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真野梓 ~2~

 でもあいつ等は藤咲麻衣がいる場所自体に近寄らないような事も言っていた。よって今日ここに来る事はまずないだろう。なのでサイン会に参加しても問題なし!


 そう一人勝手に納得した俺は再びテンションを上げサイン会が始まるのを待つ事にした。

 だがサイン会は十五時から。今はまだ十二時前でまだまだ時間がある。


「さぁ~て、サイン会開始までどうすっかな……」


 サイン会までどうしようか考えていると、アニメイトゥスの目の前に喫茶店があるのを思い出した。


「あそこで時間潰すか」


 アニメイトゥスの前には小汚い喫茶店がある。ド汚い喫茶店が。

 普段なら絶対に行こうとも思わない喫茶店。だってまともな食事や飲み物が出てくるとは思えないほどの雰囲気を醸し出しているから。

 

 でも今日は時間を潰すべく仕方なくそのド汚い喫茶店に向かう。

 そして店内に入った俺を待っていたのは驚きの光景だった。


「ま、麻衣ちゃんにやっとあ、あ、会えるぜ……ぐへへぇ」

「俺、今日の為にトイレ行っても手洗ってないから……その手で麻衣ちゃんと握手するんだ……あふぇふぇ」

「麻衣ちゃんと何話そうかな……下ネタ振っちゃおうかな、あはっ」


 目の前にはいかにもオタクって感じの野郎どもで満席だった。恐らくここにいるオタク達も俺と同じで、藤咲麻衣のサイン会までの時間潰しで来たのであろう。

 

 その証拠にオタク達は楽しそうに藤咲麻衣の話だけをしている。そんな店内を異様な眼差しで見つめる店員のおばさん二名。

 俺も店内の光景に唖然としていると、店員のおばさんと目が合う。


「いらっしゃい。でもごめんね、今満席なの。あっ、でも相席で良かったらどうぞ」


 そう言って俺を案内した席には、バンダナを頭に巻いてシャツをズボンにINした小太りで、いかにもオタクの王道と言わんばかりのオッサンがいた。見た目は三十代ぐらいだろうか、今買ったであろう藤咲麻衣の写真集をニヤニヤしながら見ている。


 このオッサンと相席かよ……。ただでさえ知らない人と相席なんて嫌なのに、こんなにもオタク全開のオッサンと一緒なんて絶対に無理! 俺もオタクだけどここまで人目を気にせず自分の世界に入れるオタクを見ると、若干……もとい、かなり引いてしまう。そう考えると俺のオタクレベルはまだまだ未熟です。まぁ見習いたくもないけどね。

 俺は店員に断って店を出ようとした。だが次の瞬間、


「き、君もふ、藤咲麻衣ファンなの! ねぇねぇそうなの?」


 俺の右腕を力強く掴んできたオッサン。そして眩い笑顔で話しかけてきた。

おそらく俺が持っているアニメイトゥスの袋から少し飛び出している、藤咲麻衣の写真集を買った時に貰ったポスターを見て自分と同類と判断したのだろう。藤咲麻衣についてめちゃくちゃ話してくる。その勢いにドン引きの俺と店員のおばさん。


「ち、違います。俺、藤咲麻衣ファンじゃないっす!」


 強引にオッサンの腕を振りほどくと、俺はダッシュで喫茶店を出た。


「び、びっくりした。まさかいきなり腕を掴んでくるとは……、これからはオッサンのオタクには注意しよう……」


 そう心に誓う俺でした。

 完全に時間を潰すあてがなくなった俺は、どうしようか考えながら歩いていると、


「ちょ、ちょっと離せよ!」


 俺の後ろの方から聞き覚えのある声がした。その声の方に振り返ってみると、オタクっぽい男性に絡まれている女の子がいた。


「あ、あの、藤咲さ、さんですよね?」

「だから違うって言ってるだろ! 離せ! キモいんだよ!」


 その女の子は真野だった。今日の真野は白いワンピースに、ピンクのスプリングコートを着ていてなんとも可愛らしい姿だ。しかも髪型こそポニーテールで普段と変わらないが、眼鏡をしていないので雰囲気がいつもと全然違う。だから最初は分からなかったが、声と仕草からして間違いなく真野だ。


