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真野梓 ~1~

 今俺はBLコーナーの前にいます。いや、正確にはBLコーナーの隣の隣にある声優のCDコーナーの前から、BLコーナーを凝視しています。

 何故そんな事をしているかって? それは森田軍曹の出演しているBLドラマCDを買いに来たからであります!


 三石と真野に俺の投稿原稿の結果を知らせたあの日、俺は三石からこんな事を言われた。


「次の日曜日までに森田軍曹が出ているBLドラマCDを買い、その内容について感想文を提出する事」


 本来なら編集部から電話があったあの日にBLドラマCDを買いに行くはずだったのだが、結局俺の原稿紛失騒動でうやむやになっていた。

 俺としてはこのままBLの件はなくなればいいなと思っていたのだが、三石はしっかりと覚えていてまだBLドラマCDを買ってないと知ると、期限を決めて必ず買って聞くようにと強めな口調で命令してきたのだ。


 最初は三石に説得されてBLを聞こうと思ったが、冷静に考えてみるとやっぱり聞くのが嫌になってきた。そうさ、三石が言ったとおり俺は心変わりしたのだ。


 だって男同士のあんな声やこんな声を聞かねばならないんだぞ。演技と分かっていても正直気持ち悪い以外の何者でもない。BL好きな人には申し訳ないが、俺は普通に女性好きだし(女性恐怖症でも恋愛対象は女性ですから)男には全く興味がないのでこればかりは仕方ないのだ。


 だが今更三石に「やっぱBLなんて聞きたくない!」なんて言えるわけもないので、嫌々BLドラマCDを買いに来たのである。


 三石と出会わなければこんな辛い思いをしなくて済んだのに……。やっぱり三石と出会った事は心の底から後悔しています! あの時感謝した俺がバカだったぜ……。


 重い足取りで俺が向かったのは、アニメショップの「アニメイトゥス」だ。

アニメイトゥスは四階建てで、一階にはアニメや漫画の雑誌や単行本、あとはライトノベルや声優の写真集などの書籍関係の売り場。

 二階にはアニメグッズやコスプレ関連の商品に、漫画を描く道具と同人誌の売り場。

 三階は声優やアニメのCDやDVDなどの売り場がある。BLドラマCDも三階で売っている。そして四階はイベントスペースになっており、声優さんのイベントやアニメ上映会のイベントなどが行われている。アニメイトゥスはまさに俺のオアシス的場所なのだ。


 ここに来るといつもなら意味もなくテンションが上がるのだが、今日はBLドラマCDを買いに来ているので全くテンションが上がらない。それどころか今すぐこの場から逃げ出したい気分だ。


 ちなみにアニメイトゥスは俺の住む市の中心部にあるので、ここに来る時はついでに洋服や靴などの買い物にも行く事が多い。でも今日はしつこいようだがBLドラマCDを買いに来ているので、そんな気分には一切ならない。


 お店の開店時間の十一時に来たのだが、今日は土曜と言う事もあり朝からお客がめちゃくちゃいる。開店と同時にサッと買って帰ろうとしたのだが、俺がBLコーナーに着いた時には女子達で溢れかえっていた。


 後で知ったのだがこの日は大人気BLドラマ「兄貴! 僕のやおい穴にブチ込んで!」シリーズの新作の発売日だったようで、それ目当ての女子達が朝からBLコーナーを占領していた。


「ま、まさかこんなに女の子がいるとは……。こんな状況で買えるわけがない……」


 全然売り場にすら近寄れない俺は、遠くからBLコーナーを見つめるしかなかった。

 でもいつまでもBLコーナーを見ている場合じゃないぞ。なんとしても今日中に森田軍曹出演のBLドラマを買わねばならん。だって明日までにBLドラマの感想文を三石に提出しなければならないからな。


 だがあんな女子ばかりいる場所に踏み込む勇気など俺にあるはずもない。

 だって男の俺がBLを買うって事は、周りから見たら、「この子男好きなんだ」と誤解されても仕方がない状況になってしまう。人見知りで女性恐怖症の俺には、そんな好奇な視線に耐えられる心臓はあいにく持ち合わせていない。

