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真野梓 ~3~

「だ、だってこの写真と一緒だし……」


 そう言って自分のバックから一枚の写真を取り出して俺達に見せてきた。その写真を見た瞬間、俺は自分の目を疑った。


「な、なんでお前が真野さんの写真持ってるんだよ!」


 写真に写っていたのは、どこぞの建物の出入り口からで出てくる真野だった。服装こそ私服だが、髪型は普段と同じで眼鏡もしていて完璧に真野本人だ。


「こ、これは藤咲麻衣ちゃんの事務所の入り口で、この写真を撮る数十分前に同じ服を着た麻衣ちゃんが入るのを見たんです。だから出てきたこの子は、髪型こそ違うけど間違いなく麻衣ちゃんなんです!」


 必死で訴えるオタク男性。多分こいつは熱烈な藤咲麻衣ファンだろう。そのファンが髪型が違うぐらいで大好きな声優を間違えるだろうか? いや、多分そんなミスはしないだろう。だとするとこいつの言うとおり、真野梓があの声優の藤咲麻衣って事になる。そんな事が本当にあるのか……。

 俺は驚きながら真野に目をやる。すると真野は、


「こ、この写真自体私じゃないから! 私こんなところ知らないもん!」


 普段自分の事を「僕」と言っている真野が、「私」と言ってしまうほど取り乱しながら逃げるようにこの場を離れて行く。

 そのあとをオタク男性が追いかけようとしたが、俺がオタク男性の首根っこ急いで掴む。


「本人だろうが他人だろうがあんなに嫌がってるんだ。ファンなら相手が嫌がる事をしないのがルールじゃないのかよ」

「う、うるさいな! バ、バカ!」


 俺の腕を必死に引き剝がすと、オタク男性は悔しそうに真野とは逆の方向に走って行く。


「一体なんだったんだよ……。でも真野があの藤咲麻衣? ないない! あんなに可愛くて笑顔が素敵で、声優界人気NO.1の藤咲麻衣が真野なわけがない!」


 動揺する自分を無理矢理落ち着かせる。だがここでもう一つ動揺する事を思い出す。

 あいつも今日ひょっとしてアニメイトゥスに行くのか? 俺がアニメイトゥスに来たと言った瞬間めっちゃ慌ててたしな。もしそうなら俺が藤咲麻衣のサイン会に参加しているところを見られるかもしれないぞ。もしそんな事になったら三石に絶対言うだろうな。これは藤咲麻衣のサインは諦めないといけないかも……。


 でも真野にどんな予定があろうと、あいつ自身があの「反藤咲麻衣同盟の誓い」を破るはずがない。だって三石と一緒になって、あんなにも反藤咲麻衣同盟の誓いを叫んでいたんだからな。今日アニメイトゥスで藤咲麻衣のサイン会がある事は、多分真野も知っているはず。よってそのイベント中に真野がこの建物に入る事は絶対に考えられない。だから俺が藤咲麻衣のサイン会に参加しても、バレる心配は一切ないってわけだ!


 再び安心した俺はサイン会までの間、近くの本屋やコンビニなどでなんとか時間を潰した。だがその間も考える事は真野の事ばかりだった。

 本当に藤咲麻衣は真野なのか?

 頭の中じゃ絶対にないと分かっている。だってもし真野が藤咲麻衣ならば、三石と一緒になってあんなに藤咲麻衣批判をするわけがない。自分の事を批判するなんて聞いた事がないからな。


 よって真野は藤咲麻衣ではないのだ。でもあのオタク男性の言葉と真野の態度は、その揺るぎない答えを、揺るがすには十分な根拠になる。こうなったら直接藤咲麻衣を見て答えを出すしかない。俺はその時が来るのを静かに待った。

 


 そして時間は過ぎて――――――。

 アニメイトゥスの四階にあるイベントスペースには、藤咲麻衣ファンが約百人集まってもの凄い熱気に包まれていた。真野に絡んでいたあのオタク男性もさっきの事などなかったように、藤咲麻衣の登場を今か今かと待ちかねている。