そんな真野を見たら、「真野って可愛い顔してんだ……」ってしみじみ思ってしまった。

 でもこの顔、誰かに似ている気がする。誰だっけな? ……って今はそんな事を考えている場合じゃないぞ。目の前でオタク男性に絡まれている真野を助けねば。


 オタクは真野の右手首をずっと掴んでいる。それを必死に離そうとする真野。普段はあんなに力強い真野だが、動きにくい格好だからかオタク男性から逃げ出せないでいる。

 二人の周りには何人か集まっているが、オタクに関わりたくないのか見ているだけだ。


 ここでカッコ良く飛び出して真野を助けたら、俺を見る目は確実に変わるだろう。今までみたいに小馬鹿にした発言などしなくなるはずだ。


 とは言え俺もそんなに喧嘩が強い方ではない。てか普通に弱い方です。過去に二度ほど喧嘩をした事があるが、いずれもボコボコにされてます。でも今目の前にいるオタクは幸いにも俺より弱そうだし、強気で行けばあっさり片付く感じだ。最悪喧嘩になっても周りにこんだけ人がいるんだ。俺が大怪我をする前に警察を呼ぶなり、何かしらの救いの手があるはずだ。……いや、ないと困る。


 そんな計算の元、俺は少しドキドキしながらも二人に近づく。そして真野の手首を掴んでいるオタク男性の腕を力強く握る。


「何してんの? 相手嫌がってるじゃん」


 自分の中で最大級の睨み顔をしながらオタク男性に向かって話す。


「だ、誰だよお前! い、痛いだろ。離せよ!」

「お前が離したら俺も離すよ」


 そう言うとオタク男性は舌打ちをしながら真野の手を離す。すると真野は急いで俺の後ろに隠れた。


「ば、バカ春夏? な、なんでここにいるんだよ!」


 驚いた表情で質問してくる。


「なんでってアニメイトゥスに買い物で来たんだよ」

「ア、アニメイトゥスに用があるのか!」


 更に驚く真野。いや、驚いていると言うよりか何か焦っているように見える。


「な、なんだよ。俺がアニメイトゥスに来たらいけないのかよ」

「そ、そんな事はない……けど」


 歯切れが悪い真野の態度が気になったが今はそんな事より、


「お、おい! 俺を無視してるんじゃねぇよ! こ、この野郎」


 このオタク野郎をなんとかするのが先だ。

 オタク男性は見た感じ二十代ぐらいで中肉中背、頭にはバンダナを巻いて上着のシャツはズボンにIN……ってさっきの喫茶店にいたオッサンともろカブりやんけ! さっきのオッサンの弟かよこいつは!


「なんの用か知らないけど、無理やり迫るのは男としてどうかと思うぞ」

「お、お、お前には関係ないだろ! ど、どけよ!」

「どかね~し。だってこの子は俺の知り合いだから」

「お、お前みたいなパッとしない奴と藤咲麻衣ちゃんが知り合いだと! 嘘言うな!」

「お前にパッとしないとか言われたくない……って今なんて言った! 藤咲麻衣と俺が知り合い? なんの事だよ?」


 オタク男性の意外な言葉に驚く。すると間髪入れず真野が怒鳴る。


「だ、だから違うって言ってるだろ! 僕は藤咲麻衣じゃない! 勘違いするな!」 


 このオタク男性は真野の事を藤咲麻衣と勘違いして絡んでいたのか。でもどこをどう見たら、真野と藤咲麻衣を間違えるんだよ。性格も見た目も全然違うだろうに。

 だが真野の言葉を聞いてもオタク男性は全く信じようとしない。


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