあの大人気声優が俺の知っている奴だったとは……。

 しかも同じ同好会にいる奴だったとは……。

 しかもしかも、声優の時とは全然違う性格の奴だったとは……。

 この事実、どう処理したらいいか分からず混乱が止まりません!


 …………でも待てよ。真野が藤咲麻衣本人なら何故あんなに反藤咲麻衣発言をしていたのだ?  


 それに何故藤咲麻衣嫌いの三石と一緒にいるのだ? ……て言うか三石は真野が藤咲麻衣と言う事を知っているのか? もし知っているのなら何故本人の目の前で、あそこまで藤咲麻衣の事をボロクソに言えるのだ?


 ひょっとして三石は知らないのか? だから真野の前でもあそこまで藤咲麻衣について罵詈雑言を言えるのか。でもそれなら何故あんなに仲良しの三石に、本当の事を言っていないのだ?


「あぁ~! もうわけが分からん! 俺のクソな脳みそじゃ理解不能だ、バカ野郎!」


 理解できない事の連続にイラついた俺は、両手で激しく髪の毛を搔き毟る。だが今ここで俺が色々考えたところで、答えなど出るわけがない。明日同好会があるからそこで直接真野に聞いて真意を確かめるしかない。

 複雑な思いのまま俺は帰路についた。


 帰りの電車の中で何か大切な事を忘れているような気がしたが、思い出せないので考えるのを止めた。



 次の日――――。

 結局一晩中、真野の事を考えていた。よって完全に寝不足です。

 頭の中じゃ俺が一人で考えたところで、なんの意味もないって事ぐらい分かっている。


 でも気になって気になって自然と真野の事を考えてしまう。そんな頭のモヤモヤを早く解消する為にも、真野に会って色々聞かないとな。

 俺は準備もそこそこに学校へと急いだ。 


 学校に着くと正門前で周りをキョロキョロと見回している真野がいた。


「何してるんだあいつ?」


 眼光鋭く周りを見ている真野からは殺気すら感じたが、俺は昨日の事が聞きたくてうずうずしていたので真野にダッシュで近づく。すると俺に気がついた真野はいきなり、


「ちょっと来て!」


 俺の右腕を力強く掴むと歩き出した。


「い、痛いって! ど、どこ行くんだよ!」

「うるさい! 黙ってついてこい!」


 連れてこられたのは北校舎裏にあるゴミ焼却所の前だった。ゴミ置場も近くにある為少し嫌な臭いがする。

 真野は立ち止まって俺の腕を離すと、今度は俺の胸倉を掴んでもの凄い剣幕で睨みつけてきた。その形相に俺は怯えまくる。


「な、なんだよ。いきなりさ……」

「お前、夕実ちゃんに昨日の事言うつもりだろ!」

「えっ? って事はや、やっぱり真野さんが藤咲麻衣だったのかよ!」

「そうだよ。悪いかボケ!」


 昨日の時点で真野と藤咲麻衣が同一人物だと分かっていた……つもりだったが、でも心のどこかではひょっとしたら俺の勘違いでは? と疑う気持ちもあった。 でも真野の言葉により完全に真実と分かった今、俺の受けた衝撃は半端なかった。

 だって今までテレビや雑誌でしか見た事なかった大人気声優が、こんなにも近くにいたのだから驚くなって方が無理な話だ。それにテレビの印象と実際の印象があまりにも違い過ぎて、今まで藤咲麻衣に抱いてきた優しくて可愛らしいイメージが全てブチ壊された衝撃も大きい。


 ……でも悪い事ばかりでもないか。だって真野が声優って事はこの同好会の、「声優と仲良くなる」と言う目標が達成されたわけだ。(でも正確に言えば真野は俺の事を完全に嫌っているので、「声優と仲良くなった」と言うよりは「声優と知り合った」と言う表現が正しいけどね)よって俺がBLを聞かなくても良くなったわけである! 昨日BLドラマCDを買うの忘れて帰ったが、結果的には買わなくて正解だったな。


 そう考えているとショックより喜びの方が大きくなり自然とニヤけてきた。そんな俺を見て真野は更に胸倉を締め上げてくる。


「何キモい顔してんだよ、このバカ春夏! いいか! 昨日の事は絶対に夕実ちゃんに言うなよ! もし言ったら殺してやるからな!」


 今までに見た事がないぐらいブチ切れながら脅してくる。その表情に、「こいつ本気で殺しにくるな」と背筋が凍るほどだ。


「み、三石さんは真野さんが藤咲麻衣って事を知らないのか?」

「知るわけないだろ! 夕実ちゃんは藤咲麻衣を死ぬほど嫌ってるんだ。そんな夕実ちゃんに本当の事を言ったら僕まで嫌われちゃうだろ……。だから絶対に言うなよ! もし夕実ちゃんに言ったらお前を殺して僕も死ぬから!」


 やっぱり三石は知らないのか。まぁ三石が知っていればあんなに反藤咲麻衣発言をするわけがないしな。当然の答えと言えば当然だが、そもそも反藤咲麻衣の三石と藤咲麻衣の真野がどう出会ったのか? そして何故ずっと仲良しで一緒にいるのか? 疑問が次から次へと出てくる。


 今俺が分かっているのは三石が藤咲麻衣を嫌っている事と、真野が藤咲麻衣って事だけ。

 三石が藤咲麻衣を嫌いになった理由も分からなければ、真野が三石に自分が藤咲麻衣と言う事を隠している理由についても全く分からない。


 この際どんなに怒鳴られようが全部聞いてやる。じゃないと気持ちがスッキリしないし、それ以前にこんな複雑な状況下で理由も分からず真野達と今までどおりに接する自信がない。


 真野にとっては俺に知られた事が大きな誤算かもしれないが、俺も偶然知ってしまったからには覚悟しなければならない。だってどんな理由があるにしろあの恐ろしい三石を欺くわけだ。その危険を犯すには理由ぐらい知っておかないと割に合わない。

 よって俺は勇気を出して真野に質問をぶつける。


「分かったよ、三石さんには言わないよ。でもなんで三石さんに本当の事を言わないのか教えてくれないか? 俺に言いたくない気持ちは分かるけど、偶然とは言え真野さんが藤咲麻衣って知った以上この事でもし何か悩みとかあるなら力になりたいし。だから理由を教えてくれないかな……」

「お前に話してもなんも変わらんのじゃボケ~!」


 バシッ!


「ひ、ひたひ!」


 強烈なビンタが俺の左頬に炸裂! 俺は両手で左頬をさすりながら涙目で真野に抗議する。


「い、痛いじゃんかよ! いきなり殴らなくてもいいだろ! 人がせっかく心配し……」

「うぅぅ……お前……なんかにぼ、僕の悩みが……分かるわけ……ないよ……」


 いつも強気で力の強い真野が、大粒の涙をこぼしながら泣き出した。

 両手で涙をぬぐいながら悔しいそうに……そして悲しそうに泣いている。


「……た、確かに俺に話したところで何も変わらないかもしれないけど、俺達仲間だろ? だから少しでも真野さんの手助けをしたいんだよ」

「…………な、仲間? ふ、ふざけるな……誰がお前なんかと……」


 真野を心配するあまり、「仲間」と言う言葉が自然と出てきた。でも一度もそんな風に思った事はない。だって真野にはたくさん嫌味を言われ続けてきたから、仲間なんて思うはずがない。


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