でもこのまま買わなければ三石に何をされるか分からない……。


「どうする……俺どうするの! このままではいつまで経っても問題は解決しないぞ。今行かないと時間が経てば経つほど女性客が増えて大変な事になる。さぁ春夏、勇気を出して頑張れ! お前ならできるぞ! さぁBLの世界へと突入してしまえ!」


 なかなか踏み出せない自分自身を奮い立たせる為に、独り言を何度も何度も繰り返す。

 だがBLコーナーを眺めながらブツブツ言っている俺は完全に不審者状態で、自分が気づかないうちに周りの女子から冷やかな視線を集めてしまった。その結果、


「何この人……ずっとBLコーナー覗いて……キモいんだけど」

「BL好きなの? って事はガチホモなの?」

「リアルBL男子か……でも全然カッコ良くないじゃん。こんな不細工な奴が出てくるBLなんて絶対見ないわ!」

「掘る側? 掘られる側? どっちかしら。是非見たいわ、うふふ」


 ……などと好き放題言われる始末。これ以上ここにいたら女性恐怖症が悪化しそうなので、一旦BLコーナーから離れる事にした。

 逃げるようにお店の出入り口まで来た俺は店内の異変に気がつく。


「あれ? なんでこんなに藤咲麻衣のポスターが貼ってあるんだ?」


 お店の出入り口や店内の至る所に声優・藤咲麻衣の写真集のポスターが貼ってある。

 疑問に思いながらもポスターをよく見てみると、「藤咲麻衣サイン会開催!」と書かれた紙がポスターに貼ってある。


「へぇ~サイン会やるんだ。で、いつやるんだ……って今日やるのかよ!」


 驚きすぎてつい大きい声を出してしまい、ここでも周りから冷たい視線を集めてしまった。冷や汗をかきながらその場を離れた俺は、近くにいる店員にサイン会について聞いてみた。


「はい、本日十五時から藤咲麻衣さんのサイン会がございます」

「そうなんですか。で、どうすればサイン会に参加できるんですか?」

「今日発売の藤咲麻衣さんの写真集を買って頂いた方に、先着でサイン会参加券を配布しております」


 マ、マ、マジですか! 今買えば参加できるんですか!

 店員の言葉に心の中で叫ぶ俺。だって若手声優NO.1と言っても過言ではないぐらいの人気を持つ藤咲麻衣に生で会えるのだ。藤咲麻衣ファンじゃない俺でもテンションが上がってくる! 


 しかももうすぐ引退する藤咲麻衣だから、サイン貰える機会なんて今日を逃したら二度とないかもしれない。ここは是が非でもサインが欲しいところだ。

俺は店員にお礼を言うと急いで雑誌売り場に向かった。


「おっ、あったぞ。藤咲麻衣の写真集」


 藤咲麻衣の写真集を手に取りレジに向かう……が、サイン会目当ての客だろうか、長蛇の列ができていた。


「こ、これは無理かな……」


 半ば諦めながら列に並んでいたが、以外と言うか無事サイン会の参加券ゲット。


「うお~、これで藤咲麻衣のサインを貰えるぞ! ヤベ~テンション上ってきた!」


 今度は周りに聞こえないように、小さい声で喜びながらガッツポーズする。だが次の瞬間、ある事を思い出して背筋が凍りつく。

 

『反藤咲麻衣同盟……』


 三石と真野に無理やり誓わされた反藤咲麻衣同盟の事をすっかり忘れていた。

 その誓いの中には、「サイン会に行かない」って文言も入っていたぞ……。もし俺が藤咲麻衣のサイン会に行ったのがバレたら、間違いなく二人に殺されるだろうな。

 浮かれ気味のテンションが一気にどん底まで落ちてしまった。


 でもこんなチャンス二度とないしな……。冷や汗を流しながらどうするか悩む。悩み始めてからどのくらいの時間がたっただろう……。悩みに悩んだ俺が出した答えは……。


「黙ってればバレないだろうから、サイン会行っちゃうか!」


 俺が今日アニメイトゥスに行く事は誰にも言っていない。よって俺が言わない限りバレる事はないだろう。だが反藤咲麻衣同盟の誓いの時、「今週やるサイン会にも絶対に行かない!」とか確か言っていたよな。って事は今日アニメイトゥスでサイン会やる事は、三石達も知っているはず……。


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