俺もファンではないが、藤咲麻衣を見られる事にすでにテンション上げ上げです。


「こんにちは! 皆さん初めまして!」


 イベントスペースのステージ端から、笑顔で手を振りながら藤咲麻衣が登場。

 藤咲麻衣の登場で会場の熱気がピークに達し、


「麻衣――! 大好き!」

「こっち向いて! 麻衣ちゃ~ん!」

「I LOVE 麻衣!」


 オタク男子どものドス黒い声援が会場に響き渡る。そんな声援に藤咲麻衣は満面の笑みで答える。その堂々たる振る舞いときたら、俺と同じ高校生(しかも一歳下)とは思えないほどしっかりとしている。


 今日の藤咲麻衣は花柄が入ったピンクのワンピースを着ていてめっちゃ可愛い。髪型は普段と同じでツインテール。髪の色は綺麗な茶髪で艶ありまくりです!

 イベントスペースは学校の教室二つ分ぐらいでそれほど広くない為、ステージからかなり後方にいる俺でもなんとか藤咲麻衣の表情を見る事ができる。


「やっぱ可愛いな……」


 雑誌やテレビで見る以上に実物は可愛い。

 間近でこそ見ていないが本人を目の当たりにした結果、どう見ても真野梓と藤咲麻衣は別人だ。だって藤咲麻衣から溢れ出る人気声優としてのオーラは、真野ごとき一般高校生に出せるような代物ではないからな。


 真野と藤咲麻衣が別人と分かって安心した俺は心置きなく叫んだ。


「麻衣ちゃ~ん! めっちゃんこ可愛い――――――――!」


 イベント前半はトークコーナー、後半はサイン会という流れで行われた。トークでは新しい写真集の事や声優引退についても赤裸々に語ってくれて、その真っ直ぐと言うか何も隠さない感じがより好感を持てた。


 引退について話していた時は藤咲自身おもわず涙ぐむ場面もあり、会場のファンや俺までも泣けてきてしまった。引退の理由は前から言われている、「学業に専念する」というものであったが改めてこの人気の中、そしてこの若さでの引退はもったいない気がした。


 イベントは進みいよいよサイン会。俺は緊張でガチガチになる。

 ステージの中央に置かれた机と椅子に藤咲麻衣が座る。ファンは順番に机の前に行き藤咲麻衣の写真集にサインを書いてもらう。その時に一言二言会話を交わして握手をする。


 時間にしたら一分にも満たないかもしれないがファンには至福の時だ。

 ドキドキしながら自分の順番を待つ。


 時間が経つにつれ俺と藤咲麻衣との距離が縮まっていく。近くで見ると遠目で見るより数倍、いや数十倍可愛い! 鼻の下を伸ばして藤咲麻衣に見惚れていると、一つ気になる事が出てきた。


「この顔、どっかで見た顔だな……」


 もちろん藤咲麻衣とは今日初めて会う。だけど何度かあったような気がする。 まぁ雑誌とかで何度か見ているうちに、以前にも会ったと言う錯覚を起こしたのだろう。

 いよいよ俺の番だ。緊張しながら笑顔で藤咲麻衣に挨拶する。


「は、初めまして。ずっとファンでした。会えてめっちゃ嬉しいです!」

「初めまして! 今日は来てくれてあり……」


 俺と目が合った瞬間、今まで笑顔だった藤咲麻衣の表情は一瞬で凍った。そして今まで見た事がない表情で俺を見る……って言うか睨みつけてくる!


 この表情をする奴を俺は知っている! 俺をこうやって嫌悪感丸出しで睨みつけてくる奴を俺は知っている! 真野だ! 俺をこんな風に睨んでくるのは真野以外にいない!


 髪型も服装もさっき会った時とは全く違う。多分髪はウィッグをつけて、服は衣装なのだろう。メイクもさっきはしていなかったが、濃くはないがしっかりとしている。

 だから普通に見たら真野だって気がつかないはずだけど、俺と会った事により声優・藤咲麻衣のオーラは消え、男嫌いの普段の真野に戻った事により俺はすぐに分かった。


 だがまだ確信が持てない俺は恐る恐る聞いてみる。


「……ま、真野さん?」

「…………」


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